2007年04月08日

笑顔の効果

気が付けば、更新しない日々が一ヶ月近く続いてしまいました。
更新を期待してアクセスしてくださった皆さんには、大変申し訳ないことをしてしまいました。m(_ _)m
書きたいネタは山ほどあるので、猛ペースで更新しないと到底書ききれないような気がします。頑張ります。

でも、とりあえずは他愛の無い話から。

先週の木曜日の夜、通りかかった教室に何回か教えたことがあった生徒さんがいたので、いつものように笑顔で "Good evening, Mr. ○○" と挨拶しました。その方も挨拶を返してくれたのですが、そのやり取りを見ていた同僚がいきなり「なぜ僕にはそのような笑顔を見せないんだ」と言ったのです。

これにはショックを受けました。

大学の友人には、「いつも笑顔が素敵だね」と言われていたのを思い出したからです。その頃は、「美人だと褒められるよりもはるかに良いことだ」と勝手に喜び、笑顔を絶やさないように心がけていたのですが、それがいつの間にかお客様にしか見せない「営業スマイル」に成り果ててしまったみたいです。

使えば減る、というわけでも無いのに、知らず知らずのうちに笑顔をケチるようになっていたのでしょうか。

実はこの同僚、昨年のシーラカンス事件のP君で、あれ以来私に馬鹿にされたと思ったらしいのか(他にも色々と事情があったのですが)、徐々に私に対する態度が冷たくなり、最近は必要以上にはろくに口を利かない仲になってしまっていたのです。

しかし、本当はそんなことはどうでも良く、彼に笑顔を見せなくなった私にこそ責任があるのだ、と気付いたのです。

そこで、昨日は出勤した彼を見かけるなり、最上級の笑顔で"Hi!" と呼びかけました。すると、そのときは黙って頷いただけだったのですが、次の休み時間には私のところに本を持ってきて「ねえ、君、隷書体の七・五・三って知ってる?」と話しかけてきたのです。
そして、私が「ううん、知らないよ」と言うと、嬉しそうな顔をして、得々と隷書体の特徴と、様々な江戸文字の書体について語り始めました。

そして、それで気を良くしたのか、その後私がフランス語の先生に「今日は忙しいの?」と聞かれたのを耳にして「あいつはお前を誘うつもりだったんじゃないか?」とからかったりして、すっかりお友達モードに戻っていました。

男の人って、本当に単純ですね。


ちなみに、とっても鈍い私はそのフランス語の先生にはまじめに「今日は目が回るほど大変なのよ」と答えたのですが、P君に指摘されて、しまった!と思いましたね。
ひょっとしたらレッスンをお願いするチャンスだったのかもしれないのに。
posted by EnglishMaster at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

電子辞書の選び方

電子辞書については、以前も何度か言及したことがあるのですが、先日「どのようなものを選べば良いのかが分からない」という質問を受け、肝心の選び方については英文でしか書いていなかったことを思い出し、ここで私なりの考えを整理したいと思いました。

まず、そもそも電子辞書が必需品か。

となると、必ずしもYesではないと思います。

仕事で英語を使う場合は、あった方が良いでしょう。特に英文でのメールのやり取りが多い場合には、言葉を正確に使い分けるためにも、あった方が便利です。
ただ、そんなにお金を投資したくない、メールが主だ、という場合であれば、『英辞郎』のネット版(無料)で用が足りることも多いみたいです。

仕事で英語を使わない場合は、レベルにもよります。

英会話初級者であれば、電子辞書はあまり必要はないと言えるでしょう。どうしても、という場合には、ポケット版の英和・和英辞典を持ち歩き、それで間に合わない分は直接先生に聞くか、家に帰ってから調べる、という形を取った方が良いと思います。
辞書に頼りすぎてしまうと、自分の頭で考えて工夫する、というステップが抜けてしまうからです。

ただ、中級以上になれば、辞書はあった方が良いですね。しかもこのレベルでは、辞書の使い方を学ぶ良い機会でもあるので、紙の辞書よりも複数の辞書が収録された電子辞書の方が勉強になります。

中学生・高校生であれば、紙の辞書の方が良いような気もします。自分で線を引いたりすることもできますし、速く検索するための訓練はそのまま長文読解の訓練にもなりますから。それに、手垢で黒くなった辞書を見ると「ああ、一生懸命勉強したなあ」という実感が湧きますよね?


以上より、具体的にどのような辞書がお勧めかと言うと:

英会話初級者であり、かつあまり語彙に自信がない場合

このレベルでハイエンドの辞書を買っても豚に真珠です。使いこなすことができません。ですから、身の丈にあったものを選ぶのが大事です。
最低限そろえたいのは、良い学習者向きの英英辞典。『ネイティブのように辞書を引こう』で紹介したオックスフォード現代英英辞典(Oxford Advanced Learner's Dictionary)や、Collins Cobuildあたりが、比較的易しい言葉を用いて丁寧な説明がなされており、使いやすいと思います。
これが一つ入っていれば、英和・和英がジーニアスのみ(結構首を傾げたくなるような記述が多く、個人的にはあまり好きではないのですが)であっても構いません。ただ、英英辞典が入っていないものは、なるべく避けるべきです。

中級以上の場合
この場合にぜひ持っていたのは、英英の類語辞典です。これは語彙を増やすのに非常に役に立つからです。

会話はあまり得意ではないが、仕事で専門用語を使う必要性がある、もしくは、語彙には自信がある場合
上級者の場合

英和・和英・英英で大辞典があった方が良いでしょう。ただ、使いこなすためにはあるていど語彙が必要なので、それは肝に銘じておくべきです。
また、上級者であれば、研究社の『英和活用大辞典』もそろえておきたいかもしれません。これは言葉の微妙なニュアンスの違いや、良い組み合わせを知ることができます。


大体、私が考えるところの適性は上記のようなものですが、個人的な相性や使い勝手も大事です。
一番良い選び方は、
1.よく知っている言葉
2.最近知った言葉
3.知りたいと思っている言葉

をそれぞれいくつかリストアップしておいて、店頭で辞書で引いてみることです。このリストに専門用語が入っていたら、「やっぱり大辞典がないとだめだ」と思うかもしれませんし、定義をみて「大辞典でも使いこなせそうだ」と思うかもしれません。
ジャンプ機能(個人的にはこれが一番重要)もメーカーによって使い勝手が違うので、一括検索や、同じ言葉で英和→英英へとジャンプしたり、和英で出てきた単語を英英で引きなおしたり、といろいろと試してみると良いでしょう。

大事なのは、「今」の自分のニーズに合っているものを選ぶことだと思います。消耗品ですし、もっと良いのが欲しくなったら、家族や友人・同僚に譲ればいいのですから。

少しでも参考になれば幸いです。
posted by EnglishMaster at 16:53| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

Hinamatsuri

Happy Girls' Day!

We didn't get around to taking out the Hinamatsuri dolls until about ten days ago, and considering the fact that the dolls are only let out of their box once a year, I felt that they hadn't gotten the attention that is their due.
Plus there's the fact that I don't want those hours of carefully tying hats in place and decorating the seven-tier platform to have been for naught.

And so I've decided to post a picture here to allow my readers to admire them:

hinamatsuri.jpg

For those of you who are not sure about how to explain the dolls in English, they are, from the top:

The Prince and Princess
Three Ladies-in-Waiting
Five Musicians
Two Ministers
Three Manservants (flanked by the cherry tree on the left, and the mandarin orange tree on the right)
...and assorted furniture and goods for the Princess' dowry including a tea room, a palanquin, and an ox-drawn carriage.

These dolls have braved the high seas to accompany our family to the U.S. and back, and I don't think there has been a single year when we neglected to take tthem out and put them on display.

When we were living in the States, we held hinamatsuri parties so that all our friends could admire the dolls. Which is all the more reason why I feel guilty for not having any guests to ooh and aah over them anymore. Although there is less than half an hour to go of March 3rd, at least this blog will allow me to put them on display to a larger audience than my immediate family.

After almost 30 years though, the dolls are starting to look the worse for wear. Some of the delicate decorative touches are starting to flake off, the manservants' eqxuisite costumes have come unglued in places, one of the ministers is missing a tassel for his hat cord, and the red paint adorning one of the ladies-in-waiting's mouths is showing signs of chipping.

I'll probably have to spend some time on maintenance before putting the dolls away for the year, but I can't help wondering how long they're meant to last. Is 30 years too long? Is one supposed to get married, have a baby girl, and invest in a new doll set before the old one goes out of commission? I think I've reached the age where such thoughts get to be more than a little frightening.

There is a commonly held superstition that the dolls must be packed away promptly after the festival, or the girls in the house will have trouble getting married. My mother believes this, and if there is no time to put the dolls away tomorrow, we'll probably cover the dolls faces with tissue paper, and make them face the wall.

So this leads me to wonder: would it be bad luck to keep the picture posted here way after the festival is over? If the picture disappears in a day or two, you'll all know what my answer to that question was.
posted by EnglishMaster at 23:40| Comment(4) | TrackBack(0) | English | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月27日

リスニングと文法

週末に強烈な頭痛で倒れ、せっかくの休暇が台無しになってしまった上、未だにどことなく本調子に戻れていない感じがするので軽めの話題です。

さて、リスニングと文法と言うと、一見あまり関係ないように思えますが、文法の知識がリスニング能力の限界を画する格好の例を最近目にしたため、ここで紹介します。

『知恵蔵』上で、ある "YouTube" 上のビデオ・クリップで何を言っているのかを問う質問が出ていました。

どのようなビデオ・クリップかというと、かの有名な MasterCard の「プライスレス」というキャッチフレーズのCMのパロディで、中々気の利いた内容のものでした。

(興味がある方は、YouTube上で "MasterCard +parody" で検索してみてください。ご覧になると分かると思いますが、若干公序良俗に反する面があるため、ここであえてリンクを張るのは控えておきます)

さて、肝心の質問に対する回答ですが、結構世の中にはリスニングに自信がある人が多いらしく、私が見た時点ですでに4人ほどの方が「こう言っている」ということで、台詞を書き出していました。
しかし、どの回答も文法的に微妙におかしいような気がしたのです。

そして、実際にそのビデオ・クリップを自分でも見たとき、なぜそのようなことが起きてしまったのかが良く分かりました。

問題となっている台詞のうちの一文が

If need be, he'll come down himself and do it.

というものだったのですが、この文の冒頭は、条件法の中で仮定法を使う、というものすごく高度な文法を使っていたのです。

そして、この "If need be..." という構文になじみが無かった方は、せっかくキーワードを聞き取っていながらも、正確に文章を再現することができず、余計な言葉をくっつけてしまったり、他の全く見当違いの言葉を入れてしまったりしていました。

もう一つこの台詞の落とし穴は、再帰代名詞を用いた強調構文 "he'll come down himself" だったかもしれません。やっぱり再帰代名詞の正確な使い方が分かっていないと、"himself" は聞き取れていながらも、若干違う位置にあると勘違いしてしまった方がいらっしゃったみたいです。

でも、よく考えてみれば、シャドーイングもディクテーションも構文をしっかり理解してこそ完璧にできるものであるため、これは全然不思議なことではないかもしれませんね。

やっぱりどのレベルにおいてでも、決して文法を侮ってはいけない、ということでしょうか。
posted by EnglishMaster at 23:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

音楽と語学

語学を学ぶのと、音楽を学ぶのとでは、非常に共通点が多いような気がします。

両方とも耳が重要であり、音楽が得意な人は語学も得意であるという事実もありますが、それだけではありません。
教え方の見本として、私が一番参考にしているのは、子どもの頃習ったバイオリンの先生だからです。

その先生は正確には二人目の先生でした。

一人目の先生は、6ヶ月しか習わなかったのですが、最初の2、3ヶ月はろくに楽器にも触らせてくれなかった挙句、いざ弾き始めると、見本の演奏をするときにはあくまでも彼女の水準で演奏していたのです。つまり、初心者の私にはまだ使えるはずのない、ビブラートなども使っていたのです。
私は、ああ、あのように弾くためにはものすごく時間がかかるんだなあ、と考えていたのを覚えています。

それに引き換え、二人目の先生は全く対照的でした。
なぜか地元の音楽学校にオイストラフの弟子でモスクワ音楽院で博士号を取ったというすごい先生がいた、という幸運に恵まれてのことだったのですが、彼女は常に生徒のレベルに合わせる、という今考えればものすごい技をやってのけたのです。

具体的には、というと、彼女は見本の演奏をするときに、必ず生徒の楽器を使ったのです。私が最初に弾いていた楽器などは、機械で作られた安物だったのですが、それでも彼女の手にかかるとちゃんと良い音が出ました。それに加え、彼女は、その時点でその生徒が使えるテクニックしか使わなかったのです。

つまり、安物のバイオリンであって、ビブラートなんぞ使えなくても、こんなに素晴らしい演奏ができるのだ、ということを身をもって示したのです。急に目標が身近になったのです。だから私は焦って「早くビブラートができるようになりたい」という考えを捨てました。まずは、持ち合わせている限られた技術だけで、どれだけ良い演奏をできるのか、ということに集中できましたね。
(そして、ちゃんと適当な時期になってからビブラートを教わったため、それを自在にコントロールできるようになったのです。その頃になって、ひょっとしたら最初の先生はビブラートなしでの演奏などできなかったのかもしれない、と気付きました)


もちろんその先生の足元にも及びませんが、私もできるだけ上手く生徒のレベルに合わせることを心がけています。

大体、どのレベルのどの章をやっているかによって、今までどのような構文を身につけてきたのかが分かりますから、例えばレベル2以下の生徒さんだったら、私の方から完了形を使ったりすることは避けます。(生徒さんがすでに知っていて、自分から使う場合には、正しく使えていないときのみ、何らかの指摘をしますが、深入りはしません)

初級レベルの生徒さんがすぐに電子辞書に手を伸ばすのを嫌がるのも、そのような理由からです。下手に背伸びをするよりも、それこそ確実に使いこなせる限られた語彙や構文だけを用いて、どこまで流暢に話せるのか、ということに集中して欲しいからです。

だから、教科書にない新しい単語を教えるときには、かなり慎重になります。昨日は、「神話」の話をするときに、あえて "myth" という言葉を使わずに "stories of the gods" と言い換えましたし、今の季節によく話題になる「花粉」でも、まず何らかの噛み砕いた表現で説明し、またはさせてから、"pollen" という言葉を教えます。
(その一方では、同じく昨日ですが、レベル2の生徒さんが、報告書をいちいち印刷して、担当者のはんこをもらわなければならくて無駄が多い、という会社の現状を上手く説明したときに、「そういうのは bureaucratic(官僚的)と言うのだよ」と教えてあげましたが)

最近書いた記事で、生徒のためにいたずらに自分の英語のレベルを下げることはない、と書いたため、誤解の無いように付け足しますが、妥協しないのはスピードや流暢性、発音などです。あと、ほとんど必ずフル・センテンスを使うことを要求する点でしょうか。特に何かを何度か繰り返すときなどは、容赦なく私が本来話すスピード(ちなみにこれは同僚からも速い、といわれます)に戻してしまいます。今までやった内容、という限られた範囲においてでも、テレビや映画で同じ表現を耳にしたときには聞き取れるようになって欲しいからです。

正直、難しいですね。
言葉を選ぶよりもまず非常にゆっくりと話して見るほうが楽ですし、とある構文を使いたくない場合には他の構文を駆使してフル・センテンスを使うよりも、ブロークンに話した方がはるかに楽です。
事実、あまり経験がない先生などにはこのような傾向が見られます。でも、これでは生徒さんに変な妥協と諦めをもたらしてしまうに過ぎません。本物の実力は付かないのです。

ツールは限定しても、その一つ一つを確実に使いこなせていくようにする。つまり、最初の例にたとえるなら、たとえ安物のバイオリンしかなくても、もっと高いバイオリンがなければ上手く弾けない、などとは言わずに、まずはそれで可能な限り最高の演奏を目指す。
これこそ、応用力を養い、どのような場面でも通用する語学力を身につける鍵だと思います。

posted by EnglishMaster at 23:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする