2007年02月18日

リーディングの技術

中上級レベルになってくると、必然的に「読む」量も多くなってきますが、そのときに気になるのが、多くの人が学校で英語を習ったときと同じような読み方をしている点です。

その読み方とは、冒頭から丁寧にしらみつぶしで読んでいくことです。分からない言葉があれば辞書で引き、どのような構文であるかまで理解しないと気になって仕方がない、という方が結構いらっしゃいます。

でもそのような読み方が必ずしも良いとは限りません。特に複雑で長い文章を読んでいるときであれば、「木を見て森を見ず」という状態になりかねないからです。

このような状態に陥っていた生徒さんを先週教えていたときに思いついたアナロジーが「家を建てる」です。

一部屋一部屋内装まで完成させながら工事を進めていった場合(増築した場合を想像すると良いでしょう)、時間がより多くかかりますし、割高でもあります。下手すれば、どこかで辻褄が合わなくなって変な段差ができてしまう、という危険性もあります。

一方、通常はまず骨格を作り、それに肉付けをしていき、重要だと思われる部分にはお金を注ぎ込んで、そうでないところは適当に手を抜きますよね。

リーディングでも同じです。

全体的な文章の構造を掴んでから、重要と思われるポイントだけを拾い読みして、分からない単語は文脈から推測する、というテクニックを身につけるだけで、大分英語を読むのも楽になり、時間も短縮できるのです。

それを意識して、最近は、(もちろん相手にもよりますが)長文のリーディングを苦痛に感じているらしい生徒さん相手の時には、いかにして読まずに理解するか、という不謹慎なことに力を入れています。

ちなみに、少なくとも予備校では、試験対策として段々このようなテクニックを教えるようになってきているみたいですね。

とはいえ、これはケース・バイ・ケースで、始めにあらすじを頭の中に入れておくのは必ずしも最良の方法とは言えません。
だって、推理小説を読む前にあらすじを読んでしまったら犯人が誰かが分かってしまうでしょう?

そんなわけで、先週手に入れたプラトンの『国家』の英訳版を読むときに(恥ずかしながら、私はまだ読んでいなかったのです)、私はあえて冒頭に親切に添えてある「各巻のあらすじ」を無視して、いきなり本文と悪戦苦闘しています。

最初はソクラテスが単に相手の揚げ足を取っているようにしか思えなかったのですが、一生懸命議論を追っているうちに「ひょっとしたら最終的にはこのような指摘をしたいのではないか」とひらめいたりします。
これは結構楽しいです。

それとも単に暇である、というだけのことでしょうか。
posted by EnglishMaster at 23:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

A Naruhodo! Moment

普通の辞書には中々載っていないかもしれないと思われる表現だけ、最後に日本語で解説してあります。

Some of my co-workers complain that after listening to mistakes all the time, the start to get confused themselves as to what is "correct" or "natural" English. Those who have been here for a really long time may even get to the point where they aren't even sure what is English, what is Japanese, and what is Japanese-English.
I saw a prime example of this last week.

A representative from an educational publishing company had come to our school to explain how wonderful the new textbooks they had co-developed with us were. Some way through his spiel, he exhorted us with the comment: "You have to give your students that Naruhodo! moment!"

Wait a minute, I thought. Why did he just throw in a Japanese word? Having flipped through one of neurologist Kenichiro Mogi's books the previous day at Maruzen, I knew that the appropriate English word for such a moment would be an '"Aha!" moment'. Although I kept my expression completely implacable, I was shouting "Don't you mean that we have to give our students an 'Aha!' moment?" in my head.

Added to this was the fact that I found his attitude unbearably condescending. Of course we give our students "Aha!" moments. I 'm not really happy unless I see lightbulbs going off above their heads at least three times in a lesson. And no, contrary to what he preached, I never "dumb down" my English for my students; I have too much respect for them to do that. I think this was the point at which I let myself tune out completely.

I'm sure that guy had no idea that he'd inadvertently slipped in a Japanese word, which makes it doubly scary. Thankfully, none of my co-workers were so far gone as to let that go unheeded; some did not even know the word "naruhodo" and were offended at his presumption that we did.
(Of course, I'm sure he didn't presume anything; he was probably completely unaware of the fact that he'd used a Japanese word.)

But slip-ups like that are not that uncommon. Once, after a New Zealander friend used the phrase "sex friend", I shot him a look and pointed out the fact that he'd just used Japanese English. Not one to be abashed, he said airily: "Oh, yes, I'm perfectly aware of that. I was just testing you."

Until now, I've been relatively immune to this kind of mix-up, perhaps because I associated different languages with different physical locations (English at school; Japanese at home) as a child and learned to use separate parts of my brain for each language.

But today, I found myself slipping an English word into a conversation with my parents by mistake. Although they didn't seem to notice (it was the word "airport", for the record), I'll take that as a warning that I have to be careful, too.
ミニ用語解説
posted by EnglishMaster at 22:20| Comment(3) | TrackBack(0) | English | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

Misinterpretation

2週間前、とある本の一節を生徒さんと一緒に読み、解説していたところ、「誤読ばっかりですね」とかなり落ち込まれたご様子でした。

でも考えてみれば、私も決して誤読と無縁な訳ではありません。

最近、以前に何度も再読している本を読み直しながら、1箇所解釈が誤っていたことに気付きました。

ちなみに、その本はディック・フランシス著の "Break In" という小説です。

breakin.jpg

この著者、元は騎手であり、落馬して馬に乗れなくなってからスポーツ紙の記者を経て小説家になった方で、著書は多かれ少なかれ競馬と縁があるストーリー展開になっています。

テンポが良く、程よい緊張感が漂う、非常に面白い話ばかりなのですが、スラングや口語表現が多いのが学習者にはネックになってしまうかもしれません。毎週定期的に教えている生徒さんに競馬好きな人がいたため、フランシスの小説をクリスマス・プレゼントにしてあげようと思ったのですが、客観的な目で見たらとても初級者に理解できるものではありません。幸い、やや古い(発表年からすると)本でしたが、Oxford Reader版があったため、そちらにしました。

さて、誤読箇所に話を戻すと、それは以下のようなパッセージでした。

"Still, we tried hard, finished third, and seemed to give moderate pleasure to owners and trainer. Bread and butter for me; expenses covered for them."

これを最初に読んだとき、疑問に思ったものです。
なぜなら、"them" がてっきり "bread and butter" を指しているのかと思い、「パンとバターを食べ、それは経費でまかなわれた」と解釈したからです。
しかし、騎手として常にダイエットをしていなければならない主人公は、トーストにバターさえ塗らない、という話も後に出てきます。一体これはどういうことだろう、と。

それが、最近読み返したとき、謎が解けました。

"Bread and butter" とは「生活の糧」を意味していたのであり、"them" は "owners and trainer" を指していたのです。
つまり、「頑張って3着になり、馬主と調教師を多少なりとも喜ばせることが出来たようだった。私は生活の糧を得、彼らは経費の元が取れたのだ」という意味だったのですね。

一旦分かってしまうと、「どうしてあんな誤解をしていたのだろう」と思うのですが、誤読とはそういうものかも知れませんね。おかしいと思いながら、いくらあがいても良く分からないのに、一旦分かってしまえばなぜ分からなかったのかさえ分からなくなってくるので、不思議なものです。

大事なのは、論理的に辻褄が合わないときに「そういうものだ」と割り切ってしまわずに、「解釈が間違っているのだろうか」と疑う気持ちかもしれませんね。
posted by EnglishMaster at 22:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月10日

自己暗示?

実は、昨夜の記事を書いてから、ふと思い当たることがあったので、ここに紹介します。

今教えている生徒さんに、Sさんという方がいます。銀座校にいたときからのつきあいで、もう3年以上も通っていただいているのでしょうか。

私が彼女を最初に教えたときか、二度目に教えたときかを正確には記憶していないのですが、とにかくラッキーなことにグループの他の生徒さんが欠席されたため、彼女はプライベート・レッスン状態になったのです。

彼女がそれまでのレッスンの内容をきちんと使いこなせておらず、未だに一旦英文を復唱して、日本語でぶつぶつつぶやかないと質問に答えられなかったのに危機感を感じた私は、やる内容を絞り込んで、同じ質疑応答を根気良く5回も10回も繰り返しました。
語順が違ったのでもう一回、助動詞が抜けたのでもう一回、冠詞が違ったのでもう一回、完璧だったけど、もっとテンポ良く言えるように仕上げにもう一回、という具合に。
それで、今度は同じ例文の目的語だけを変えたりして、最後に目的語だけでなく、動詞も変える、という調子で、たった一つの構文を叩き込むのに、丸々2レッスンを費やしたのです。

すると次の週だったか、彼女はレッスン後、私をみつけると「すみません、日本語で良いですか?」と前置きをした上で、「実はこの間のレッスン、辛くて涙が出るかと思ったのですが、今回のレッスンで先生に質問されたとき、自分でもびっくりするほどすらすらと答えがでてきたのです。今までで初めてですよ、こんなこと」と感激した様子で話されました。

そして次に彼女を教えたときには、グループの他のメンバーもいたため、そこまで丁寧に教えることができなかったのですが、それでも彼女はそのレッスンのポイントを消化できたようだったので、ああ、自信がついて、ちゃんとついていけるようになったのだな、と安心しました。。

ところが、そのグループがレベルの総復習をやるレッスンを担当したときです。
なんと、私が教えた単元の内容に関してはきちんと答えられるのに、他の単元の知識は全くダメだったのです。これには頭を抱えてしまいました。
(ちなみに、彼女は決して努力を怠っていたのではなく、あれほど熱心に予習・復習をしているほども稀だ、と思わせたくらいです。ただ、足が速い人と遅い人がいるように、彼女は新しい表現を覚えるのに、他の人より少しばかり余計に時間がかかってしまうだけだったのです)

彼女は、私に教えて欲しい、とリクエストを入れて下さったみたいなのですが、最初はグループで受講している人はリクエストができない、と断られて、私に中々担当が回ってこなかったり、私の企業派遣レッスンが彼女のグループの時間帯と重なったりしたため、しばらくすっかりご無沙汰になってしまいました。

でも、数ヶ月ほど前に、今はレベル3に上がっている彼女をやっと教える機会があり(同僚に無理を言って勝手に代わってもらってしまいました)、未だに苦労している彼女でもついていけるようにレッスンを工夫したのです。

そして、一昨日、また彼女のグループでレベル3の中間復習を担当したとき、彼女はまた私が教えた単元のボキャブラリに関してだけ、率先して答えることが出来ていました。

そのときは、「やっぱり私は教え方がうまいんだ」なんて勝手に喜んでいました。しかし、良く考えると、実はそういう単純な問題ではないのかもしれません。

3ヶ月ほど前だったか、彼女と廊下ですれ違って挨拶したとき、彼女はまた「先生が教えてくれた内容は今でも覚えていますよ。最初に "I am wearing a suit," を教えてくれましたよね。でも先生に教わった分しか覚えていないのです。どうすれば良いのでしょう」
そのときは、3年も前にやった内容を正確に記憶していたことにただただ驚嘆したのですが、この彼女の言葉をよくよく振り返ってみると、実は彼女の頭の中には最初の成功体験が引き金になり「この先生に教わった内容は、絶対に忘れずに使いこなせるようになる」という強力な自己暗示になっていたのかもしれません。

だから、グループの他のメンバーが出席していて、つきっきりで丁寧に教えてあげることが出来なくても、レッスンの内容をちゃんと覚えていたのかもしれない、と考えることができます。

となると、先生に対する信頼は恐ろしいほど強力な力を持っている、ということですよね。
独りよがりかもしれませんが、自分が担っている責任、というものの重さに、愕然としてしまいました。
posted by EnglishMaster at 00:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

上達の秘訣

私は、尋ねられない限り自分が日本人だとは言いません。
面白いことに、尋ねない方も結構多く、一回聞いて「へえー」と言っても数週間後には忘れてしまっている方もいます。

でも "Are you Japanese?" や "Where are you from?" と聞いてくる積極的な生徒さんだと、(信じてくれない人は別として)その後に必ずと言って良いほど、"Why do you speak English so well?" という質問が続きます。

今まではその質問に対し、「幼少の頃より海外に住んでいたから」と答えていたのですが、今日またこの質問を聞いいたときに、それが必ずしも正しい答えでは無いことに気付きました。
私と同じくらいの年齢で海外に行っても、結局高いレベルの英語力を得ることが出来なかったり、忘れてしまったりしてわざわざ習いに来る生徒さんもいるくらいですから。

そこで、初級者の方だったので、かなり噛み砕いた表現を用いなければならなかったのですが、以下のような話をしたのです。

"I was five years old when I first went to the U.S., and on my first day of school, I couldn't communicate with the teacher or with the other students. Everyone was kind, and spoke very slowly when they were speaking to me, but I didn't like the special treatment. So, when I got home I told my mother: 'If I can't speak English, everyone thinks that I'm stupid. I don't want that. So I'm going to learn to speak English just as well as everybody else can.' And I did. I caught up with my classmates in six months.

"So don't tell me that you can't speak well. You should look in the mirror every morning and tell yourself that you are going to master English."

そう、思えばこの「特別扱い」に対する悔しさが私の競争心に火を点け、誰にも負けない英語力を身につけよう、という原動力になったのです。あのとき、「日本人だからアメリカ人の子のように英語を話せなくても当然だ」などと考えてしまったら、今の私はなかったでしょう。
もちろんそれに加えて、良い先生に恵まれる、という幸運もあったのですが。

今週のTIME誌に、人間の脳についての特集記事(リンクはここをクリック)があったのですが、それには大人になってからも能は変化し、進化し続けることができる、という話が掲載されていました。
何かを練習すれば練習するほど、その作業を担う脳細胞が増え(周辺の細胞をハイジャックする、というような趣旨の表現がなされています)、イメージトレーニングだけでも似たような変化が生じることを実証したハーバード大の実験結果や、瞑想などを通じて意志の力だけで脳細胞の機能を作り変え、能の疾患を治療できた、というUCLAの実験の結果も紹介されています。

だから、大人になってからでも、「英語で考え、話すための細胞」というものを、作り出すこともできるのですよね。
問題は、最初から「できない」と思い込んでしまっている人が多いことにあると思います。

ところで、これに関連して、冒頭で紹介した生徒さんには以下のような話もしました。(この話をした後だったから、いつもとは違う回答が思いついたのかもしれません)

"Elephants at a circus are tied to poles by very thin ropes. Elephants, of course, are very strong. They can break the ropes easily, and run away. But they don't. Do you know why?

"When they are very young, they are attached to the poles by very sstrong chains. They struggle to break the chains, but they can't, and they give up. They believe that it is impossible to escape. So even after they become big, and the strong chains are replaced by thin ropes, they don't try to escape. They can escape, but they never do, because they believe that it's impossible.

"So if you think you can't do something, you never will, because you won't even try. But if you believe that it is possible, you can."

(これは、"Improbable" という最近読んだ小説に載っていた話です。真実の程は分かりませんが、説得力がありますよね。結構気に入って、色んな生徒さんに話しています。
この本自体、東洋哲学的な要素も入った、かなりスリリングで面白い話で、『数学的にありえない』という邦題で日本語訳も出ていますので、おすすめです)

ちなみにここで紹介した生徒さん、企業派遣レッスンなので、これから毎週木曜日に教えることになるのですが、本当に鏡を見て、自己暗示をかけてくれるのか、楽しみです。
posted by EnglishMaster at 23:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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