2007年01月08日

Eat up!

先週は妹と一緒に、先月このブログでも紹介した『ザ・ホワイトハウス』シーズン1の前半を見ました。
最初は「政治なんか興味がない」と言っていた妹ですが、だんだん物語りに引き込まれてしまったみたいです。(ただ、背景知識がなさすぎで、コールガールと娼婦はどう違うの?などと一々私に聞くあたりには少しうんざりしてしまいましたが)

母も忙しい中、興味を持って時々一緒に見ていたため、日本語字幕付きで見ていました。
字幕は回によって担当者が違うらしいのですが、全体的に上手く訳せており、勉強になる部分もありました。

ただ、一つだけ明らかに「誤訳」と言えるものを発見しました。
それともわざと全然違う台詞にしたのでしょうか...

第4話の最後の方です。

首席補佐官のレオが仕事に没頭したあまり結婚記念日を忘れてしまったことの埋め合わせとしてお祝いのディナーを企画し、その打ち合わせに仲間の知恵を借ります。結局奥さんはそれらの贈り物に見向きもせず、家を出て行ってしまうのですが、そんなことを仲間に言えないレオは、無理に笑顔を作り、あたかも上手く行ったかのようにふるまいます。

そのとき、1人が「バイオリニストはどうだった?」と聞いたのに対するレオの答えが
"You're right. After a couple of minutes, it was strange having him there, but you know... She ate it up!"
でした。
この字幕は
「やはり妙な雰囲気になってしまったが...料理は最高!」
となっていたのです。

この最後の部分に首を傾げてしまいました。なぜいきなり「料理」を持ち出してくるのか、ということです。(もっとも、この字幕を見た母は喜んでいたので、面白くしようとわざと間違えたことも考えられるのですが)

このように "eat sth up" を口語的に使うときには、私の愛用の辞書の定義を借りれば
4 slang : to exhibit avid interest in or enjoyment of
ということを意味します。

つまり、この場面でレオが言わんとしていたのは「妙な雰囲気になってしまったけど、それでも大いに喜んでくれたよ」ということで、料理には一切触れていなかったはずです。

この表現が良く使われるのは、マイナスの要素が入ってしまっているものを、受け取る側がそのマイナス面を気にせずに喜ぶ場合ですね。(上記の引用例文の "lurid" や "maudlin" が決してポジティブな言葉でない点にも注目してください)
例えば、単にお世辞で言ったつもりのことを相手が額面通りに受け取って、素直に喜んでくれたときに使います。

なお、この "eat sth up" だと、大いに熱中する、喜ぶ、という意味で、人が主語のときに "eat sb up" (e.g. I could just eat you up.)であれば「大好き」「溺愛している」という意味になります。
しかし、人ではないものを主語に持ってきて "eat sb up" という表現にすると ("Her jealousy just ate me up.")「悩ます」「うんざりさせる」というマイナスのイメージに変わってしまいます。
強いて言うなれば、前者は「食う」関係にあり、後者は「食われる」関係にあり、その差である、ということでしょうか。

最後に、目的語もなにもなしに、"Eat up!" と言うこともできます。
これは「召し上がれ!」という意味で、食事の時に使うものです。
posted by EnglishMaster at 21:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月03日

お正月用語

昨日は都内の神社二ヶ所に初詣に行ってきました。
振袖で初詣をしている人も何人かみかけ、妹と一緒に「結婚してしまう前に一度はやってみたいよね」という話になりました。

我が家はどちらかというといわゆる「伝統的な」日本のお正月を重視しているかもしれません。
海外で暮らしていたころは、お正月こそが日本人としてのアイデンティティーを再認識する機会であったため、大晦日にはNHKの海外向けの放送で紅白歌合戦を見、年が明けると妹たちと着物を着こんで百人一首をやるぐらいの徹底ぶりでしたから。

その一環として始めたのが、おせち料理作りで、これは今でも続いています。

osechi.jpg

今教えている教材で、自国の新年の迎え方について語る、という単元があるのですが、おせち料理がどのようなものであるのかを説明するのに、意外と苦労する人が多いですね。おせち料理を食べる人が少なくなってきていて、しかも自宅で作るのはそのさらに一部になってしまっているからでしょうか。

分からない場合には、Wikipedia などのページを見ると良いですね。かなり親切に解説してありますし、意味が分かっていると不思議なことにありがたみも美味しさも増します。

伝統文化一般に言えることですが、日本の料理を英語で紹介するときの基本は、とりあえず日本語名でそのまま紹介して、背景事情を分かりやすく説明することです。

せめてそれだけでおせちの基本が整うと言われている肴三種の田作り、黒豆(black soybeans)、数の子(herring roe)に関してちゃんと背景事情を説明できれば、カッコいいと思います。

田作りは残念ながらそこまで簡単な訳が思いつきません。一応私はアメリカ人の同僚に紹介したときにはそれが "seared and caramelized baby sardines" (炒って、飴にからめたイワシの稚魚)であることを説明し、ついでに 'maker of fields' という名前が、イワシが肥料に用いられたことに由来することや、別名の「ごまめ」の「まめ」が英語で言う "diligence" と "health" を意味することを説明しました。
(毎年田作りを作るのが私の担当となっているため、作り方を思い出しながら解説しました。作ったことがあると、簡単ですね)

あと、忘れてならないのは「お屠蘇」。説明としては "a special liquer made by steeping herbs in sake" で十分どのようなものか伝わると思いますが、実はこの漢字、「邪気を屠り、魂を蘇らす」(to drive away evil and revive the soul)という思いに由来するみたいですね。恥ずかしながらこれは今年、樫原神宮から頂いたお屠蘇の素に添えてあった解説書を読むまで知らなかったのですが、本当はここまで説明できれば言うことなしですね。

ちなみに、最初の初詣ですが、英語で説明するなら神社(shrine)に行くのか、お寺(temple)に行くのかによって、区別することになります。全部ひっくるめて、趣旨を含めて説明するのであれば、
"We visit shrines and temples in the new year to pay our respects to the gods."
という感じでしょうか。
多神教の国ならではの習慣ですよね。


ところで、我が家でも決して伝統一辺倒ではありません。新年へのカウントダウンはシャンパンで祝うし、昨日初詣の途中でのお昼はホテルでのランチビュッフェでした。(これでお腹一杯になりすぎて、夕食はお雑煮の代わりに雑炊になってしまいました)

何事もバランスが大事だ、ということでしょうね。
posted by EnglishMaster at 22:52| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月01日

Happy New Year!

Happy New Year, everyone!

May this year bring all of us health, happiness, lucre, and luck.

2007shogatsu.jpg

昨年よりもちょっとだけ豪華な玄関飾りです。

さてさっそく新年の抱負(New Year's Resolutions)をいくつか考えました。

でも、ダイエットしよう、とか早起きしよう、といったありきたりの抱負ではつまらない上、結局続いたためしがないため、今年はそれ以外のことをリストアップしてみました。

まず、総論から:
1. Never tell myself that I don't have time to do something
昨年は「そんなことをやる時間がない」とネガティブに考えて、結局時間を無駄にしてしまったことに対する反省です。

で、これを実現するための各論をいくつか:
2. Go on a real vacation
(昨年は結局面倒くさくなってどこにも行かなかったような状態だったので)
3. Update this blog more diligently
(昨年の終盤は大分ペースが落ちてしまい、書きたいことは溜まる一方だったため、結構ストレスになっていました。でもこれを実現するためにはやっぱりノートパソコンが必要かも)
4. Practice the violin; take lessons again
(やらないのはあまりにも勿体無いことに加え、集中力にも良い)
5. Brush up on my French
(せっかく無料でレッスンしてもらえることが多いときに、真剣に勉強しないのは損)
6. Keep better track of my finances
(1人暮らしをやめてからはいい加減になっている)
7. Weigh myself every morning

...not necessarily in that order. (各論は順不同です)

ちゃんと続くのでしょうか...

続くのかどうか不安なのは、もう一つ。
大晦日に必死になって掃除して、やっとまた机が使える状態になりました。

今朝、きれいに片付いた机を見たらあまりにも嬉しかったのでまた写真を一枚:

desk.jpg

この、机の表面が見える状態はいつまで続くのでしょうか。
posted by EnglishMaster at 19:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月22日

ローマは一日にして成らず

昨日、数週間前から通い始めたシリア人の女性を初めて教えました。

まだ学生の彼女は噂通りの美人で、しかも積極的。
私が自己紹介をすると、すかさず "Where are you from?" と聞いてきました。(日本人の生徒さんでは、この質問をしない人が多い)"I'm Japanese. Where are you from?" と聞き返すと、一瞬驚いた顔をしながらも"I'm from Syria." と笑顔で答えました。ついでに、と思い、私はもう1人の生徒さんに "And how about you?" と尋ね、"Of course I'm from Japan." という答えを得たのに対して「いや、一応確認をしておかないとね」と言うと、二人とも楽しそうに笑っていました。そのもう1人の生徒さんはこれもまた大学生の男性で、結構彼女に惚れ込んでいるみたいでしたね。彼女に負けじと積極的に発言していたため、このグループは伸びるのが速いだろうな、と思いました。

さて、その彼女ですが、レッスンの終わりになっていきなり「一つ質問しても良いですか?」と言ってきました。「どうぞ」言うと、目を輝かせながら「先生のように英語を話せるには、どれくらいの時間がかかるのですか?」と聞いてきたのです。

これには度肝を抜かれてしまいました。

「私のように」と言うのは、一体どれくらいのレベルと考えているのだろうか。単に発音の問題だとも思えないし、一方でレッスンで使った語彙も構文もレベル2という彼女たちのレベルに合わせていたため、あまり実力を発揮する機会があったわけでもない。ということは、ネイティブから「英語が上手だね」と言われるレベルだろうか。
とはいえ、私が子どもの頃渡米した後、周囲の子どもに追いつくには6ヶ月かかったが、使う語彙などを考えれば大人に6ヶ月で追いつくことなど不可能に近い。生徒さんの中には10年ぐらいかけてかなりの英語力を身につけた人もいるが、彼らはあまり勉強する時間がない社会人ばかりなので、適切な例とは言えない。周りの同僚の中には、発音も含め、日本人も顔負けなくらい日本語が上手な人もいるが、彼らは何年かかったのだろう。最低3、4年はかかっているはずだ。

のような内容を0.5秒ほどで考えた末、
"It's a difficult question. I started studying as a very young child, and it's a lot easier when you are young. If you're an adult, it depends a lot on your ear. If you have a good ear, and if you work hard, maybe it will take you three years."
と自分では至極楽観的と思える答えを口にしました。

それでも彼女は "years" という言葉を聞いて、かなり落胆してしまったみたいです。

そこで、これはまずい、と考え、ホワイトボードに
"Rome was not built in a day."
と書いたのです。
そして、「この意味は分かりますか?」と聞くと、彼女のクラスメートは「大きなことを成し遂げるには時間がかかる、ということですよね」と非常に適切な解説をしてくれました。

すると、彼女は "OK. I'll try," とまた笑顔に戻ったので、内心胸を撫で下ろしながら「いつか必ずできるようになるので、頑張ってね」で無事、ポジティブな雰囲気でレッスンを終わらせることができました。

でも後になって考えてみると、今の私の英語力は始めてアメリカの土地を踏んだときからずっと続いている努力の結果である、ということに気付きました。つまり今のレベルに到達するには二十数年間かかっている、ということです。
もちろん、高校の英語の時間に暇つぶしにせっせと国連英検の勉強をした甲斐があり、大学入学時にはすでにかなりの読解力や語彙力、表現力を持ち合わせていたため、その後の進歩など微々たるものです。それでも暇さえあれば英語の本を読んだり、英語のテレビ番組を見たり、毎週TIMEを隅々まで目を通すことにより、語彙は今でも少しずつ増えていますし、今どんな表現が旬であるかも知ることができます。
また、教える立場になってからは文法書を買い込み、少しでも不安なところはちゃんと辞書を引く、というようなこともしています。

時々、同僚の中には「来る日も来る日も間違った英語を聞いていると、頭がどうにかしてきて、一体何が正しい英語なのか分からなくなってしまう」と言う人がいますが、彼らは「ネイティブ」という地位にあぐらをかいて、そういう努力を怠ってしまっているのではないでしょうか。

塩野七生さんの『ローマ人の物語』では、ローマ人はインフラの整備だけでなく、その維持・修復にも熱心だった、という話が書いてあります。そのメンテナンスができなくなったところから帝国が滅んでいった、という様子も伺えます。

つまり、ローマは一日にして成らず、ということは、いつまで経っても努力の終わりがない、という風にも解釈できるのかもしれませんね。
posted by EnglishMaster at 00:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

生徒の気分

英会話講師という職業は、残念ながらあまり福利厚生が充実しているものであるとは言えません。

でも、今の会社の従業員としての数少ない美味しい特典の一つに、習いたい語学のレッスンを格安で受けられる、というのがあります。
最近、これを利用しないのはあまりにも勿体無いような気がして、フランス語のレッスンを受けよう、と考えているところです。

というのも、フランス語は一度大学で勉強した経験があり、大学3年の時には仏検2級まで取った経験があります。今でも雑誌の記事ぐらいなら大体の内容は理解でき(英語と語彙の重なりが多いため)、フランス語のメニューを正しい発音で読むことぐらいはできるのですが、残念ながら会話の方はかなり覚束なくなってしまっています。
これではちょっと悔しい、と思ったのがきっかけです。

(毎朝、駅に送ってもらうときに、いつもラジオのNHK第2放送でフランス語の番組を流しているのに触発された、というのもあるかもしれません)

さて、スタッフレッスンを受けようと決心しながら、手続きが面倒で二の足を踏んでいたところ、一昨日、フランス語科の長老である先生とお話をする機会がありました。

彼に「フランス語を勉強したい」と言うと、「でも君は勉強した経験があるんだろう?」と聞かれ「今ちょうど休み時間だから実力を試してあげよう」なんて言われ、いきなりフランス語で会話を切り出されました。

これが意外と辛かったです。
「冬休みのバカンスの計画は?」と聞かれ「何も無い」と答えると、「なぜだ?」とすかさず聞かれました。「計画を立てるのが面倒だ」と言うための語彙は無いし、「怠け者」という言葉も出てこない。そもそもそんな言葉は勉強したのだろうか、などと考えてしまう。困った挙句、「だって色々なことを考えて、決めなければならないでしょう?」で、やっと「ああ、要するに君は怠け者なんだね」と言われ、「怠け者」という言葉を教えてもらえました。

このとき、改めて一生懸命言葉を探しているときの生徒さん(特に初級者)の気持ちが痛いほど分かりましたね。時々話が教科書とは全く別方向に行ってしまうと、途中でパニックに陥り、「もう良いです。ギブアップ」と言う方がいますが、なるほどギブアップしたくもなるものだな、と思いました。
同時に、助け舟を出してもらったときのありがたさ、というものも実感しましたね。

思うに、習う側の立場が分からなければ、効果的に教える、ということはできないですね。その点、周りの同僚を見ても、外国語をマスターした経験がある人ほど、教え方が丁寧であるような気がします。
どれほど大変なことであるかを身をもって知っているからです。

以前にも考えたことですが、本当は「格安での受講」なんていう特典ではなく、教師には毎年好きな語学を何レッスンか会社の負担で受講させる、という制度を作った方が良いのではないか、とさえ思います。
もちろん、研修では必ず「ダイレクト・メソッドの体験」ということで今までやったことのない語学(私の場合はインドネシア語)のレッスンを受けさせられるのですが、研修から年数が経つと段々その経験が薄れていくからです。

でもこの提案を上司にしたら、「理想としては素晴らしいが、ちょっと非現実的ではないかね」とあっさり切り捨てられてしまいました。
悲しい...

ちなみに、前述のフランス語のレッスンの続きですが、その先生には「仕事で怠けるのは分かるが、バカンスを取るのを怠けるとは何事だ!君は人生というものを分かっていない」と思い切り起こられてしまいました。
「あと、誰か一緒に言ってくれる人がいなければダメだから」とこじつけて言っても「そんなものは計画を立ててから誰かを誘えばよろしい。君について行ってくれる人はたくさんいるだろうよ」とのこと。

このところ中途半端に忙しくて、なかなか休暇を企画するまではいかなかったのですが、年が明けたらどこかに行こう、と真剣に考え始めた今日この頃です。
posted by EnglishMaster at 23:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。