2006年08月11日

正解

最近、ちょっとだけYahoo!の『知恵袋』というサービスにはまってしまいました。

質問者が質問を掲載し、回答者が期限までにそれに対して答えて、様々な回答の中から質問者が「ベストアンサー」を選ぶ、という仕組みになっています。
回答者はお金のためにではなく、単にベストアンサーに選ばれてポイントを稼ぎたいがために、せっせと回答を書くのです。

さて、そこで発見したのは、昨今の中高生がいかにネットに精通しているか、ということです。
夏休みの英語の宿題をそのまま丸投げして、「訳してください」「解説してください」という人が、かなり多いのです。

掲示板ですでにこういう動きを目にしていたため、かなり呆れてしまったのですが、解決済みの質問の回答を見ていくうちに実は事態がそれほど単純でないことに気付きました。

なぜなら、回答の内容はバラバラです。
良い、的を得ている回答もあれば、いい加減な回答もあり、明らかに間違っているという回答もあります。どうみてもこれは翻訳エンジンを利用したんだろう、と思わせるような回答さえあります。

で、必ずしも最も適切であると思われる回答が選ばれているか、というと、そうでもないのです。
場合によっては上記の翻訳エンジンまがいの回答が選ばれていることさえあるのです。

つまり、質問を丸投げしたとしても、良い回答とあまり良くない回答の違いを見分けるためには、それなりのセンスと技術が必要である、ということでしょう。

さらに考えてみると、これはとても良い勉強方であるような気さえしてきました。

なぜなら、学校なら「先生の言うことは正しい」と鵜呑みにすれば済んでしまいますが(日本の学生は批判的思考能力が欠如している、と言われてしまうことがあるのはそのためかもしれません)ネットでは「誰々が言っているから正しいに違いない」は通用しないのです。
自分の頭で、回答の中身を吟味して考えなければならないのです。
当然、「色々なアプローチがありうる」という発想にもつながるでしょう。
特に訳であれば、「正解」なんてありません。より優れた訳とそうでない訳があるだけです。

コミュニケーションも同じです。
質問をされたとき「こう答えなければいけない」という決まりなどありません。(まあ、ある構文を集中的に練習しているのであれば、できるだけその構文を使って欲しい、とは思いますが)Yes と答えるか、No と答えるか、I don't know と答えるか、I'm not in a position to answer that. と答えるかは、全くもって各人の自由なのです。
この自由を奪ってしまったときに、語学の勉強は味気なく、面白くなくなってしまうのでしょうね。

こう考えるとわくわくして、読んで少しでも「?」と思う回答を見かけたときや、「もっと良い表現があるのではないか」と感じたときには、自分なりの回答を付け加えずにはいられない状態に陥ってしまいました。
でも一向にランクが0から上へ上がりません。ランクアップしている人は一週間に何百通、何千通、という回答を書いているのですから。
とてもこれにはついていけない(というより、世の中なんでこんなに暇人が多いのだ!)、と思った途端に、急に熱が冷めました。
同じ情熱を注ぐ対象なら、このブログの方がはるかにリターンが大きいですよね。
posted by EnglishMaster at 20:09| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

『伝わる英語』の極意

それはズバリ、
結論から話すことです。

え、いきなり結論は、という場合でも、せめて総論や主題を最初に言う(書く)ように努めるべきです。依頼なら、最初に依頼であることを明確に述べる。情報を伝えるだけなら、その旨を最初に書く、という風に。

これには二つのメリットがあります。
1.英語スピーカーは結論から入るスタイルに慣れているため、最初に結論や主題が見えていると、安心できる。
(逆に最後まで結論が見えないと、まどろっこしい、と思う)
2.よりシンプルな結論なり主題なりをしっかり伝えておけば、その後詳細や理由付けを説明するときに多少文法などを間違えてしまっても、誤解される可能性が低い。

もちろん、英語スピーカーであっても、奥歯にものが挟まったような回りくどい言い方をする人もいます。でも、2の事情を考えれば、特に英語力にそれほど自信がない方は、是非この手法を使ってみるべきです。

以下、新年度の冒頭における社長の挨拶を例にとってみましょう。

日本的発想なら、

今年は○○のような事情があるため、まず、Aをやります。
次に、○○であることを考慮して、Bもやります。
さらに、○○であることを考えると、Cも検討していきたいと思います。
以上によって、今年こそ業界1位の座を奪取したいと考えております。

という流れで話すことになるかと思います。

最後まで結論が見えませんし(今年こそ1位になりたい、という最終目標)途中でずっこけてしまったら、聞き手は混乱しますよね?

これを英語的発想に基づいた流れに直すと、

今年こそ業界1位の座を奪取したいと思っております。
そのためには、主に3つの手段を考えております。
それはA、B、とCです。
まず、Aについてみると、これは○○という事情を考慮したものであり...

という感じになるでしょう。
最初の部分で、最終的に何をしたいかがものすごく明確になっています。ここさえきちんと押さえれば、その後多少失敗しても、聞き手は最後までついていくことが出来るでしょうし、誤解も少なくて済む、というわけです。

実は、外資系に勤めたり、海外でビジネスをした経験がある、など日常的に英語を使っている(いた)人は、日本語で話すときにもこの流れのままコミュニケーションをすることが多いのです。

昨年末、妹(日本語よりも先に英語を話し始めたようなバックグラウンドを持つ)が私に依頼の電話をかけてきたときの会話:

妹:「ねえねえ、お願いがあるんだけど」
私:「なあに?」
妹:「明日ひま?時間があったら買い物に付き合ってくれない?」
私:「買い物?一応午後に予定があるけど、どうして?」
妹:「あ、午前中なら良いってこと?実はね、来週結婚式の2次会に呼ばれていて、着ていく服が無いから....」

そのときは何とも思わなかったのですが、良く考えたらこれはそのままそっくり英語に直しても全く違和感がない会話なのです。

A: "Um, can I ask a favor of you?"
B: (sigh) "What is it?"
A: "Do you have any plans tomorrow? If not, can you go shopping with me?"
B: "I'm meeting someone for lunch. Why do you need me to go shopping with you?"
A: "Ooh, so you're free in the morning, aren't you? The thing is, I've been invited to a wedding, and I don't have anything to wear..."

逆に、普通の20代の女の子はこういう流れで会話するのだろうか、と考えてしまいました。

外資系の会社で鍛えられるか、英会話スクールで初級レベルから鍛えられるか(最初は質問に短文で答えるので精一杯なため、必然的に理由付けや詳細は後に述べる習慣が身に付く)すれば、この流れで話をすることができるようになりますが、独学で勉強している場合、どうしても日本語の思考過程から抜け切れない人が多いみたいです。
結果として、せっかく文法もある程度きちんとできているのに、あまり効率よく意思疎通ができない、ということが起きてしまいます。

とにかく、マクロ的レベルにおいて全く違うアプローチが必要であることを、しっかりと覚えておきましょう。
日本語で話しているときでさえ結論や総論から話すようになっていたら、英語でのコミュニケーションのとき、的確に意思が伝わえられるようになっているだろう、と考えて良いと思いますよ。
posted by EnglishMaster at 22:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

つなぎの言葉

今日は趣向を変えて本文を英語で書いてみました。
気が付いたらやたらと口語的(colloquial)な表現が多くなってしまったため、明日あたりにフレーズ解説か日本語版を追加するつもりです。

どの表現が分かりにくかったか、コメントをいただければ参考にしますので、よろしくお願いします。

ちなみに、以下の文章はいつもの日本語の文に比べるとかなりくだけた感じのものになっています。

Very often, students who get stuck while conversing will revert to Japanese, filling in those uncomfortable silences with words like "eh-to", or even worse "nandakke".

I think most students who do this can't help themselves, and will say "eh-to" even when they're speaking to someone who is obviously foreign. But when students say 「あれは何て言うんだっけ」and give me this look, as if to say "You understand me, don't you?" I get the feeling that they expect me to cut them some slack because I'm fluent in Japanese too.

I usually put my foot down when this happens, though, and demand that the students repeat the question in English.

Unfortunately, although I've always cracked down on students using the 「なんて言うんだっけ」approach, I've usually looked the other way when it came to relatively minor slips like "eh-to".
Recently, I've come to the realization that this isn't doing anyone any favors.

If you're talking to an English speaker in English, it can be downright rude to lapse into Japanese. The reason: because whomever you're speaking to won't be able to understand you, and this will make them uncomfortable. For all they know, you could be muttering some sort of curse to bring bad luck down on them and their progeny. 

So, to make up for all those times that I didn't correct my students, I'd like to use this opportunity to suggest some alternatives. The next time you can't remember a word and feel compelled to say 「えーと」, try to use one of the following:

"Uh..." (In British English, this is spelled "Er...")
"Hmmm..."
"Well..."
"Let's see..."

Of these three, I don't really recommend using the first one; although it is the most popular, you won't sound very bright if you repeat it too often. Think President Bush. On the other hand, if you manage to stick to "well..." and "let's see..." with the occasional "hmmm...," you'll manage to sound thoughtful and competent.

These expressions only buy time, though. If you're searching for the perfect expression, and are unsatisfied with what you come up with, you can say, "How do I say this?" This will indicate to your partner that you would like to be corrected, because you are not sure with your choice of words.

Let me give you an example:

A: "So what did you think of Japan's losing to Australia the other day?"
B: "Well, it was...how do I say this? I was unhappy."
A: "Oh, do you mean to say that it was upsetting?"
B: "Upsetting?"
A: "That means..."

You get the idea.

Or, if you're simply looking for a single word, you can ask, "What do you call..."

A: "What do you call the...what you use in skiing to keep your balance?" (gesturing)
B: "Do you mean poles?"

If you find this difficult, you can simply start off with "What do you call..." and then gesture wildly.

Of course, it's perfectly all right to use Japanese words in English conversation, as long as you make a conscious decision to do so. Things like Japanese food and uniquely Japanese concepts are often untranslatable anyway, and words like "tofu", "edamame", "giri", and "kaizen" are already acknowledged as having entered the lexicon.
But remember, you must always be prepared to follow through with an explanation in English!
posted by EnglishMaster at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

愛国心

サッカーには大して興味の無い私ですが、(野球派です!)ささやかな愛国心から今夜のオーストラリア戦を見るためにテレビをつけてみました。
しかし、全くの門外漢でも日本の戦い方が下手に見えて仕方がありませんでした。なぜオーストラリアゴールの前に誰も待機していないんだ!と叫びたくなってしまうことが何度も。後半、オーストラリアに追いつかれてからは見る気をすっかりなくしてしまい、チャンネルを変えてしまいました。

ところで、昨今話題を呼んでいるこの「愛国心」(patriotism)という言葉、皆さんはどんなイメージを持っておられますか?
いや、それよりも、これを学校で教える必要があると思いますか?

私は、これは学校で教えるものではない、と思います。
そればかりか、これを提唱している人々の筆頭に立っている小泉さんには本物の愛国心が欠けている、と思います。

このように考えるのに至ったのには、先月のレッスンでのある生徒さんの質問がきっかけでした。

ちょうどその日のレッスンの範囲に当たるテキストに "patriot" という言葉が出ていたため、その方に「この言葉の意味はご存知ですか?」と聞いたのです。
すると「自分の国を愛する人です」とすらすらと答えられたので、少し突っ込んだ話にも耐えられるだろうな、と思い、「では、あなたは patriot ですか?」と尋ねてみました。

(この質問はアメリカ人に向かっては絶対にするものではないと思います。なぜなら幼い頃から毎朝国旗に忠誠を誓っている彼らからすれば、「Patriot に決まっているだろう!」と怒り出す人が9割ぐらいでしょう)

その生徒さんは首を傾げながら「いや、違うと思います」と言ったのです。
「なぜですか?」と聞き返すと、「日本には色々と悪い面もあるから」と仰いました。
「いえ、良い面と悪い面を両方しっかりと見据えて、より良い方向に持って行きたいと思う人こそ愛国者だと思いますよ」と切り返すと、納得したような顔をされていました。
しかし、次の瞬間、いきなり、

"Do you think Prime Minister Koizumi is a patriot?" と聞いてきたのです。

この質問にはびっくりしてしまいましたが、一瞬考えた末、「違うと思います」と答えると、すかさず「なぜですか?」と聞いてきました。
内心、さすがだな、と感心しながら「小泉首相は靖国神社参拝によって大分国の対外的評価を貶めましたよね。そのような対外的評価を低めるような行為をする人は愛国者とは呼べないと思います」と意見を述べると、「僕も同感です」とのことでした。

その場で咄嗟に考えた説明にあっさり同意されて少々拍子抜けてしまったため、「では、歴代首相の中で、真の愛国者と言えるのは誰だと思いますか?」と質問を返すと、しばらく考えて「ミスター・ミヤザワは真の愛国者だと思います」と答えが返ってきました。これにも驚かされました。私も誰かを挙げろ、と言われたら真っ先に宮澤さんの名前を挙げただろう、と思ったからです。

実は私は4月の日経に掲載されていた宮澤さんの『私の履歴書』を読むまでは大して彼を評価していなかったのですが、あのコラムでは彼の世界の中での日本の立場を少しでも良くし、少しでも評価を高めよう、という姿勢がひしひしと伝わり、かなり感動したのです。
また以前、小泉さんの英語力で、「歴代の首相でただひとり
orthodoxな英語を話せるのは宮澤元首相だけです」というコメントを頂きましたが、なるほど、この人の英語力は本物だろう、とも思わされました。

大分話が逸れてしまいましたが、宮澤さんのようなある意味健全な人が持ち出す「愛国心」論ならまだしも、小泉首相や石原都知事のような自己中心的な考えの持ち主が担ぎ出した「愛国心」はロクなものではないような気がしてしまうのです。


健全な批判精神と国際感覚を有してこそ本物の愛国心の持ち主だと思うのですが、皆さんはどう思いますか?
posted by EnglishMaster at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

「作られる」予約

先日、ある掲示板で面白い質問を発見しました。

日本語では予約を「取る」と言うのに、英語ではなぜ "make a reservation" になるのか、というものでした。

不思議なことに、今までレッスンで一度もそういう質問を受けたことがなかったのですが、なぜ "make a reservation" というフレーズがすらすら出て来ない方が多いのか、また、予約は "make" するものだということを忘れてしまう方が多いのかが分かったような気がしました。

答えは簡単です。
「取る」に該当する "take" を使う場合には、それを「取る」前提として、対象が完成品として存在している必要があります。しかし、"reservation" は、レストランなりホテルなりを電話するまでは存在しません。無いものは "take" することができないのです。
そして電話をかけた時点では何もないまっさらな状態で、会話を終わらせる頃には予約の詳細が決まっている、この「無」から「有」を作り出すプロセスを指して "make" と言うのです。
もちろんこれは電話に限られず、インターネットを使う場合にも同じです。

もう一つこの考えを応用できる場面がスピーチやプレゼンですね。
よく「スピーチをする」、もしくは「プレゼンする」という意味で "make a speech" とか "make a presentation" という表現をされる方がいますが、ネイティブの感覚からすると首を傾げたくなってしまいます。
だって、スピーチやプレゼンは、前もって準備しておくものですよね?あらかじめ「完成しているもの」をどうやって "make" するのでしょう。
だから、スピーチ等ではよく "give" という動詞を使います。
"Mr. Tanaka will be giving a speech at the reception this evening," のように。

では、その準備する段階では "make" を使えるのではないか、という感じで "make" を使う方もいますが、"make" はあくまでも原則であり、例外が当てはまる特殊な行為の時には使われません。
スピーチの原稿のように言葉がメインである場合には "write" 、プレゼンであれば「準備する」の "prepare" の方が適切でしょう。"relationship" も通常は「築く」の "build" が使われます。
少々紛らわしいのですが、一度整理しておけば誤解を招かずに済みます。

以上をまとめると、

make a reservation → have a reservation
write a speech → give a speech
prepare a presentaion → give a presentation
build a good relationship → have a good relationship

という感じでしょうか。

最後に "make a reservation" について一言だけ注意です。
6月1日にホテルに泊まりたいなら、"I'd like to make a reservation for August 1," という風に、"for" という前置詞を絶対忘れないで下さい。
時々混同される方がいらっしゃいますが、"on June 1"であれば、予約のために電話をした日指してしまうことになります。
posted by EnglishMaster at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

キッズ英会話の是非

先ほどの投稿を読み返して、誤解のないように補足をしておかなければ、と思いました。

私は決して子ども(幼稚園児・小学生)が英会話教室に通い、英語を習うことに反対しているのではありません。
早い段階で英語に触れて、英語に馴れてしまい、全く違う性質の言語であることをなんとなくであれ把握できるようになれば、これに越したことはありません。
ただ、英会話教室は大抵多くても5、6人の少人数ですよね。
一クラスに30人もいるような小学校の授業ではあまり「英会話」にこだわるのは現実的ではない、と考えているだけです。

また、歌やゲームに対して否定的な意見も書きましたが、それはあくまで小学5、6年生でそればかりやると「遊び」の要素が強すぎるのではないか、と思うのと、やはり大人数を相手ではあまり現実的ではないのではないか、と考えるからです。
(実際にやっている方なら上手い方法を知っているのかもしれません。その場合には非礼をお許しください)

4、5歳児相手ならよく意味が分からないとしても歌を丸ごと覚えてしまい、ゲームをやることが上達の一番の早道であることはいうまでもありません。
大人であっても、たまにゲームを取り入れたりすると皆さん熱中されて楽しいですよね。

もっとも、問題なのは小さい子どもを英会話教室に通わせる親の動機です。

早い段階からやっておけば自分のように苦労しなくて済む、と考えているのであれば、それは大いなる勘違いです。

本当に英語ができる人は、ものすごい努力をしています。
これは、ネイティブ・スピーカーでも同じです。

もしここで「えっ?だってネイティブは英語を勉強しなくてもしゃべれるじゃない?」と思っているとしたら、それは大きな誤解です。
確かにある程度のレベルまでは日常生活の中で自然に吸収していく部分が多いことは事実です。
しかし、皆さんが小学校から一生懸命漢字を覚えて、ちゃんと「国語」という科目を勉強したのと同様に、ネイティブ・スピーカーも(全く教養のなく、文字も読めなさそうな人を除けば)英語を勉強しているのです。

そして、きちんとした英語をしゃべるネイティブ・スピーカーであればあるほど、たくさん本も読んでいますし、辞書も引きます。常にインプットの努力を怠らないからこそ、正確で美しい英語を話せるのです。

なので、早い段階で英語の勉強を始めたからといって、後に努力せずに済む、とはくれぐれも考えないで下さいね。
ただ単にその努力をするための良い土台ができる、と考えるべきです。

以上のようなことを総合して考えると、あまり低い年齢からやり始めるのはどうかと思いますね。
私自身、英語に始めて触れたのは5歳の時だったのですが、すでに日本語での読み書きの基礎(もちろんひらがなとカタカナに限定ですが)ができていた、と母に言われます。一つの言語体系の骨格ができていた上で英語を習ったため、上達は速かったですし、頭の中でしっかりと使い分けることもできました。その結果、英語の体系が出来上がってからは英語力の方が日本語力よりはるかに上になり、逆に日本語力を上に引っ張っていく力にさえなりました。
一方、一番下の妹は1歳8ヶ月で渡米し、日本語よりもむしろ英語を先に話し始めたぐらいでした。でも最終的な結果を見れば、彼女は同時進行的に英語と日本語の骨格を形成する羽目になったため、いずれも中途半端な状態で帰国することになり、兄弟の中では一番苦労したのではないかと思います。

もちろん、これはかなり極端な例ですが。

今教えているスクールでは子どもの受け入れは確か4歳からとなっているはずですが、それは妥当な路線だと思います。
少なくとも母国語で完全な文を用いて話すことができ、できれば読み書きもある程度できることが目安になると思います。同僚の話を聞く限り、母国語でその段階にあれば、新しい言語に取り組む姿勢もある程度できており、とても教えやすい、とのことです。

最後に、一応念を押すべきかと思うのですが、私は実際に幼児英語教育に携わっているわけではありません。(今はビジネス街真っ只中の校舎に所属しているのでほとんど需要がないのです)
以上の話はあくまでも私自身の体験、他の帰国子女を見た印象、そして実際にキッズ英会話を教えている同僚の話を総合したものに過ぎませんので、その点にはご注意くださいね。

実際に子どもを教えているけど、0歳児から教えるべきだ!と強い信念を持っておられる方もいらっしゃるみたいなので。

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2006年04月06日

主体的に考える、ということ

すでにご存知の読者の方もいらっしゃるかと思いますが、私は実は今この仕事と並行して、現行司法試験(bar exam)(ロー・スクールを経ないもの)の受験勉強もやっています。

一時期は半ば現実逃避モードに入り、勉強はそっちのけでこのブログにもやたらと力を入れていた、というわけなのですが、さすがに今年こそは受かりたいと思い、今週頭に仕事を3日間休んでまでも択一試験の本試験で確実に点を取るためのゼミを受講することにしました。
(ご迷惑をおかけしてしまった生徒さんもいらっしゃったので、その点については本当に申し訳ないと思っていますが)

さて、そこで気付かされたのは、今までいかに過去問を解くときに頭を使っていなかったのか、という事実です。
一応ちゃんとこなして解答を得ていたのたことは得ていたのですが、その解き方はかなり受身(passive)だったのです。
つまり、書いてある順番に素直に選択肢を検討するなり穴埋めをしてゆき、正解すればそこで終わり、間違えればどこを間違えたかを反省する、というだけのことで、出題者の意図などまるで考えたこともなかったのです。

しかし、出題者はなぜこの問題形式にしたのだろう、なぜここでヒントを書いてくれているのだろう、何か手っ取り早い近道はないだろうか、と考え出した途端、今まで4分以上かかっていた問題がものの数十秒で解けてしまうこともあるのです。
これには愕然とするとともに、猛反省をしました。
今は問題を目にすると、まずどうやって料理しようか、何か上手い抜け道はないだろうか、と考えるのが楽しくて仕方がありません。

ただ与えられたものをこなすだけではなく、自分で主体的に考えることがいかに大事なことなのかを改めて痛感させられました。

そして同時に気付かされたのは、この原理が実は英語の学習にも通じる、ということなのです。

テキストを見たとき、そこに書かれていることには疑問を持たずに素直にそれの丸暗記にかかる方も多数いらっしゃいます。それができる方ならそれでも結構だと思います。
しかし、そこでなぜこの表現を使っているのだろう、なぜこの時制を使っているのだろう、と少し考える余裕があり、それを具体的な質問の形にすることができれば、理解度が飛躍的に増すことは確実です。
そして、実際、伸びている生徒さんは質問が得意です。
特に学習意欲が高い方だと訂正されるたびに「なぜさっきの自分の表現ではいけないのか?」と追求してきます。
これは答えるのがかなり困難な場合もありますが、それでも教える側としてはかなり嬉しいことです。
(もちろん、これもやりすぎると流暢性に支障を来すことがありうるため、何事もほどほどに、ということですが)

さて、ここで少し自己点検をしてみましょう。
皆さんはテキストと向かい合うとき、自分の頭で考えようとしていますか?
先生に直されて納得が行かないとき、素直に疑問を口にできていますか?(もちろん中には訂正の仕方が上手くて、これが全く不要という先生もいらっしゃいますが)
先生、あるいはクラスメートが何かの話をしているとき(先週ディナーに行ったレストランについて、のようなものでも)、話の内容について質問をしていますか?

この3つにYesと答えられたら、かなり自信を持っていただいて結構です。

実は現在、出張レッスンという形式で何人かの生徒さんを固定で教えていますが、皆さん質問が活発であるため、非常に教えやすいです。
特にレベル2のとある生徒さんは、一番最初のレッスンで「何でも良いので私に10個質問をしてください」との課題にかなりうろたえていたのに対し、今ではテキストの内容について「質問を作ってください」と言えばスラスラと出てきますし、私が何気ない日常の話をしても今では色々と突っ込んだ質問をしてきます。本人が気付かれているかどうかは分かりませんが、こういうときに「ああ、上達したな」と実感するものです。
(もちろん、この上達もひとえにその生徒さん自身の熱意と努力の賜物である、ということは言うまでもありません)


さて、主体的に考えなければならない、というのは教える側にも言えることです。
私のように大手のスクールで教える場合ですと、教材が決まっており、教材に対するマニュアルも用意されているので、ある意味受身的に教えることも可能です。(そして残念ながら、受身的に教えている先生がいらっしゃることも事実です)
しかし、なぜこのレベルでこの文法を勉強するのか、なぜこのチャプターのこの部分でこのようなロールプレイがあるのか、と自分で考えると、いろいろと生徒さんのニーズに合わせた工夫をする余地が見えてきます。

一例を挙げればレベルごとの目標設定です。
一応今使っている教材には「このレベルを終了すればこなせる課題」がリストアップされていますが、3年以上同じ教材で教えた結果、私は以下のように目標設定を再構築しています。全部は公表しませんが、大雑把には

レベル1:単純な質問に答える力
レベル2:自分から積極的に質問する力
レベル3:第三者の話を伝え、質問に対する答えには必ず理由を付け加える力
レベル4:質問に答えるだけでなく、自ら新しい話題を提供し、また理由はできるだけ二つ以上つける力

という感じでしょうか。
こう考えれば、例えばレベル2の教材を使いながらもその生徒さんに余裕があればその上のレベルのスキルの練習もできる、というわけです。
これは楽しいです。

で、仕事が楽しいのはやっぱり主体的に考えられているからだな、と。まるで循環論法ですね。
posted by EnglishMaster at 02:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月31日

あなたの英語は、何色?

『ピカピカの英語力』で取り上げた某スクール広告の第二弾は:

「あれ、英語しゃべれたの?」
って驚かれるのは、かなりワクワク。
春はイメチェンの季節よね。

I can't wait to hear their surprise when they say,
"Oh, can you speak English?"
After all, spring is the time for makeovers, isn't it?

というものです。
電車の中などですでに目にされている方も多いかと思います。

最初これを見たときには、 "Oh, can you speak English?" だけでは驚きが十分に伝わらないからあまり良い訳だとは言えないな、と漠然と思ったのですが、やっと具体的にどこが腑に落ちなかったのかが分かりました。

論理飛躍が起きているのです。
しかも、オリジナルの日本語ではかろうじて一貫性が保たれている部分が、英語に直された途端にきれいさっぱりなくなってしまい、英語であるがゆえに一層目立ってしまっているのです。

と指摘したところで、もう一度英文を確認してください。
皆さんにはどこで論理飛躍が起きていると言えるか、分かりますか?


「驚く」のはどういう時でしょう。
何か知らなかったことを知らされたとき、または何かが思い違いだったと知らされたときですよね?
つまり、「英語がしゃべれるとは知らなかった」「英語がしゃべれるとは思わなかった」「確か、この間会った時はしゃべれなかったよね?」と言った時にはじめて、「驚き」のニュアンスを表現できるのです。日本語バージョンでは「英語をしゃべれたの?」と過去形にすることによって「知らなかった」⇒「驚いた」というニュアンスが上手く出ていますが、英語バージョンでは現在形のままの「英語をしゃべれるの?」になっています。
言うまでも無く「英語がしゃべれる」ことのみでは「驚く」こと(さらには「イメチェン」をすること)と全く論理必然的なつながりはありません。世の中には多少なりとも「英語がしゃべれる」人はたくさんいるのですから。
(「ら抜き」言葉を何回も連続して書くと微妙に気持ち悪くなってくるのは私だけでしょうか?)

さて、先ほど「英語であるがゆえに」と書きましたが、このように論理の飛躍があると、英語では一目瞭然です。
下手すれば「何を言おうとしているのかさっぱりわからない」つまり「伝わらない英語」になってしまう危険性さえ秘めているのです。

この広告のスクール、今は「100人、100色の英会話」を標榜しているみたいですが、この文章の色にあえて名前を付けるとしたら「『なんかよく分からないけど可愛いことを言う女の子の英語』色」になってしまいそうです。

もちろんそれもそれなりの魅力は(特に一部の男性にとっては)あると思うのですが、せっかくなので勝手ながら「『若くても説得力があり、仕事のできそうな女性の英語』色」バージョンも考えてみました。
ポイントは二つ。「あら、英語をしゃべれるの」を「そんなに英語が上手だったとは知らなかったわ!」という驚きを表す表現に変えたことと、全く関係の無い二つのアイデアを "after all" で無理やり結び付けるのをやめたことです。


I can't wait to hear the surprise in their voices when they say,
"I had no idea you could speak English so well!"
Isn't spring the perfect time of the year for makeovers?


皆さんはどちらが好みですか?
posted by EnglishMaster at 20:32| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月18日

英訳の極意

先日、アメリカ人の友人に和文英訳を手伝って欲しい、と頼まれました。

どうせ直訳しても良いものができないから、単語の意味さえ教えてくれれば自分で勝手に書き直す、と言われたため、それなら簡単にできると思い、仕事が始まる前の5分くらいで携帯に転送された原文をみながら大体の意味を教えてあげました。

次の日、できたから見てくれ、と頼まれて原稿をメールで受け取ったのですが、どう見ても「これがネイティブ・スピーカーが書いたものだろうか?」と首を傾げさせられるようなぎこちないものだったのです。
いくつか改善できそうな点を指摘して、大いに喜んでもらえたのですが、その中の一文だけがどういじっても妙に入り組んで意味の分かりにくい、不自然な文章のままだったのです。

これは原文がかなり長く、複雑だったので仕方が無いのか、とあきらめかけていたところ、ふと原文を確認していないことに気づきました。そして携帯を取り出して原文をもう一度見たところ、途中で切れたものしかなかったにもかかわらず、それだけで問題点がすぐに分かりました。

日本語では文、または節の最も重要なポイントはその文乃至節の最後に来るのに対し、英語ではポイントが冒頭に来ます。彼は原文の内容を節単位で教えてもらい、それらの節を原文の順序どおりに並べて文章を作ろうとしたため、無理が生じてしまったのです。

これは日常会話レベルのわりあい単純な文章ではそれほど問題が起きません。
例えば、拙文で恐縮ですが、以前このブログで書いた『ボンド流の自己紹介』の一節を英訳してみましょう。

そして、連想したのが映画 『007』シリーズでおなじみのジェームズ・ボンドです。
彼も自己紹介の時には必ず苗字からスタートし、次にフル・ネームを言いますが、これは彼の「あくまでもフォーマルな関係を保ちたいので "Mr. Bond" と呼んでくれ」という意思表示です。そして、フル・ネームをその後に続けることによって混乱を避け、相手にファースト・ネームで呼びかけるきっかけも与えています。

This made me think of James Bond, the popular hero of the "007" movie series.
When he introduces himself, he also starts with his last name, then follows it up with his full name, but this is his way of saying "I want our relationship to remain formal, so I'd prefer to be called 'Mr. Bond.'" And by follwing that up with his full name, he avoids confusing the other person while at the same time providing an opportunity to perhaps use his first name (in the future).


細かいところは変えてありますが、カンマで区切られた節単位で見れば大体順番が対応していることが読み取れると思います。



これに対し、特に推敲を重ねた凝った文章であれば、違いが歴然としています。
(ちなみに冒頭に紹介した文章はコピーライターが書いたものだったのでかなり凝っていました)

そこで著作権を気にしなくて良い、格調高く複雑な文ということで、憲法の条文を見てみましょう。(ここで掲載しているのは公式の訳文です)

第33条 何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない

Article 33. No person shall be apprehended except upon warrant issued by a competent judicial officer which specifies the offense with which the person is charged, unless he is apprehended, the offense being committed.


分かりやすいように対応する箇所を同じ色にしたのですが、大分順序が入れ替わっているのが分かりますよね?

ここでは極端な例として法令を挙げましたが、日常会話から一歩進んでプレゼンテーションやスピーチの原稿など複雑な英文を書こうという場合には、ただ思いつくままにフレーズをつなげて行けば良いのではなく、まず「何を伝えたいか」を考え、それを前に持ってきて強調するようにしなければ通じないのです。
例えば、この条文の場合には「令状逮捕の原則と例外」という主題が英文では冒頭にはっきりと打ち出されています。

もっとプロフェッショナルな英語をしゃべれるようになりたい、と考えるのであれば、是非英語に直す前に一旦要約する習慣をつけてみましょう。
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2006年03月04日

書き言葉 vs. 話し言葉

文藝春秋の三月特別号に目を通していたところ、『賢い患者は日本語が上手』という対談形式の面白い記事を発見しました。

記事の趣旨にどこまで賛同できるのかどうかはさておき、私が最も興味を惹かれたのは日米では医者によるカルテ作成の過程が違う、という話でした。
すなわち、日本ではカルテを医者自身が書いているが、アメリカでは大抵医者がテープに口頭で吹き込んだ内容を秘書が文章に起こすというシステムを採っていること、さらにこの対談に登場している先生が自分の病院でこのシステムを採用しようと思ったところ、なかなか文章になるように喋れなくて苦労したことなどが書いてありました。

その先生は苦労した理由として日本語は「話し言葉と書き言葉のギャップが大きすぎる」ことに対し「英語ではほとんど同じ」であるから格段に楽だ、という意見を挙げられていたのですが、これにはいささか疑問を感じました。

なぜなら、ここで問題として取り上げられている「文章に起こせるような話し方」をしているかどうかは言語の特質よりもむしろその背後にある論理的思考能力や表現力の問題であると思うからです。
確かにアメリカの学校では小学校低学年からプレゼンテーションの真似事みたいなことがカリキュラムに組み込まれ、叙述的な表現力を鍛えらような機会が多いように思われますが、だからといって誰もが即座に「文章に起こせるような」理路整然とした話し方をしているわけではありません。英語圏の人でも文章力ゼロの方は多数いますし、最近はアメリカでも学校での作文のレベルが低下し、その結果として社会に出てからまともな英文のメールを書けない人が急増しているという問題は新聞でも取り上げられています。

また、表現力や思考力のレベルを離れて純粋にテクニカルな問題として捉える限り、一般的には英語でも書き言葉と話し言葉は大分違います。

まずもって(これは当然のことと言えますが)方言的な要素やスラングはいわゆるきちんとした文章からは一掃されています。なぜこれを敢えてここで指摘するのかと言うと、インターネット上で個人的に教える生徒を募集している友人から「時々『教えてください」という内容のメールに wanna とか gonna という表現をやたらと使いたがる人がいて不愉快だ」という話を聞かされたからです。
これは留学経験(駅前留学も含む?)のある人など自分の英語力に少なからず自信を持っておられる方に特に顕著な傾向みたいですが、wanna などは話し言葉限定、そして話し言葉の中でもいわゆる「タメ語」の領域のものであることには注意しましょう。
さらに、学術論文や非常に改まった文章では "it'll" "it's" "can't" 等の短縮形(contractions)は一切排除されています。すべて "it is" や "it will" などのように書き出されることが原則となっています。新聞でも "The Wall Street Journal", "The New York Times", "The Washington Post" 等のいわゆる「高級紙」ではコラムニストが読者に直接語りかけるオピニオン記事や誰かのコメントの引用以外には基本的に短縮形を見かけませんし、雑誌でも大衆向けの TIME は短縮形が多く、"The Economist" だと圧倒的に少なくなるような気がします。
(なので、手っ取り早く文章の「格」を上げたい場合には、短縮形を排除してしまえばいいのです)
使う語彙にも差があります。動詞一つをとっても砕けた話し言葉では簡単な動詞に色々な前置詞や副詞を組み合わせた句動詞が多用されるのに対し、書き言葉では単一のより難しい動詞が用いられることが多いです。(前者の例は "to get in touch with"。これに対応する後者の例は "to contact" です)

ただ、話し言葉と書き言葉の関係で日本語と大きく違うな、と感じる点がひとつだけあります。それは、英語では書き言葉のような話し方をしてもそれほど不自然ではない、ということです。
日本語では新聞や学術論文など「固い」文章はいわゆる「である調」で書かれていますよね。これをそのまま会話に転用してしまうと、なんとなく尊大な感じがしてしまいます。なので、文章の調子を柔らかくするために話し言葉のような書き言葉を使うようなことはあっても、コチコチの書き言葉をそのまま話し言葉として使うことは稀だと思います。

これに対し、英語圏では前述のような「固い」文章を読むことが多い人ほど、かなり書き言葉に近い話し方をするのです。すなわち、スラングを一切用いず、代わりに日常会話よりも文章で用いられることの多い語彙を操るのです。極端な場合には短縮形さえあまり使わない人もいます。そして書き言葉のような話し言葉を用いることはエリートの証でさえあるのです。

正式なビジネスの場ではなるべく書き言葉に近い英語を使うように心がければ、それだけで英語圏の人の評価は上がるはずです。せっかくコチコチの教科書英語を抜け出して話し言葉独特の表現を身に付けたからといって、それをむやみやたらと使うのは避けましょうね。
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2006年02月21日

答え合わせ

遅くなってしまいましたが、前回の「ホリエモンの起訴の」解答例です。
皆さんは自力でどこまで分かりましたか?

対応する英語フレーズを探す

「偽計、風説の流布」: spreading false information
堀江氏の「凋落」: the downfall of Mr. Horie
「粉飾決算」: to inflate the profits
「株価つり上げ」: to inflate the stock price
「氷山の一角」: the tip of the iceberg

最後の一つは読んで字の如し、ですが、日本語では難しい「流布」がとても単純な "spread" になっていたり、粉飾とつり上げの双方に "inflate" という同じ言葉が使われているあたりが興味深いですね。

英語の意味を推測する

"bare-knuckles, individualistic brand of capitalism"
capitalism = 資本主義」あたりは一般常識の範囲ですが、「今の日本に必要だと言われている」堀江氏独自の資本主義観とは一体どのようなものなのでしょう。まずは個性的(individualistic)であること。さらにルールを無視したような、手段を選ばない乱暴なやり方であること(bare-knuckles)です。後者の表現はボクシングから。リング上のボクシングはグラブ(gloves)を着けてやるものですが、喧嘩ではグラブなんて着けませんよね。似たような表現に(自分もしくは相手が)手加減しないぞ、という意味の "the gloves are off" という慣用句もあります。対極にあるのが何かを非常に丁寧に扱うという意味の "handle with kid gloves"。または強固な意志がありながら表面的にはあくまでも礼儀正しく装っている状態を "a steel fist in a velvet glove" (ビロードの手袋に包まれた鉄拳)と言ったりします。

"bring everything to light"
これも読んで字の如し、比較的簡単に「明るみに出す」ことだと分かったのではないでしょうか。

"to come apart at the seams"
"seam" とは縫い目のことです。この表現は直訳すれば「綻びる」こと。日本語でも「破綻する」というとき、この漢字を使いますよね。縫い目がダメになってちゃんとしたジャケットだったのが袖と身ごろに分解してしまった様子を想像してみてください。
この表現は、何らかのきっかけで計画が失敗してしまったとき、実によく使われます。

"to jump ship"
ヒントはこのフレーズに出てくる前のくだりです。ビジネス・パートナーは提携を解消(cancel alliances)し、彼女も婚約の予定を取り消し(cancel plans to become enganged)ました。では従業員は何をしているのでしょう?逃げ出している、つまり辞めているということです。
船が今にも沈みそうな場合に、少しでも助かりたければ沈む前に海に飛び込む人も多いでしょう。まさにこのイメージです。
この解説をしたところ、昨日教えた生徒さんは「まるでネズミみたいですね」とコメントしてくれました。実にその通りで、このフレーズ、詳しくは "like rats jumping a sinking ship" といった形で用いられます。(ただし、同じネズミでもかわいらしい mouse ではなく、ここでは大きくて凶暴で汚い rat であることがポイントです)

"plunge 90%"
Livedoor's share price (ライブドアの株価)の後に「90%」という数字が続けば plunge は「下落」を意味することが簡単に推測できるでしょう。この言葉を使う上でのポイントは変化が「急激に」「突然」「大幅に」「下に向かう」ことです。
She wore a dress with a plunging neckline, の場合、どんなドレスか、想像できますか?
また、人が主語になった場合には "to plunge" は「飛び込む」という意味もあるため、何かを思い切ってやるときに "to take the plunge" という表現を使ったりします。思い切りよくやらなければいけないことの第一は結婚。なので、"to take the plunge" = 「結婚する」という意味で使われることもあるのです。

"wipe out $5 billion in market value
"market value" とはこれも読んで字の如く「市場価値」です。ライブドアの市場価値500億ドル分がどうなってしまったかというと、完全にこの世から消えてしまいましたよね。このように "to wipe out" は「抹消する」、転じて「全滅させる」「抹殺する」「消滅させる」などの恐ろしい意味も持っているのです。

"step on influential toes"
これは逐語訳では「大事な人のつま先を踏むこと」。というわけで、少し想像力を働かせなければいけません。みなさんはつま先を踏まれて、相手が謝らなかったらどんな気分になりますか?多分かなり気を悪くするでしょう。
このように、"to step on someone's toes" とは何か失礼なことをし、誰かの感情を害するいことを指します。しかもかなり無神経な態様で。
この記事では特にフジテレビの敵対的買収(hostile takeover)を試みたときのことについて言及していますが、ここまでくればこのとき誰の「つま先を踏んだ」のであるか、容易に読み取れますよね。
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2006年02月01日

misplac'd apostrophes

以前 the b'akasaka で怪しげな句読法(punctuation)を紹介しましたが、Lynne Truss 著の "Eats, Shoots and Leaves: The Zero Tolerance Approach to Punctuation"によれば、本場のイギリスにおいても怪しげな punctuation はあらゆるところに見られるみたいです。

この本で真っ先に槍玉に挙げられているのが apostrophe (it's の ' という省略もしくは所有格を表す符合)です。

本来 apostrophe が使われる場合は主に3つです。
1.省略を表すとき:can't, won't, he's, we'll, '06
2.所有を表すとき:Mr. Bond's car, the Mariners' Ichiro, the men's room, the children's favorite
(所有者が複数である場合、ややこしくなります。"Mariners" など複数形が "s" で終わる場合には最後の "s" の後に apostrophe が付き、"men" や "children" など "s" で終わらない複数形だと apostrophe の後に"s" が付きます)

例えば、日本でもよく見かける "Ladie's room"という看板ですが、本当は "lady" の複数形が "ladies" であり、"s" で終わる複数形に当たるため、"Ladies' room" ではないとおかしいのです。しかしなんとイギリスでさえも前者がところどころに見受けられるというではないですか。

3.文字や数字、略語の複数形を表すとき(ただし略語については争いあり)

アメリカでは "CD's" や "DVD's" といった表記が普通ですが、イギリスでは "CDs" "DVDs" と apostrophe を使わない表記が一般的になっているみたいです。
もっとも、この用法に引きずられてか、イギリスの八百屋さんにも "apple's, banana's, orange's for sale" のような看板をしばしばみかけることができるとか。
写真でも良いので、是非実物を拝見したいものです。

そして、極め付けがサンドラ・ブロックとヒュー・グラント主演のラブコメ "Two Weeks Notice" (邦題「トゥー・ウィークス・ノーティス」)。
このタイトル、何がおかしいか分かりますか?「二週間分の予告」という意味で一種の所有関係に準じた状態が生じているため(文法的にはあまりよくない説明ですが)、本当は apostrophe が必要なのです。
正しくは "Two Weeks' Notice" でなければなりません。

なんと筆者はこれを何とか通行人に気づかせようと、apostrophe の形をした棒を手に持って映画館のポスターの前で突っ立っていたみたいです。
かなりの変人ですよね。

私も本の中でこの間違いを指摘されるまではあまり深く考えずにレンタルビデオ店に積み上げられた "Two Weeks Notice" の前を素通りしていた連中の一人ですが、一旦気にし始めるときりがないです。

つい先日、パレスチナでの選挙を報じている New York Times の記事でも apostrophe のミスを発見してしまいました。
写真の下のキャプションが
"A Palestinian man looking at the electoral candiate's lists"

間違い、分かりますか?

"The electoral candidate's lists" だと一人の候補者が書き上げた複数のリストになってしまいます。選挙に出馬するすべての候補者のリストであるならば "electoral candidates' lists" でなければなりませんが、あまりエレガントな英語とは言えないですね。"lists of the electoral candidates" あたりにした方が誤解を招かずに済んでよかったのではないでしょうか。

eatsshootsandleaves.jpg  twoweeksnotice.jpg
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2006年01月22日

Is it OK?

大分前に "How are you?" に対して "It's OK," というちんぷんかんな答えがしばしば返ってくることがあるという話を書きましたが、耳を澄ましてみるとこの "It's OK," という不思議な答え、あらゆる場面で一人歩きしているように思えます。

これが顕著なのが "Do you have any questions?" や "Do you understand the difference now?" "Would you like to listen one more time?" 等の質問です。
「大丈夫」である場合、それぞれ "No, I don't," "Yes, I do," "No, thank you," と答えるべきところ、なぜか統一して "It's OK," と答える人が多いのです。
これが間違いか、と言われると、ちょっと微妙なところがあります。
なぜなら、「大丈夫です」というニュアンス自体は伝わるため、サバイバルレベルのコミュニケーションでは一応可とできなくもない、という感じです。また、ここまで一々細かく直す先生も珍しいでしょう。私自身、恥ずかしながらそのまま訂正せずに放置することの方がはるかに多いです。

しかし質問の主語が "you" であるからには、厳密にはせめて答えの主語も "I" にして "I'm OK," と答えない限り、文法的にも論理的にもちぐはぐな感じがしてしまいます。

また、この "OK" という言葉は文中で使う限り同じ「大丈夫」であってもあまり積極的な意味を持たない点に注意しなければなりません。
すなわち、「良い」というよりも「悪くはない」という程度のものなのです。

"How was the movie?"
"It was OK,"
であれば、とりわけ良いわけでもなかったが、別にお金を損したとは思わなかった、という程度でしょう。

文中で使う限り、という断り書きを付けたのは、"OK" を単独で使った場合には途端に "Yes" という積極的な意味合いを帯びるからです。

"Why don't we meet at 7:00?"
"OK!"

ここで英語では必ず主語が必要だ、という考え方に囚われて、冒頭に "It's" をくっつけてしまうとちぐはぐな答えになってしまうので注意しましょう。
また、"OK" は非常にカジュアル(informal)な感じの言葉なので、きちんとした場ではなるべく使用を避けたいものです。基本的には質問をしっかり聞いて、質問に文法的に対応する答えを述べるのが無難かと思います。

なお、 "It's OK," という文は非常に特殊な場面で用いられる場合が多いです。
例えば相手が何らかの災害に遭ったり、悪夢を見ていた場合など、「心配ないよ」となだめてあげますよね?このようなときには是非 "It's OK," と言ってあげてください。

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2005年12月19日

You've Got A Mail!

新しい携帯電話を手に入れて、大幅に改善された電波状況(reception)に大変満足していることは英語de携帯♪で取り上げた通りですが、残念ながらすべて順風満帆(smooth sailing)というわけには行きません。

個人的に最も残念なのは、今までの機種で使っていた自作の着メロ(ringtones)が新しい携帯で使えない、という点です。しかも、新しい携帯には着メロ自作機能が無いのです(;_;)
着うたフルの時代に着メロを自作する人はもういないのかもしれませんが。

そこで、とりあえずはあきらめて携帯に登録されている着メロや着信音をすべて試してみよう、と思い、プリインストールされているものを片っ端から聞いてみたところ、奇妙な着信音を発見しました。

女性の声が流暢な北米系のアクセントで
"You've got a mail!"
と言っているものです。

なぜ奇妙かと言うと、mail は不可算名詞(uncountable noun)であり、決して 「一つ」を意味する"a" が付かないからです。
そして、このような冠詞(articles)の使い間違いはネイティブ・スピーカーなら決して犯さない間違いの部類に入るからです。

時制の数において言語によって時間の捉え方が異なり、その言語のネイティブ・スピーカーならばその体系を心得ているようなことを書きましたが、冠詞も同じです。
時々テレビのニュース等でボキャ貧の、間違いだらけの英語をしゃべる人を見かけることがありますし、映画でも役柄によっては教養のなさを表すために登場人物にそのようなしゃべり方をさせることが多々ありますが(例えば「モンスター」におけるシャリーズ・セロンの売春婦役)、彼らも冠詞と前置詞に限って言えばほとんど間違えることはありません。(時制はまた別問題ですが)
前置詞や冠詞を正確に使い分けるために必要な、いわば「英語的な世界の捉え方」がちゃんと身に付いているからです。

繰り返しになってしまいますが、要するに "You've got a mail" と言うのはいかにもノン・ネイティブらしい間違い方だ、ということです。
AOLやトム・ハンクスとメグ・ライアン主演の『ユー・ガット・メール』に対する配慮から変えたのだろうと思いますが、"a" を付けるなら最後の言葉を messagee-mail のような可算名詞(countable nouns)に変えるべきだったのでしょう。

これがいかにもノン・ネイティブらしい訛の発音で聞こえてくるのであれば、全く問題はありません。そういうものか、で済みます。

しかし、いかにもネイティブ・スピーカーらしいアクセントでそのような間違いがなされると、外見だけは完璧で、中身は腐っているものを見せ付けられているような感じがして、なんともきまりが悪い(disturbing)のです。
私だけでしょうか。

(以前、NHK FMで深夜番組の冒頭で同じく北米系のアクセントの男声が "Welcome to the Session 905," というのを聞いいたときにも同じ思いをしました。"Room 512" や "Flight 1238" のように名詞の後にそれを修飾する数字が続くときには "the" が付かないからです)

それにしても、一体誰がこのような奇妙な声のレコーディングをするのでしょう。本当にネイティブ・スピーカーなのでしょうか?帰国子女?耳がとても良い日本人の声優?...あるいは合成?

youvegotmail.jpg
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2005年12月17日

時制の数

木曜日、ブラジル人の生徒さんにいきなり「英語には時制(tense)が三つしかないでしょう?」と言われてしまいました。

面食らって「えっ?」と聞き返すと、「英語には現在(present)、過去(past)、未来(future)の三つの時制しかないでしょう」と念を押されてしまいました。

「ちょっと待ってください。それぞれに進行形(progressive form)がありますよね?それからそれぞれに完了形(perfect form)も」

「じゃあ九つ?」

「あ、あとそれぞれに完了進行形(perfect progressive form)もあります」

「じゃあ12ですね。ポルトガル語にはいくつあると思います?18ですよ♪」

と彼はいかにも嬉しそうに言いました。

「しかも、英語のように "be" や "will" や "have" をくっつけて組み合わせるだけではなくて、語尾がそれぞれ変化する場合が多いですからね。あと人称変化も英語では "was/were" "have/has" のように二種類しかないでしょう?ポルトガル語では時制によっては6種類あるのですよ」

「ああ、つまり活用による語尾変化(conjugation)が多いのでね」

「そうそう、その言葉です」と言いながら彼は "gostar" (英語の "like" と同義だと言っていました)という動詞を例に取り上げ、おもむろにノートに活用を書き出し始めました。

まあ、こちらとしては非常に楽しかったのですが (^^;

家に帰ってから果たして時制の数が12で合っていたのかどうかが気になり、次の日になってから色々調べてみたところ、どうやら学習の便宜上は上記の通り12と数えることが多いらしいことが確認できて、ひとまず胸を撫で下ろしました。
もっとも、厳密な言語学的な意味ではその生徒さんが仰ったように助動詞(auxiliary verbs)に頼らずに動詞そのものが変化するものしか時制としてカウントされず、英語には時制が二つ(現在形と過去形)しかないと主張する学者さんもいるみたいです。
(また、英語では仮定法(subjunctive mood、命令法(imperative mood)など直説法以外の「法」(mood)では動詞の基本形を使うだけなので、時制が問題となるのは直説法(indicative mood)のみです)

確かフランス語も時制が多かったな、と思い出して仏和辞典を引っ張り出してみたところ、最後の方の動詞変化表には16の時制(直説法の時制は8つ)が並んでいました。
大学で勉強したにも係らず、その半分ほどはよく分からないままです。

逆に、大学で語学が苦手だった人に楽勝言語として大人気だったマレー・インドネシア語には時制による活用の変化など一切なかったような気がします。

さて、このように言語によって時制の数が異なってくると、問題となるのは対応関係です。
言うまでもなく、一対一の対応はありえないのです。

例えば、日本語には現在完了(present perfect tense)なる時制はありませんよね。従って、日本語では現在形(present tense)を用いる場合が英語では現在完了形になったり
「まだ夕食を食べていません」→ "I haven't had dinner yet"
また日本語では過去形(past tense)を使うのに英語では現在完了形になる場合
「今、ニューヨークから帰ってきたところです」→ "I've just returned from New York"
があります。

ということは、考えてみれば、用いる言語によって時間の流れの捉え方が全く違うということです。
新しい言語を身に付けるということは、新しい世界観を身に付けることに他ならない、という風にまで考えることができます。すごいことだと思いません?
(だからこそその言語特有の感覚を身に付けるためにはその言語を母国語とする国に滞在しなければ難しいのかもしれません。例のブラジル人の生徒さんもポルトガル語を完璧にマスターするためにはブラジルに8年以上住まなければ無理だ、と言っていました)


ついでなので、最初に挙げた12の時制の例をここに紹介します。みなさんはいくつ使いこなせていますか?

現在形(simple present): "I read on the train every day."
現在進行形(present progressive): "I am reading a book about ancient Rome now."
現在完了形(present perfect): "I have read six books so far this month."
現在完了進行形(present perfect progressive): "I have been reading this book for three hours."
過去形(simple past):"I read for 30 minutes last night."
過去進行形(past progressive): "I was reading when my sister called me last night."
過去完了形(past perfect): "I had read three chapters when my sister called me last night."
過去完了進行形(past perfect progressive):"I had been reading for half an hour when my sister called me last night."
未来形(simple future):"I will read the next book in the series tomorrow."
未来進行形(future progressive):"I will be reading in bed if you call me later tonight."
未来完了形(future perfect):"I will have read all 23 books in the series when I finish this book."
未来完了進行形(future perfect progressive):"I will have been reading for two hours by the time the train reaches Osaka."


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2005年11月25日

p.s.

"divorce and marriage" に関して面白いコメントを頂いたので、追記です。
僕の友人のアメリカ人で富豪の子息がいるんですが、彼が結婚するときに、離婚する場合に備えて、予め、取り決めをしたそうです。
慰謝料等を含めて(笑)。

このような取り決めは "prenupital agreement" (婚前契約)、略して "prenup" と呼ばれています。今やお金持ちが結婚する場合、半ば常識となっていますね。
実は、トム・クルーズがニコール・キッドマンを離婚したとき、ゴシップ紙は彼らの交わした prenup を一因に挙げました。すなわち、結婚10年目以降の離婚ではトムの支払う慰謝料が跳ね上がるから、満10年になる直前に離婚したのだ、と。
真偽の程は不明ですが、十分にあり得る話だと思います。


さて、実はこの "prenup" を題材にした、とても面白い映画があります。
ジョージ・クルーニーとキャサリン・ゼタ・ジョーンズ主演の『ディボース・ショウ』(原題 "Intolerable Cruelty")です。(これ、「ディヴォース」と表記すべきだったと思うのですが...)

コーエン兄弟監督だけあって(脚本も共同で担当)なかなか楽しく、笑える映画です。また主演の二人が本当に楽しそうに役柄に入り込んでいる、という感じがしました。
男性を手玉に取るためには知性も必要だ、という極めて重要な点も随所にユーモラスに描き出されています。キャサリーン・ゼタ・ジョーンズの演じるマリリンは財産目当てに結婚を繰り返す、これと思った男性は絶対モノにする女性ですが、自分を口説こうとするクルーニー演じる弁護士をシェークスピアの引用で撃退したりするのです。
(シェークスピアっぽいな、と思ってGoogleしたところ、かなりマイナーな叙事詩である "Venus and Adonis" が出典であることが分かりました)

その一節をとても気に入ってしまっているので、ついでに以下紹介しまするんるん
Dismiss your vows, your feigned tears, your flattery;
For where a heart is hard they make no battery.

(誓いの言葉、偽りの涙、お世辞さえも、固い心には通じませぬ)

このような洒落た文句を効果的に使えると、かなり楽しいです。
女性の方は映画を参考にして是非お試しあれ黒ハート

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divorce and marriage

古代ローマ人は男も女もかなり自由に結婚や離婚を繰り返したみたいです。
今愛読している塩野七生著の『ローマ人の物語』でもしばしば「誰々が誰々を離婚した」という話がでてきます。

この「誰々を離婚した」という記述を目にするたび、少し不思議な感じがします。
日本語であまり「彼は妻離婚した」という言い方を聞かないような気がするからです。「を」を使った場合、いかにも「離婚する」が他動詞であるかのようなニュアンスになりますよね。しかし、日本人の多くは単に「私は先月離婚しました」のようにあくまでも自動詞的な使い方をするのではないのでしょうか。
(この自動詞・他動詞の話で混乱したという方、是非こちらを参照してください)

さて、英語においては "to divorce" は原則として他動詞です。
(自動詞的な用法もあるみたいですが、通常の会話ではあまり使いません)
なので、"He divorced last month." ではややおかしい不完全な文のような感じがします。 "He divorced Anne last month." や "He divorced his fourth wife last month." のように「誰を」離婚したのか、つまり目的語をつけた方がしっくりきます。

では、相手に触れたくない場合、もしくは主語を "We" にしたい場合にはどうするのでしょう。
簡単です。
"to get divorced" というフレーズを使います。
"We got divorced last month, but we're still friends." ならバッチリです。

"To divorce" の反対の "to marry" も同じように原則として他動詞になります。
(Merriam-Webster には自動詞としての用法も紹介されていますが、Readers 英和辞典では他動詞としての用法しか載っていません)
なので、上記のdivorceと同じように "I married last month" よりは "I got married last month." もしくは相手に言及して "I married my husband in a beautiful old church in Boston." と言った方がよりナチュラルです。

なぜ、"to get married" や "to get divorced" というフレーズが出てくるのかというと、これはあくまでも私見ですが、日本と違って欧米諸国では当事者の意思だけでは簡単に結婚や離婚ができないからだと思います。
結婚するためには必ず式を挙げなければなりません(宗教的な儀式が嫌、という人のためには宗教的要素を省いた civil service というものもあります)し、離婚するにも一々裁判を経なければなりません。(裁判といっても争いが無い場合には裁判所が資料を認可してくれるのを待つだけみたいですが、それでも州によってはかなり時間がかかります)

あと面白い用法としては "to marry" や "to divorce" において、当事者以外が主語になる場合です。
"He married Romeo and Juliet in a secret ceremony." や
"He tried to divorce his emotions from the task at hand."
このようなときには「結びつける」とか「分かつ」のような意味合いを帯びてきます。
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2005年11月15日

Does it suit?

この間、同僚にプライベート・レッスン用に、と薦められたテキストをの内容を確認するため、三省堂の神田本店に行って来ました。

最初、語学学習関係の本が並んでいる三階にあるのかと思い、そちらに向かったのですが、三階においてあるのは日本語で書かれている教科書や参考書だけでした。

探していたのは英語だけで書かれたテキストでしたが、せっかくこんなにたくさんあるのだからちょっと見てみよう、と思い、いくつかの本に手を伸ばしてみました。

まず、結論から言うと、日本語で解説してあるテキストはなるべく使わない方が良いです。
理由は、例文に不自然なものがあまりにも多いからです。失恋

一つだけ例を取り上げます。
日本語で解説してあり対訳が付いていた英会話の入門書みたいな本に、買い物をしている二人の女性の会話が載っていました。

「試着してみても良いですか」
などのありきたりな会話の最後で、片方の女性がドレスを試着した友達に向かって "That suits you!" と言っていました。

これが間違いである、とまでは言えませんが、少々不自然で、日本語の「それ、似合うよ!」を英訳したことが見え見えであることは確かです。

まず、第一に、この例文を書いた人は指示語 (this, that, these, those) の役割が分かっていません。
指示語は読んで字のごとく、対象を指し示すものです。
すなわち、指で指す必要がある場合や他と区別する必要がある場合ならいざしらず(例えば "I didn't really like the other dress, but that one suits you!")、一つしかドレスを試着していないのであれば代名詞 "it" で十分です。
なぜなら、"it" は抽象的なものではなく、具体的なものを示す代名詞であり、"it" を使った時点で対象が確定(ここでは "the dress" )しているからです。

なので、ここでは少なくとも "It suits you!" と言うべきでしょう。

さらに、「似合う」と相手を褒めるときに "suit" という動詞を使うべきか、ちょっと疑問に感じます。確かにもし、"It suits you!" を日本語に直すなら「それ、似合うよ!」になりますが、逆は必ずしも真ならず。"suit" がこのシチュエーションにおいて最も適切な表現であるとは言い難いのです。
"suit" は "suitable" (適切な)の語源になっている言葉です。英英辞典で調べるとこのような用法においては(to be appropriate, acceptable or satisfactory) と定義されています。つまり「適切」で「条件に適合」して、「満足の行く」という程度の意味しか持たないのです。

で、友達と買い物をして、「それ、似合うよ!」と褒める場合、決して「それなら適切だと思うよ」という生ぬるい (tepid; lukewarm) 意味で言っている訳ではありませんよね。
「似合うよ」という言葉の背後には「とても素敵だから買うべきだと思うよ」という積極的な感情があるはずです。
英語スピーカーならむしろ、「似合うよ」という代わりにこの背後にある感情をストレートに言葉にする傾向があります。

例えば
It looks great on you!
It's perfect! (ぴったりだよ)
It looks fantastic!

などが思いつきます。

土曜日に仕事の後オーストラリア人の同僚と買い物に行きましたが、私がデパートでふと目に留まったネックレスをつけたみたときの彼女の言葉は "It's gorgeous, and it looks really sexy. You have to buy it!" でした。そのネックレスはもちろん買ってしまったのですが、ここでもし "It suits you." としか言われなければ「なんだ、その程度か」と思って買わなかったかもしれません。


必ずしもこのように具体的にどこがおかしいかを指摘できるわけではなかったのですが、三階にあった日本語で書かれた英語・英会話の教科書に載っている例文は多かれ少なかれこのような不自然さを感じさせる傾向がありました。
なので、どうせ買うのであれば同店では五階の洋書コーナーにおいてある、英語だけで書かれた教科書や解説書(対訳付きもあります)の方がはるかに良いと思います。

具体的にどれがオススメであるかはまた次回にるんるん
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2005年11月03日

"Surprise" cabinet...not

数日前、小泉首相 (Prime Minister Koizumi) は内閣改造 (cabinet reshuffle) を行いました。

サプライズ人事 (surprising appointments) を期待していたマスコミの期待を裏切り、改革維持を重視した実務型内閣 (reformist cabinet) 、と評価されるとともにアジアの近隣諸国 (neighboring countries) からは外交路線に関して強硬派 (hard-liners) が多いと批判されています。

さて、内閣は英語で cabinet
閣僚は一般に cabinet members と呼ばれます。

しかし、個々のポストの名前となると、議院内閣制 (parliamentary system) を採っている日本やイギリスと大統領制 (presidential system) を採っているアメリカでは大きく異なります。

イギリスや日本では個々の閣僚は "Minister" (大臣)になります。
例えば、麻生外務大臣は "Foreign Minister Aso"、「総務大臣」のように訳語が長ったらしくなってしまうものであれば "Minister of Internal Affairs and Communications" と Minister を先頭に持ってきます。

首相は、一般的には数ある大臣の「同輩中の主席」であることから Prime Minister と呼ばれています。大統領と首相が両方いる国(例えばドイツ、フランス、イスラエル)でも首相は Prime Minister、閣僚たる cabinet members の多くは ministers に当たりますね。
(ちなみに、日本では首相は大臣を自由に任免できること、など単なる「同輩中の主席」よりも格段に強い権力を持っています)

例外は強力な大統領制を採っているアメリカです。
アメリカでは内閣はあくまでも大統領を補佐する機関と位置づけられています。なので、各省庁のトップも Minister (大臣)ではなく Secretary (長官)となっています。
例えば、ライス国務長官の肩書きは "Secretary of State"。ラムズフェルド国防長官は "Secretary of Defense"。

しかし、どのようなシステムであっても民主的な抑制と均衡(checks and balances)が働くようになっている点では共通しています。
例えば、日本では総理大臣が自由に各大臣を任免することができますが、大臣の過半数は選挙によって選ばれた国会議員でなければなりません。
アメリカでは大統領がどのような人を閣僚に選ぶかに関しては何の制約もありませんが、どの人事も議会 (congress) による承認 (confirmation) を経なければなりません。

どちらのシステムの方がより民主主義 (democracy) の理念に合致していると思いますか?
posted by EnglishMaster at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月30日

Escarate?

日記に単語紹介を含めようと思ったきっかけは最近いたるところで見られる「一言英会話レッスン」みたいなものだったのかもしれません。

こういうものを見るのは結構好きです。特に日経の土曜版に挟み込まれている『日経プラス1』の「なるほど英語帳」というコーナーなどはタイムリーな表現を上手にまとめて紹介していますね。何か新しい表現を学ぶ、ということはまずありませんが、まとめ方や紹介の仕方に感心させられることが多々あります。

その一方で、たまにお粗末で間違いだらけの単語紹介もみかけます。
この間、購読しているメールマガジンの最後におまけとしてくっついている単語紹介のリンクをたどったら、どう考えても誤っているとしかいえない情報が堂々と掲載されていたため、唖然としてしまいました。

紹介されていた単語は "escarate"。問題を誰か上位の担当者に報告すること、という意味であると紹介されていました。

見るからに怪しい単語です。"Escalate" の間違いだろうと思いながらも、どこか知らない方言なのかもしれないという可能性を考えて Merriam-Webster 大英英辞典を引きました。案の定、結果は「該当エントリーなし。Escalate の間違い?」と帰ってきました。念のために Google しても、分かったのは Escarate がヒスパニック系の苗字にはよくあるらしいことぐらいですね。

しかし、仮にそのコラムの筆者が "escalate" と書くつもりであったとしても、"escalate" には誰かに報告するという意味はありません。"escalate" はエスカレーター (escalator ) から派生した言葉なので、基本的なイメージとしては「ひとりでに勝手に上がっていく」という感じになります。

I could see his temper escalating. (彼の機嫌がどんどん悪くなっていくのが目に見えて分かった)
The costs required for rebuilding escalated after the second hurricane swept through the area.(二つ目のハリケーンが街を吹きぬけた結果、再建にかかる費用は急上昇した)

よく見るとそのサイト、冠詞や前置詞、果てには動詞の使い方までかなり酷い間違いが目立ちました。
そしてさらに始末が悪いことに "wanna" とか "Oh, God" のような口語的な (colloquial) 表現を随所にちりばめているため、一見「もっともらしく」見えます。

大手検索サイトのサービスの一環として提供されているため、たくさんの人に読まれているだろうと考えると同業者として恥ずかしい限りです。


では、「上位担当者に報告する」はどう表現するのでしょうか。

簡単です。"To report" を使えば良いのです。外来語としての「レポート」はもっぱら「報告書」という意味の名詞として使われていますが、もとは「報告する」という動詞です。
実はこれ、とても柔軟で便利な言葉なんです。

例えば、「〜について報告する」であれば、他動詞として使います。
e.g. report the problem, report the trial, report the situation

一方、同じ他動詞的な用法でも直接目的語に人を持ってくると、「〜の不始末について報告する」というネガティブな意味に一変します。

A: This is the third time this week that Jim's been late for work.
B: You really should report him to the manager.
A: Yes, but I don't want to get him fired.

さらに便利なのは自動詞として使った場合の "report to" という表現。これは場面にもよりますが、報告する範囲を限定しないため「〜が上司です」という意味で非常によく使われます。

I report directly to the President. (私は社長の直属の部下です)
Who will I be reporting to? ([新しい仕事において]私の直属の上司は誰になるのでしょうか)
posted by EnglishMaster at 20:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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