2007年02月08日

Letters from Iwo Jima

今日見てきた『硫黄島からの手紙』の鑑賞文。
ついつい長くなってしまいました。

I'd actually been wanting to see this movie for some time for a
number of reasons.

First of all, I'm passionately interested in WWII history in general, especially since I read Toyoko Yamazaki's epic "Two Homelands" last year. Any film that is set in this era will rouse my curiosity, although said curiosity quickly abates if the film is a historically inaccurate one-sided one, such as "Pearl Harbor" and the numerous recent Japanese films that serve only to whitewash and glorify the war.

Second, I was intrigued by the interview Ken Watanabe gave in TIME magazine, where he talked about the character he portrayed, Lt. General Kuribayashi. I'd read about Kuribayashi in Yamazaki's book and had been very impressed; Watanabe's interview served only to heighten my esteem for this historical figure.

And last but not least, how could I miss all the rave reviews in numerous publications? Not to mention the Oscar nomination.

I knew I had to see this movie on the big screen.

Although catching the one o'clock show today meant putting lunch off until four, it was well worth it (I was having trouble digesting my McBreakfast anyway) as it fully lived up to my expectations.

Clint Eastwood did a remarkable job contrasting the bleakness of Iwo Jima and the poverty of the Japanese homeland against the affluence of California. The sheer wealth of the U.S. is dizzying, even, and one cannot help but be in total agreement with Kuribayashi when he states that it is total madness for Japan to wage a war with this superpower.

A lot of attention has been paid to detail (Were those real Hermes riding boots that Baron Nishi was wearing?), and the movie is probably a great primer for western audiences, like the fact that while the Americans were armed with machine guns, the Japanese only had single-shot rifles; how many Japanese seriously believed that sheer willpower would overcome differences in logisitics; how resources were so scarce that even cooking equipment was requisitioned so that it could be melted down for iron. And as Kuribayashi notes, the Americans were producing 5 million cars a year at that time!
(By the way, those rifles were called 38s because they were 1905 models; 1905 being the 38th year of Emperor Showa's reign. In the movie, none of the soldiers hit the targets during target practice, but who can blame them when they only have 40-year-old guns?)

There are no good guys or bad guys in the movie. Some men are stubborn, some men are narrow-minded, some are just plain ignorant, but they are all trying to do their jobs. Like any great war movie, it tells us that men are not evil, only war; that war is dehumanizing but some men somehow manage to hold onto their humanity.
In this sense, my favorite character was actually Ito (played by Ryo Kase, who stars in another hot movie: "I Just Didn't Do It").

Watching a movie like this forces me to ask myself: How would I react in such a situation? Would I be able to hang on to my ideals and my humanity, or would I be swept along in the madness like the rest of the crowd? I am not confident that it would be the former. And as evidenced by the recent natto craze, the Japanese people as a whole are easily led by the nose.

Another point that struck a chord with me was how antagonistic the other officers are toward Kuribayashi, who has seen more of the world than they have. Although xenophobia is (for the most part) no longer much of an issue, I believe that this suspicion of people who have lived, studied, or worked overseas, is still prevalent in the minds of many Japanese. Even in my father's company, there was a clear dividing line between those who had stayed in Japan for their entire careers and those who had been posted overseas. There may be curiosity, interest, and even respect, but "returnees" are still considered "different" in a culture that prides itself on its homogenity.

Which, I suppose, is why the scriptwriter decided that Kuribayashi and Baron Nishi, another English-speaking, well-traveled Japanese officer on Iwo Jima, should be friends. This, I personally found to be a little jarring. Would a general who insisted that he have the same meal as the lowliest private really befriend a colonel who cantered around on his horse for fun while his men were hard at work?
(A quick check on Wikipedia confirmed that the two had definitely not been buddies.)

One final detail that upset me slightly was the sloppiness of the Japanese subtitles. Most of the movie was in Japanese, so there were subtitles for only the brief snippets of conversation that were in English, but many of the ones I couldn't help glimpsing were wide of the mark.
Because I tried hard not to look at them too much, I don't remember any of the mistakes clearly bar one:
In one scene, one of two American soldiers who are guarding two Japanese POWs says (of the POWs) "They're sitting ducks." However, the subtitles twist this into "They're gonna shoot us," (since the POWs are unarmed, one can only suppose that "they" refers to the rest of the Imperial Army) which turns the situation on its head.
The other errors may not have been quite as bad, but couldn't they have paid this great movie a little more respect?
posted by EnglishMaster at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | English | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

Male Pride?

現在のカリキュラムでは、中上級に上がる時点で、「一般英会話コース」と「ビジネス英会話コース」のどちらかを選ばなければなりません。(ビジネス・コースだと、ライティングも入るので、厳密には「会話」のみではありませんが)

そして、グループで受講している場合には、メンバーでどちらに進むかについて、全員が同意しなければならないみたいです。

最近レベルアップしたグループの傾向を見ると、どうやら「ビジネス・コースをやりたい!」と頑張るのは男性の方らしいですね。女性の方は「難しそうだから一般コースの方が良い」と主張するみたいです。

それで大半のグループでは結局男性の方に押し切られてビジネス・コースに進むことに。

ところが、面白いことに、いざ蓋を開けてみると、最初は嫌々だった女性のほうがばっちり予習してあり、レッスン中に積極的に発言できたりするのです。

先日、レベル6でネゴシエーションを始めた女性も同じ。

グループのファイルに「彼はやる気だが、彼女は交渉に全く興味なし」というメモを見て、これは如何にして興味を持たせるかの勝負だ、と思ったのですが、彼女のノートには3ページ分ほどびっしりと新出単語の定義を書き出してあり、やる気であったはずの男性の方は全く予習した形跡が無かったのです。

決して予習を前提としているわけではないのですが、予習してあった分、彼女の方が堂々と「辞書を引いたけど、意味が良く分からなかった」と言うことができ、男性の方はついて行くのに精一杯になってしまいました。

また、実際に交渉のロールプレイをやる段階になると、片方が百戦錬磨の営業マンである場合を除いては、総じて女性の方がタフですね。

となると、なぜそこまで気合が入っていない男性(あくまでも一般論です)がビジネス・コースにこだわるのか、という疑問が生じるわけですが、ひょっとしたらこれは単にプライドの問題かもしれませんね。
「ビジネス英語を勉強している」と言った方が聞こえが良いとか。

一方、女性の方がより冷静に「どちらの方が自分のニーズや興味に合っているか」「どちらがより大変か」という問題を考えているのではないか、という気がしました。


今、我がスクールで使っている教材に関して言えば、ビジネス・コースの方が難しく、予習している人の比率も高いです。

でも、実社会においてはどうかというと、実はビジネス英語と言うものは非常に狭い範囲に限定されており、その狭い範囲を綿密にカバーしておけば大して困らないのです。

アメリカで10年以上ビジネスをやってきた父も、帰国後ほとんど勉強せずに「ビジネス英検」の1級を取って喜んでいましたが、「英検」の1級の方は娘が取ったから良い、などと訳の分からない理由ですっかりあきらめてしまいました。
実際彼が一番苦しんだのは、ビジネスの場ではなくて、ディナーなどの社交の場での会話だと今でも言っています。

これは習いに来る生徒さんにも見られる傾向で、上級者ほど「ビジネスにはほぼ困らないので、もっと会話の幅を広げたい」と言ってきます。

なので、決してビジネス英語の方が格が上だ、などと思い込まない方が良いですね。

ちなみに、はじめてコースが分かれるレベル5での一般コースでは副教材が発音の特訓のものですが、「意味が分からなくても正しく発音できるように」との趣旨から「翼竜」(pterodactyl)など普通のレッスンでは出てこないような、トリビア的なボキャブラリが結構たくさん出てきます。
posted by EnglishMaster at 11:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マニュアル

今日、父がお客を家に呼んだため、昨日の夜にババロアを作りました。

久しぶりのお菓子作り、とても楽しかったです。
何より、広い台所と、調理器具がなんでも揃っているという実家パラサイトの特典を最大限に活かすことができました。
(一人暮らしの時には、チーズケーキぐらいしか作れなかったので)

何が楽しいか、というと、マニュアル通りにさえやれば、プロ級のものが作れることでしょうか。
ただ、マニュアル通り、というのも決して簡単なものではないな、と改めて考える今日この頃です。

例えば、コンピュータを使いこなせなかったり、ビデオの録画に四苦八苦する人は、(特に年配の方だと)結構多いですよね。この間、新しいステレオ・コンポを購入した父が、「ラジオの設定ができない」と助けを求めてきました。私はマニュアルを一目見て、あっという間に設定できたのですが、父は同じマニュアルを見ていながらも全然分からなかったそうです。

無意識的に何かを見落としてしまったのでしょう。

また、ただ字面をなぞれば良いか、というとそういうわけでもありません。
何度かお菓子作りで失敗したこともありますが、考えてみればそれは手順がうまく頭に入っていなかったり、そもそもなぜそのような手順が必要なのかを考えていなかったからです。

そこで、今回は準備をする段階で、「なぜこの手順が必要なのだろ」「この背後となっている原理は何なのだろう」とちょっと考えてみました。大したことではありません。参考にしたレシピには多少なりと原理が書いてあり、ああ、ゼラチンは冷めると固まるから最後に氷水につけなければならないんだな、と納得した程度です。

あとは、途中で本を見なくても良いように作業の流れを理解しながら手順を頭の中に叩き込んで、最も効率良く動くにはどのように調理器具を並べれば良いかを考えたくらいです。そして一つ、どうやら変えても差支えがなさそうな作業を発見し、レシピから少し変更してみたのです。

でも、このちょっとした「考える」という手間のおかげで、慌てることも無く、とっても美味しくできました (^^)

bavarois.jpg

思えば、このマニュアルを前にして一旦考える、という作業、どんな仕事にでも当てはまりますよね。

もちろん、数年前の原子炉事故の時のように、ただ効率を上げるためだけのマニュアルの変更だと、とんでもない事態が生じてしまいます。(レシピを勝手に変えてしまうと、失敗するのと同じです)
でも、マニュアルの趣旨を理解した上で、それをさらに活かすための工夫をすれば、決して手を抜いているわけではないのに、作業の効率を上げ、失敗を防ぐことができるんだな、ということを、事務処理を任せられるようになった最近、考えるようになりました。単に頭の体操として楽しい、ということもありますが。

実は、いつも教えているレッスンにもマニュアルがあります。
でも自分でそのマニュアルを解釈し、趣旨を考える、という作業を経なければ、面白くもありませんし、結果を出すこともできません。

やっぱり何事についても、小さな灰色の細胞(little gray cells)の使いよう、ということでしょうか。
posted by EnglishMaster at 00:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月02日

A Long Headache

先週、とあるレベル1のレッスンをやっていたときです。

具合が悪そうね、という同僚の心配に対して、女性が「頭が痛い」と訴える会話の聞き取りをしていました。

一通り聞いた後、「それで、彼女はどこが具合が悪いのですか?」と聞くと、生徒さんの答えは、
"She has a long headache."
でした。

そのような答えを聞くのは初めてだったため、"long headache" とは一体どんな頭痛なのだろう、と一瞬考え込んでしまいました。
実は彼が言いたかったのは "wrong headache" であり、"bad headache" の "bad" をいったん日本語に直して、また英語に直したため、奇妙な言い回しになってしまったのであることに気づくのに、丸々1秒はかかったような気がします。

「今、日本語で考えていたでしょう」というと、彼はドキッとした顔をしたのですが、一々日本語に変換して考えているのか、それとも限定された範囲であっても英語を英語のまま処理できているのかどうかは、結構簡単に分かるものです。

そしてこのような現象は何も初級レベルに限られているわけではありません。
確かその数日前には、レベル6の生徒さんが「"regular theater" では見ることができないような外国映画や古典映画が好きだ」、という台詞を聞き取った際、「彼は"normal theater" では見ることができないような映画が好きです」と答えるのを聞いて、これもまた一瞬止まってしまいました。"abnormal theater" というとんでもない代物を連想してしまいましたから。

思うに、学校英語の段階でまじめに勉強した人ほど、この「一々日本語に直す」、という作業から抜けだすことができないことが多いですね。

この状態から脱皮できなくても、実はある程度はやっていけます。現に後者のレベル6の生徒さんは様々なトピックにつき、かなり流暢に話すことができていました。頭の回転が速いのでしょう。

でもこの癖が抜けないと、新しいフレーズを解説してもらわないと覚えられなかったり、何が自然なコロケーション(連語)になるのかという感覚をなかなか身につけることができなかったりします。そして、これは一旦ある程度高いレベルまで到達してしまえばしまうほど、矯正するのは難しいみたいです。

そのレベル6の生徒さんを先日、また教えたのですが、まじめな彼は教科書に進出単語の日本語の対訳をびっしり書き込んでいました。本当はどうせなら英英辞書で調べておいて欲しかったのですが、「英語で説明できますか?」と聞かれてもちゃんと理解できていたようだったので、まあ今更目くじらを立てることもないかな、と思いました。
(多岐なトピックスに渡って雑談をしながらレッスンを進めている状態なので、そこで自然に英語だけで理解する場面も増えてくると思います)

問題はレベル1の方。今からならまだ比較的容易に英語脳を作れる状態のはずです。ちゃんとアドバイス通りに復習してくれると良いのですが...
posted by EnglishMaster at 16:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

hit, hit, hit

少し古いものですが、また字幕ネタです。

数日前、メイク落としの儀式(私はクレンジング料を顔になじませ、テレビを見ながら20分ほどマッサージするのが好きなのです)のお供のためにケーブルテレビ上で『マイ・ネーム・イズ・アール』を見ていたときのこと。

画面上では大学の男子学生寮(厳密には fraternity house)で、ブラウニーを食べている二人の男子学生の間にこんな会話が交わされていました。

"Is it hitting you yet?"

"No, not yet."

どうやら、そのブラウニーにはマリファナが入っていて、それが「効いているのか?」「いや、まだだ」という内容である、と検討が付いたのですが、なんと字幕は、

「殴られているのか」

「いや、まだだ」

のような内容だったのです。(録画していなかったため、確認することができず、少し記憶が曖昧かもしれません)

なんか、場面にそぐわないな、と考えていたところ、ハチに刺された主人公が唇と耳を真っ赤に腫れ上がらせた状態でその部屋にやってきたのです。
ドアを開けてその哀れな彼を見たブラウニー一号は、

"Oh, yeah, it's hitting me."

みたいなことを言い、バタンとドアを閉めてしまいました。
つまり、「ついにマリファナが効き始めて、これは幻覚に違いないから無視してしまえ」ということだったのでしょう。

でも字幕は相変わらず、

「ああ、殴られたよ」

でバタンとドアを閉める、という事の流れになってしまっていました。
これはニュアンスがどうのこうの、という次元ではないですね。明らかに画面上で起こっている出来事と食い違っているのですから。
字幕製作者にはブラウニーの持つ意味が良く理解できなかったのでしょうか。
(とはいえ、私自身、幸か不幸かこの麻薬入りのブラウニーを食べたわけではなく、一体どこでこの知識を仕入れたのかが思い出せないのです)


ところで、この "hit" という動詞、考えてみると結構曲者です。

大分前に紹介した、"check" に勝らずとも劣らぬほど、多様な意味で用いられていますね。

先週、ある上級レベルの生徒さんを教えていたときに、テキストに
"now on the anti-globalization movement's hit list" という面白い表現があったのですが、その方はこの表現を理解するのに少し苦労してしまいました。これは "hit chart" のことなのか、と。
(ちなみに "hit list" とは、"hit" が「殺す」という意味で用いられることから転じた「抹殺対象者のリスト」を意味するものであり、前述の表現は「反グローバリゼーション運動に狙われることになった」のようなニュアンスになります)

さて、少々マニアックな域に入り込んでいきますが、"check" のときに習って動詞での使い方を挙げていくと、まず、
1. 殴る I hit the desk out of frustration.
2. 打つ I hit the ball out of the park.
3.当たる  Four out of the five arrows hit the target.
4. ぶつかる A car hit me as I was coming across the intersection!
5. ぶつける I hit a car with my bike the other day.
6. 襲う The tsunami hit the bay at around 5 a.m. / The robbers hit the bank at exactly 2 p.m.
7. 効く The beer really hit the spot!
8. [ hit the books というフレーズとして] 勉強する I guess I should go home and hit the books now if I want to pass the biology exam tomorrow.
9. 殺す

などが思いつきます。

他にもあったはずだと思い、愛用の英英大辞典を見たら...

まだ触れていない定義が10以上残っていることに気付き、とても今晩中にこの記事を仕上げるのは無理だということを思い知らされました。
申し訳ありません。

ということで、続きはまた後日に。
brownies.jpg
posted by EnglishMaster at 23:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする