2007年12月27日

英会話教師というお仕事

また更新無しの日々が続くうちに、あっという間にクリスマスも過ぎてしまい、読者の皆様には本当に申し訳ないことをしてしまいました。

さすがに転職して6ヵ月以上経ち、個人的にも3ヶ月前から全く英会話を教えていないため、書きたい内容(現在の仕事の他愛の無い日常)とブログタイトルとの間にだんだん齟齬が生じてしまっている、というのが筆を重くしている一番の原因となっていることに最近やっと気づきました。

(実は、最近受付け担当の同僚の翻訳指導を始めたので、全く教えていない、というわけでも無いのですが...)

そこで、心機一転!あまり教育的な内容を重視しない、新しいブログを立ち上げることにしました。

その名も『あるバイリンガルな奴隷のつぶやき』
バイリンガルな職場の不思議な日常や、実務で英語を使う時のヒントに加え、独り言や読書感想文も加えていくつもりです。

こちらのブログは、しばし休眠状態とさせていただきますが、新ブログの内容でつながりのあるものは、旧ブログの記事にリンクさせていくつもりです。


このブログを休止するにあたり、一区切りとして、私が経験した「英会話教師」という仕事について振り返ってみたいと思います。

先週、『ニューズウィーク日本版』にも「ニッポンの英会話学校」という題名の特集があり、ご覧になった方も多いと思われますが、あの特集の内容にあまり感心しなかった、という動機もあります。

1. 労働条件
これは確かに決して良かったとは言えないと思います。

ニューズウィークで紹介されていた1レッスン当たり1400円しかもらえないGABAほど酷くはなかったのですが、給料は決して高くありませんでした。以前はもっと給与水準が高かったため、古株の同僚は全くやる気がなくても私の2倍近く稼いでいたのですが、これを見るのはかなり面白く無かったです。
また、身分は契約社員で、制度変更のためフルタイムになってから6ヵ月経過するまで社会保険が付かない状態でした。(もっとも、社会保険料を払いたくないため、わざわざレッスン数を減らす同僚もいたのですが)
極めつけは、拘束時間が長かったこと。
特に私が教えていたようなビジネス街のスクールだと、朝と夜にレッスンの需要が集中するため、始業は朝8時半、終業は夜9時過ぎ、しかし昼間には数時間空いてしまう、というパターンになっていました。
フルタイムとして働いたのは、最後の一年半強ですが、あれで限界だったと思います。

しかし、とにかく最初に教えたNCBのように、「日本人」と「外国人」で給与格差が無かったのは嬉しかったですね。
また、何の資格も無くても就ける仕事であることを考えれば、ある意味妥当な給与であると言えたと思います。問題は、いくら頑張って優秀な成績を収めても上がり幅が少ないことでしたが、同僚の一人などはずば抜けた実績をベースに自分で交渉し、かなり有利に労働条件を変更してもらうことに成功していました。

上記の特集で紹介されていたGABAの講師は、1レッスン当たり生徒が払うのは7000円であるのに対し、自分がもらうのはたった1400円なのは搾取だ、と述べていましたが、この意見には賛成できません。

スクール側が生徒を用意し、場所を用意し、テキストも用意し、ある程度マニュアルも完成させ、クレームも処理してくれるのです。言い換えれば、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜ける環境を整えてくれてるのです。
その講師に対しては、「そんなに悔しいなら1レッスン7000円で自分の生活を支えられるほどの数の生徒を集められるか、試してみなさい」と言いたいです。ビジネスの本質を理解していない、としか考えられません。


2. その他
またニューズウィークの表現を借りると、「プロ意識ゼロ」の「腰掛け」的な講師は、「英会話教師をやっても何も身につかない」と言います。実際に、このような言い方をする人を何人も見かけました。

しかし私個人としては、現在の仕事にもつながるようなスキルをはじめ、得るものが多かったと思います。

まずは、素晴らしい同僚。
手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事で、あえて他の人の数倍も頑張ることの大切さをはじめ、多くのことを教わりました。言うまでもなく、これは今の仕事にも生きています。

次に、コミュニケーション能力。
子供のときからどちらかというと人見知りをする性格で、以前は初対面の人と話すことが苦手でした。しかし、仕事の性質上、会って5分以内に相手の信頼を勝ち取り、心を開いて色々と話してもらえる状況にする、という技術を勉強する機会に恵まれました。
これは、生徒さんに恵まれた、という事情もあります。

また、英会話を学びに来る人々の目的も様々であるため、本気で勉強をしたいのか、それとも仕事の息抜きと考えているのか等、大分相手の真意を汲み取れるようになったと思います。
金融であれ、競馬であれ、生命工学であれ、どんな話題にでも合わせられるようになったことも言うまでもありません。

最後に、より磨きのかかった英語力。
ただ単に教えるためだけに英文法の勉強をしたのですが、これが今では私の日本語力との大きな差になっています。英語なら、どの言い回しが最適であるのかだけでなく、なぜその表現が最適であり、あるいはなぜその文法が正しいのかも解説できるようになりました。(実際に解説などはしないのですが、その分自信が持てる、ということです。)一方、日本語は未だに「なぜ」を説明できない、いわゆる普通のネイティブの状態です。
また、英語の間違いというものにも、ものすごく敏感になりました。
本を読みながらタイプミスに気づく、という芸当は、教える前にはできなかったことです。これも実は今の仕事でとても役に立っているスキルです。

3. 最後に
最初は受験勉強をする間のつなぎとして、それこそ「腰掛」的に始めた仕事でしたが、結果としては生徒さんをはじめ色々な人に支えられ、逆に学ぶことの方が多かったのではないのか、とさえ思えます。

せめて学んだ分だけでも、生徒さんに還元できたことを願うばかりです。

でも今後教えるとしたら、あくまでも教えるのが好きだから、ということになるでしょう。もうスクールに所属し、外国人に学ぶことを期待して来た人を取り込む努力をする必要はありませんし、またその気にもならないのです。逆に、私でなければ教えられないような特殊なニーズの生徒さんであれば、また教えることになるかもしれませんし、そのときにはこのブログを復活させることになるでしょう。

とりあえずの休止となりますが、訪問者の皆様には本ブログを盛り上げていただき、本当にありがとうございました m(_ _)m

(新しいブログへのリンクは、ここをクリックしてください)
posted by EnglishMaster at 16:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

The "Native" Myth

新しい記事をアップしないまま、早2ヶ月が過ぎてしまい、読者の皆様には本当に申し訳ありません m(_ _)m
こちらも書きたいトピックのリストが長くなる一方だったので、思い切って昼休み中に記事を書いてしまいました。
ゆえに結構雑な内容になってしまっている点は、どうか多めに見てください。

さて、最近破綻したNOVAをはじめ、多くの英会話スクールが拠りどころとしている「ネイティブ信仰」(もっともNOVAの場合はどちらかというと「外国人信仰」に近かったのですが)、言い換えれば、「どのような人であれ、ネイティブの言うことなら間違いない」という「神話」ですが、私は勝手に日本人特有のものであると考えていたところ、どうやらそうでもないらしいですね。

10月から、私が勤めている事務所で英国の名門大学で日本語を勉強している学生をインターンとして迎えることとなり、私が(同じ部屋ということもあり)世話役になりました。

彼が来た初日、大学では2年生で古語も勉強して、『方丈記』も読んだ、という話をされたため、「ああ、『ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたることなし』ですね」と私から言うと、彼は目を丸くして「日本人はみんなそれを知っているのですか?」と聞いてきました。

そんなはずないですよね (^^; 私もたまたま言葉の響きが好きでこの冒頭の一節のみ覚えていたに過ぎません。
一瞬「もちろんですよ」と言おうかと思ったのですが、幻想を抱かせるのもまずいな、と考え直し「イギリス人は誰でもシェークスピアをすらすらと引用できますか?」と聞き返しました。それで彼は納得したようでした。

また、面談の内容をおこしたファイルを訳していたときのことです。彼に一部につきドラフトの訳を作ってもらうという形で手伝っていただいていたのですが(もちろん、その後私が色々直しましたが)、「なぜここは理由付けを述べているのに『からである』のような結びになっていないのでしょう」と聞かれてしまいました。

これに対しては「実はこの文の終わり方は少しおかしいけど、こういうのは良くあることよ。別に真似をすることはないから」と言うしかありませんでしたね。すると彼は「日本人でもおかしい日本語を使う人がいるんですか」と聞いてきたのです。当たり前です。私でも時々果たして自分の日本語が正しいのか、不安になるときがあります。「イギリス人でも仮定法を使わない、もしくは使えない人もいるでしょう」と答えました。

で、これで「日本人の日本語力」というものに対する幻想を完全に破壊してしまったのか、と思っていたのですが...

先日、彼が日本語のレッスンの準備のためにライブラリから日経新聞を借りて、机の上においていたときのことです。経理担当の事務員がそれを見て、「日経を読んでいるなんて、すごいですね。難しすぎて私にはとても読めません」なんて言っていました。すると彼は怪訝な顔をして「日本人でも日経を読めないんですか」と聞いてくるではありませんか。これも「イギリス人は誰でもファイナンシャル・タイムズを読めますか」と聞返して、はじめて「ああ、確かに誰でも読むものではありませんね」と納得したようでした。
(もっとも、日経はここ数年、女性購読者獲得のために女性向けの内容を増やしたり、お洒落なCMを展開したりもしていますが)


母国語に置き換えれば、「誰でも人に教えられる水準の言葉を話すわけではない」ということが一目瞭然です。なのになぜ、英会話学校で英語力の試験さえも受けていない先生が、ネイティブであるという理由だけで堂々と英語を教えることができるのでしょうか。

以前勤めていたスクールでは面接だけでなく、採用時にアンケートと称して長々とエッセイを書かされ、実際に「断られちまったよ」という人にも会ったことがあります。しかし、その前に教えていた昨年倒産したスクールでは、作文さえろくにできない先生もいました。(その一方ではニューヨークの弁護士資格を持っている人や、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院で東洋研究の修士を目指しているすごい人もいましたが。)英語力の確認のなかったNOVA(知人情報)も、緑の看板の学校(私自身の経験。簡単な集団面接のみで採用されてしまいました)も、そのようなバラつきの大きい状態であることが容易に想像できます。

ネイティブなら誰でも正しく美しい英語を話すというわけではない。逆にノン・ネイティブでもネイティブから尊敬されるような英語を話すことができる。

この「英語」を「日本語」に置き換えるだけで、実は当たり前のことを言っているに過ぎないということが良く分かると思います。

皆さんも先生を選ぶときに覚えておいてくださいね。
posted by EnglishMaster at 12:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

祝!出版

読者の皆様へ、
大変ご無沙汰いたしました m(_ _)m

2ヶ月更新が無かったにも関わらず、アクセスしてくださった皆様には、申し訳ないことをしてしまった、と考えております。

実は、最近は仕事以外で結構忙しくなっています。

元生徒さんや大学の友人から飲み会の誘いを受けたり、オーケストラのエキストラを頼まれてバイオリンを練習しなければならなかったり、と。

で、言い訳はさておき。

今日は会社のパソコンで記事を書いてしまっています。
というのは、(今日はオフィスで暇を持て余している、という事情もあるのですが)ぜひお知らせしたいニュースがあるからです。

なんと、親友(元同僚)が共著で出した本が、8月31日に発売されました!

題名は 『新TOEICテスト 18ユニット英文法』

TOEIC 18 Units.jpg

形としては星の数ほどあるTOEIC対策本の一つですが、友人が書いた例文はいずれもビジネス界での豊富な経験を活かした、実践的なものばかりです。
現在TOEICの勉強をされていない方でも、実際仕事で英語を使っている、または使う予定である、という方であれば参考になる表現がたくさんあると思います。

以下、その友人が書いた内容紹介メールからの引用です。
(訳は私が付けたものですが、かなり意訳している部分もあります)

Although the title is related to the TOEIC, the content is focused heavily on business themes, and there are quite a few useful business phrases and vocabulary words. Below are my ideas on how you may benefit from training with this book, even if you don’t plan to take the TOEIC:

題名にはTOEICとありますが、内容的にはビジネステーマに重点を置いてあり、役に立つビジネス・フレーズや語彙が豊富に盛り込まれています。以下に、たとえTOEICを受験するつもりがなくてもこの本を効果的に利用するための、私なりの考えが述べてあります。

For lower level English speakers, I recommend reviewing the instructional sections on grammar prior to doing the exercises. There is a reference section for every sentence in the book, so you can check the words and phrases as needed. For those at higher levels, I suggest skipping the instructional grammar sections and going directly to the exercises. (You may find it more useful to review the grammar points after completing the exercises.) Please note that it is not necessary to begin at Chapter 1 and work forward; rather, you may navigate the book and work as you please. The vocabulary words and useful phrases are in bold text for easy reference and review.

やや英語のレベルが低めの方には、練習問題をやる前に文法解説の部分に目を通されることをお勧めします。本書ではどの文にも注釈がついているため、必要に応じて語句やフレーズを調べることができます。
より英語レベルが高い方には、文法解説の部分を飛ばして直接練習問題に取り組むことをお勧めします。(練習問題を終えてから文法解説に目を通された方が効果的であるかと思われます。)なお、第一章から順に取り組む必要はありません。お好きなところから手をつけてください。重要語彙や役に立つフレーズは、参照しやすいように太字となっています。

My intention with this book was to produce useful, accurate sentences in relevant, native business English, so my students, friends, and businesspeople across Japan could develop grammar and vocabulary skills in a familiar context. I am optimistic that these efforts will enable our book to stand out among others on the market with value-added differentiation.

私がこの本で意図したのは、ネイティブが実際に使うビジネス英語を用いた、役に立つ正確な文を作成することにより、私の生徒や友人、及び日本中のビジネスパーソンが、親しみやすい文脈において文法や語彙のスキルを伸ばせるようにすることでした。
類書の多い中、このような努力により本書が付加価値の高いものとして卓越した存在となることを期待しております。



実は、その友人に頼まれて私も少しだけ編集に携わらせていだだき、名前も載っているので、書店で手に取られた方は探してくださいね (^^)

以上、PRでした。
posted by EnglishMaster at 14:44| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

宮澤元首相

宮澤喜一元首相が、先週亡くなられました。

恥ずかしながら、この方の偉大さを初めて認識したのは、昨年の4月、日経で宮澤先生の『私の履歴書』を読んだときでした。
(『私の履歴書』を執筆されてから亡くなられる方が多いですよね。何かのジンクスでもあるのでしょうか)

彼の思想に感銘を受け、昨年の『愛国心』という記事で触れたほどです。

日経に、海外メディアで彼を高く評価し、惜しむ内容の追悼文が多かった、とあったので、せっかくなので The New York Times の追悼文にリンクさせていただきました。
日本の新聞で追悼の記事を読んだ方なら、比較的取り組みやすいと思うので、興味がある方は是非目を通してみてください。

NYTの追悼記事はここをクリックしてアクセスしてください

追って用語解説も追加したいと考えておりますので、「ここが分からなかった」というコメントは大歓迎です。
posted by EnglishMaster at 22:22| Comment(3) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

悪文

先週の金曜日、107ページに及ぶ訴状の全訳を無事に終えることが出来ました。
未だになぜ全訳が必要だったのか、理解に苦しむところなのですが、少なくともこれでしばらくは残業しなくても良いはずです。そして、このブログの更新も、もう少しマメにできることでしょう。

また、訴訟部門の仕事を片っ端から断っていたため、かなり冷たい目で見られていたところ、訴状の翻訳を締め切りに間に合わせることができた途端、手のひらを返したように「いや、素晴らしい仕事をやってくれて、ありがとう」ですから(笑)。まあ、これでもう肩身の狭い思いしなくても良い、と考えるだけで嬉しいです。

自分でも間に合ったのが信じられません。最初は1ページ1時間くらいのペースでやっていたところ、最後の6時間ほどで16ページ分ほど片付けたことになりますから。(もっとも、そこはすでにある程度訳ができあがっていて、手直しが主な仕事でした)
あとは、担当の弁護士がほぼ30分おきに「どこまで進んだ」「あと何ページ残っているのか」「あとどれくらいかかりそうだ」と発破をかけに来たのも効いたのかもしれません。
こういうプレッシャーがないと本領発揮できない、というのは、やっぱり私は怠け者なのかもしれません。

それにしても、翻訳がこんなに勉強になるとは、夢にも思っていませんでした。その訴状に加え、別な案件で法科大学院の教授の手による意見書を二つ訳したのですが、ちゃんと論点を理解していないと正確な訳ができないため、これらの論点が試験に出たらすらすらと答案が書けてしまいそうです。(その点、税理士による税制上の問題に関する意見書で一番苦労しました)

それより、毎日翻訳を続けた結果勉強になったのは、名文と悪文の見分け方についてです。もっとも、今私の中での文章の判断基準は、ひとえに「訳しやすいか否か」に集約されつつありますが。すなわち、訳しやすければ良く書けており、手間取るようであればとんでも無い悪文である、と。
何とも乱暴ですよね。

しかし、前述の訴状に関して言えば、5行以上の文がざらにあり(酷いものでは丸一ページ分延々と続くような文までありました)しかも繰り返しが多く冗長であった点がかなり翻訳効率を下げたことを考えれば、このような判断もあながち間違っていないような気がします。

と、ふとこここで疑問が。

私は自分が書いた文章を訳すのが苦痛で、このブログでも2ヶ国語で記事を書く、ということはやっておりません。
ということは、私が書いている文章も、悪文なのでしょうか。単に主観が入りすぎているため、訳しにくいだけだと思っていたのですが、急に不安になってきました。

というわけで、挑戦者求む!
勉強のためにこのブログ上の記事を翻訳してみたい(英→日、日→英どちらでも)という方がいらしたら、是非訳を送ってください。添削した上で、掲載させていただきます。
posted by EnglishMaster at 01:40| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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