2005年12月15日

Repelling Harness (字幕 其の六)

またまた『24』の字幕の間違いを発見しました。

しかし、今回は日本語ではなく、英語の字幕での間違いです。

出典はシーズンIVの第9話(16:00〜17:00)で、ジャックが洗濯物用シュートから病院の洗濯室に侵入する準備をしている場面です。
彼は、部下に向かって

"I need a fast line and a rappelling harness."
(しっかりしたロープと降下用のハーネスを用意してくれ)

と言うのですが、なぜか英語字幕は
"I need a fast line and a repelling harness."
になっているのです。
思わず一時停止ボタンを押してしまいました。

"to rappel" は登山等で言う懸垂下降(辞書によるとアブザイレンとも言うらしいのですが、詳しくはよく分かりません)を指します。この場面のようにロープで吊るした状態で誰かを下ろすためのハーネス(ベルト)はまさに "rappelling harness" となるのでしょう。
一方、"to repel" は「追い払う」や「寄せ付けない」等の意味を持っています(リーダーズ大英和辞典参照)。例えばハイキングやキャンプなどのときに使う虫除けスプレーは "insect repellant" と言います。
"repelling harness" とは一体どんなものなんだろう、身に付けたとたんに使っている人をはじき出すものなのかな、と一瞬想像してしまいました。

もちろん、これは打ち間違いだろう、ということはすぐに分かりました。
("repelling" もれっきとした英語であるため、スペルチェックには引っかからなかったのでしょう)
問題は、これが指が滑ったことによるミスプリ(typo)にあたるのか、それとも字幕を書き出した人が本当に勘違いして"repelling" にしたのか、という点です。

私は、どちらかといえば後者であるような気がします。
まず、"rappel" と"repel" では最初の母音が違うだけでなく、"p"の数も違います。指が一度滑るのはうなずけるとしても(事実、このような間違いは大手新聞でもよく見かけます)二度続けて「滑る」のはあまりにも不自然です。
また、この二つの言葉は発音も非常に似ています。"repel" は [ripél]、"rappel"は[rəpél]であり、人によっては全く同じく発音することも考えられます。そして、このような綴りと発音が似ている言葉の混同はネイティブ・スピーカーがよく犯す間違いの部類に入ります。
(Google で検索をかけてみたところ、"rappelling harness" は557件、"repelling harness" は 1,610件とそれを上回る検索結果が出てきた上、両方を併記しているページも20件ありました。後者は明らかにおかしいのに (;_;))

ちなみに、日本語字幕ではたしか「ロープとベルトの用意を」と分かりにくい部分は省いて簡潔・的確に訳していたような気がします。

さて、このドラマ、エンターテインメントとしては抜群の出来なのですが、回を追うごとに気になることがあります。
それはジャックをはじめとするCTUの面々が
"It's a matter of national security," (国家保安に係わることだ)
と言えば家宅侵入、拷問、強盗の真似事に至るまで何をしても許される超法的な存在である、という設定です。
これではまるで国家の警察権を強化する「米国愛国者法」(USA Patriot Act)を可決させ、グアンタナモ基地に拘束されている人々の人権を平気で制約しているブッシュ政権の方針をPRしているのと同じではないのでしょうか。

rc297.gif←"repelling harness" として紹介されていた商品です
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2005年12月13日

レストランは食べられる?

今日、久しぶりに典型的な間違いを耳にしました。

どのレストランに行こうか、というロール・プレイをしているときに、生徒さんの一人が"Isola"という名前のレストランを挙げて、

"The pizzeria tastes good."

と言ったのです。
「あのピザ屋さんは美味しい」と言いたかったということはすぐ分かったのですが、このような場合、私はいつも一瞬だけ頭の中で誰かがレストラン備え付けのテーブルや椅子をがりがりかじっているのを想像してしまいます。

英語では日本語よりも論理的に厳密な主語と述語の一致が求められるな、と思うのはこのようなときです。

すなわち、"taste good" のような場合、その主語になりうるのはあくまでも食べられるものだけです。

"The pizzas there taste great!"
"The desserts at the Mikuni Café are delicious!"
なら問題ないのですが、レストランそのものを食べることができない限り、
"The Mikuni Café is delicious,"
はかなりおかしい英語となってしまうのです。

同じく時々違和感を感じる文が
"My work was busy."
です。
「忙しかった」のは自分であって、仕事ではありませんよね?この文を聞くと、レポートの束が鉢巻を締めてせっせとひとりでに動いている場面を想像してしまうのは私だけでしょうか。あくまでも自分「が」仕事「で」忙しかった、のですから、
"I was busy with work,"
という風に表現を変えなければ正確性に欠けるような気がします。

と、ここまで書いてふと疑問に感じることがあります。
「仕事が忙しい」とは本当に正確な日本語なのでしょうか。論理的に考えれば日本語においても「仕事で忙しい」としなければおかしいような気がしてしまいます。
同じく「あのレストランは美味しい」よりも「あのレストランのピザは美味しい」の方が誤解を招かない表現なのではないか、と。

みなさんはどう思われますか?

ronri.jpg
(東大の野矢茂樹先生は、著書において日本語は決して非論理的な言語ではなく、日本語も論理的に使うことはできるし、論理的に使われるべきだと仰っています。しかし、私としては、どうしても日本語の方が非論理的な間違いが目立たないような気がしてしまうのです。)
posted by EnglishMaster at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

Can't Help Falling in Love...

今日、とある大手メーカーさんの生徒を相手に仮定法の勉強をしていたときのことです。

今は原材料の価格が高騰しているため、製品の価格も値上げせざるを得ない、という話をしていたので、
"So, if the price of the raw materials goes down, will you lower your prices?"
と聞きました。

すると、彼の答えは
"If my clients demand it, I can't help lowering the price."

???
それはどういう意味ですか、と聞くと、つまり値下げせざるをえない、と言いたかったみたいなのです。

そこで、"can't help 〜ing" が使われる状況は少々違うと説明するためにプレスリーの歌 "I Can't Help Falling in Love With You" を引き合いに出そうかな、と考えたそのとき、その生徒さんから
「歌でも "I can't help falling in love" と言いますよね?」と言われました。

これにはびっくりしました。"Presley?" と聞き返すと、UB40というグループも歌っていますよ、と教えてくれました。
その方は洋楽が好きで、この曲もカラオケで歌っているみたいでするんるん

残念ながら、このコンテキストにおいては "can't help 〜ing" を使うことができません。なぜなら、"can't help" は制御(特に自己制御)が不可能である場合に使うフレーズであり、価格操作の場合には渋々ながらもちゃんと制御が効いている状態で上げ下げするのですから。
そこで、その生徒さんには以上を説明した上で "I will have to lower the price" という表現をすすめておきました。

それにしても、カラオケで歌うために覚えた台詞をそのまま転用しようとするあたり、なかなかセンスがあると思いました。しかも、"can't help" をちゃんと "ing" 形でフォローするあたり、使い方もしっかりと身に付いていたのです。
どうしても英語の苦手意識をぬぐえない、という方には英語の曲を2、3曲歌えるようにすることを勧めようかな、とまで考えてしまいました。どうでしょう?
posted by EnglishMaster at 22:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

英語de携帯♪

先週、やっと携帯(cell phone)の機種変更をしましたるんるん

実は古い携帯は4年以上も使っていたもので、表記されていたキャリア(carrier)はvodafoneではなくてJ-phone。使い始めた時点ではまだvodafoneに買収(acquire)されていなかったのですよね。
妹からは「よく電池が持っているね」と感心されたのですが、ノートパソコン(laptop)の電池と同様に考え、定期的に放電(drain the batteries)していたのが良かったのかもしれません。

この古い携帯、最近はさすがに電池の持ちが悪くなり(ran out of batteries quickly)、しかも充電スタンド(recharging stand)も使えなくなってってしまい、アダプターを直接本体に挿さざるを得なくなっていたのですが、使える限りは頑張って使い続けるぞ!と思っていました。
しかし、この間液晶画面(liquid crystal display)の調子がおかしくなり(went on the blink)、ついに新しい携帯に乗り換えざるを得なくなったのです。

それでも優柔不断(indecisive)な私としてはかなり悩んでしまいました。
最近同じくvodafoneで機種変更をしたNZ人の友人からは3.2メガピクセルデジタルカメラ搭載の903SHを薦められたのですが、(It's awesome, M! You can even play music files and DVDs on it!)高機能のカメラならやっぱり別にデジタルカメラを買った方が良いと思いましたし、使わない機能をたくさん搭載した携帯電話にお金をかけるつもりはありませんでした。

また、有楽町のビック・カメラで携帯を物色していたときに小耳に挟んだ(overheard)、3Gだと電波が悪くなりうる、という話もかなり気になりました。最低限の機能で良いなら2Gにすべきではないのか、と。(実際店員さんには海外で使うつもりがないなら2Gの方が良いとも言われました)

しかし、移動体通信に詳しいという友人からは軒並み3Gを薦められ、結局3Gの中では機能が最低限(海外で使えない)だがデザインが一番気に入ったNECの703Nに決めました。

結果は大満足です黒ハート
他の最新機種に比べればカメラの画素数は1.3メガピクセルと低い方なのですが、それでも普通に写真を撮る分にはこれ以上は要らないような気がします。このブログのプロフィール部分に掲載しているクマの写真もこの携帯で撮ったのですが、結構きれいでしょう?

また、友人のアドバイス通りに3Gにして正解(the gamble paid off)でした。電波状況(reception)が格段に良くなったのです。今まで圏外(out of range)になってしまった玄関や台所でも電波がばっちり(get a strong signal)で、玄関に置きっぱなしにしていたカバンの中からメール受信の音が聞こえたときには感動してしまいました。単純(easy to please)ですよね。

アドバイスを下さった方、本当にありがとうございます m(_ _)m

さて、この携帯、実は初のバイリンガル携帯でもあるのです。(最近の携帯はほとんどバイリンガルみたいですが)
そして携帯メールは圧倒的に英語のものの方が多い私としては、英語モードにしておいた方が便利かな、と思い、数日前から英語モードにして使っています。

しかし、(これはもう病気ですね(笑))時々英語モードの表記に一貫性が無いのが微妙に気になってしまいます。

例えばメニュー画面では
V-appli: Play and enjoy various applications
Camera: Take still/moving pictures
という説明書きが付いているのに、
Media Player: Play and enjoy melody, image and more
なぜこれだけ複数形ではなく、単数形なんだろう、と疑問に思いません?

また、メールの作成が終わって "Send" を押した後に表示されるのが "Send preparation"。「送信中」は"Sending 1 messages"、「受信中」は "Receiving ..." を使っているため、「送信準備中」も統一して "Preparing to send" にすべきだと思うのですが...
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2005年12月05日

「遊び」と play

昨日のパーティネタの続きですが、あるとても積極的な生徒さんが

"Please play with me sometime."

と誘ってくれました。
その方はそんなつもりではなかったのでしょうが、私としては「今度遊びましょう」と言いたいのだな、と頭が翻訳するまで一瞬ギョッとしてしまいました。

なぜなら、 "to play" は必ずしも日本語の「遊ぶ」とは同義ではないからです。
というより、「遊び」に対する考え方が日本語と英語では全く違う、と考えるべきなのでしょうか。

(ここでは楽器の演奏、スポーツの試合、演劇・映画の役柄等の他動詞的な用法はひとまずおいておいて、自動詞的な用法だけについて考えます)

まず、英語では "play" は基本的に子供がすることである、という風に考えられています。"Play chess" でも "play golf" でもなく、目的の無い、ただ遊ぶための「遊び」は子供のすることである、ということなのでしょうか。
上記の誘い方も子供が言うのであれば特に問題はありません。

しかし、大人同士の場合の "play"、特に "play with someone" という組み合わせ となると、かなり危険な意味合いを帯びてくる可能性があります。
具体的な解釈としては少なくとも二つの方向性が考えられます。一つは「肉体関係を持つ」という意味。もう一つは「弄ぶ」という意味になります。(そのような用法は初めて聞く、という方は是非 "play with" という組み合わせで辞書を引いてみてください)
これらいずれの場合においても日本語で言う「遊ぶ」という本来意図している意味から大きく外れてしまいますよね。
必ずしもこのように解釈されてしまうとは限りませんが、誤解はなるべく避けたいものです。注意してください。

その後、その生徒さんにも "play" では誤解を招くおそれがあるから "Let's get together sometime," などにしておいた方が良いですよ、と指摘しておいたのですが、なぜ "play" を使うべきではないのか、ちゃんと伝わったのでしょうか。不安です。

ついでなので、恋愛関連での "play" の用法をいくつか紹介しましょう。
"to play games (with someone)" は「駆け引きに興ずる」という意味です。
"Let's quit playing games" と言われたら、「変な駆け引きはいい加減にやめよう」ということです。(これは恋愛以外にも当てはまりますが)
"to play around" とは浮気をすること、もしくは浮気であること。ある男性について "I hear that he has a reputation for playing around," と言われたら、その人はなるべく避けた方が賢明でしょう。
"to play the game" は駆け引きとも関係しますが、いわゆる「恋愛のルール」を理解した上でそれを上手く利用する、という意味になります。ビジネスの世界においては「ビジネスのルール」の効果的な利用、ということになりますね。いずれにせよ、"She knows how to play the game," と言われている女性を相手にするのであれば、彼女の手の上で踊らされる羽目になる危険性が高い、と肝に銘じておきましょう。
posted by EnglishMaster at 01:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

Judging a book by its cover

昨日、勤めている英会話学校の4校合同のクリスマス・パーティ(joint Christmas party)に行ってきました。

前から行くと聞いていて会うのを楽しみにしていた生徒さんもいたのですが、4校合同ということで、もちろん知らない生徒さんもたくさんいました。

すでに教えている方は私が教える側にあることを知っていましたし、一生懸命英語で話してくれたのですが、初対面の方は大抵私を生徒もしくはスタッフと思い込んでいたみたいです。
幸い(Fortunately)、多くの場合にはそのすぐ近くに同僚やすでに教えている生徒さんがいて、「本当だよ」とフォローしてくれたため、大分助かりました。(過去に私に間違いを指摘された同僚の一人に至っては、僕より語彙(vocabulary)が豊富でまるで生き字引(walking dictionary)だよ、とまで言ってくれました。ありがとうございます)

ちなみに、私が教えているスクールでは教師の採用基準が「外国人」ではなく、「ネイティブ・レベル」すなわち「その言語を母国語とし、その言語で高等教育を受けた教養のある者と全く区別が付かないレベルの言語能力を有する者」と定義されているため、私同様日本人の先生も何人かいます。


さて、一応パーティそのものでは基本的に英語しか使わなかったのですが、そのあと二次会で行ったカラオケではほとんどの生徒さんが滅多に行かないS校所属であったため、面倒になってしまって日本語を使い、日本語の歌まで歌いました。
その後、S校のマネージャーさんに
「今日は本当にどうもありがとうございました」
とお礼を言われ、
「いえ、こちらこそどうもありがとうございました」
と返事をしたところ、彼はおもむろに名刺(business card)を取り出し、
「どちらでレッスンを受けられているのですか?」
と聞いてきました。
「あの、Y校で教えているのですが...」
「えっ?先生なんですか」
彼は相当にショックを受けていたみたいです。

しかし、私こそS校の先生に騙されてしまいました。
顔立ちからすると中国系かと思われた彼(後でマレーシア出身らしいことが分かりました)は流暢な(fluent)日本語をしゃべり、日本語の歌を熱唱していました。(S校には日本語が上手な先生が多いらしく、日本語で歌っていたのは彼だけではなかったのですが)彼が英語を使うのを全然聞いていなかった私は、一体何者なんだろう、と思ってしまいました。最初に聞いた彼の同僚からはいい加減な答えを聞かされていたため、生徒さんから「あれは先生だよ」と言われたときには一瞬かなりびっくりしましたね。

なお、以前から知っているZ校のアメリカ人の先生も日本語がネイティブ・レベルで(まだ漢詩を引用するのを聞いたことはありませんが)、石川さゆりの歌をこぶしまでつけて歌っていました。しかも彼はフィリピン系であるため、自分でも外見的には沖縄人として通用する、と言っています。

人は見かけによらずだな、とつくづく思いました。
ちなみにこれを英語に直すと、"Do not judge a book by its cover."
タイトル、もうお分かりですね?
posted by EnglishMaster at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

Mr. James

今日の話の内容は11月3日の『ボンド流の自己紹介』と非常に関係が深いものなので、ここで登場する同僚の名前も仮に James Bond としておきましょう。

さて、昨日のことですが、とある上級レベルの生徒さんのレッスンの準備をしていたとき、その前の日にその生徒さんを教えたのが James であることに気づきました。結構仲が良いため、すかさず「どんな方なの?」と聞くと、「ああ、明後日からロンドン駐在になるエコノミストで、とても面白い人だよ。実は今朝Eメールを送ってくれたんだ」と教えてくれました。
さらに、「昨日は "stereotype" という言葉を練習したから、彼の顔を見たら "Are you really an economist? You don't look like the stereotypical economist." と言ったらきっと受けるよ」というヒントまで伝授していただきました。

実際に会ってみると、確かにエコノミストというよりは商社マンみたいな雰囲気の方だったので、言うまでもなく、早速教えてもらった手を使ってみました。するとその生徒さんはびっくりして
"That's what Mr. James said yesterday!"
と返してきてくれました。

ここで彼を訂正すべきか迷った挙句、せっかくの流れを長々とした説明で破壊したくないと考えてしまった私は結局放置してしまいました。
しかし今朝になって、別の生徒さんの全く同じような間違いに遭遇し、やっぱり昨日の生徒さんも(特にこれから海外駐在ということだったので)直しておくべきだった、と反省しています。

どこを訂正しなければいけなかったのか、分かりますか?

実は、"Mr." や "Ms." という敬称(title of courtesy)は苗字(last name)またはフル・ネーム(full name)の前に付けるものであり、日本語で言う下の名前に当たるファースト・ネーム(first name)を単独で使う場合には何も付けないのが一般的なルールになっています。
すなわち、"Mr. Bond" や "Mr. James Bond" ならOKですが、ファースト・ネームだけ使うのであれば "James" と呼ぶべきであり、"Mr. James" ではおかしいのです。

アメリカ人などは親近感を出すため、よく自己紹介の時に "Please call me <first name>" と言ったりします。同僚のボンド君も例に違わず、相手は敬意を表すために "Mr. Yamada" のように "Mr." プラス苗字のコンビネーションで呼んでいるくせに、自己紹介の時には必ず "Please call me James," と言っているみたいです。
しかし、多くの日本人(特に男性)は相手をいきなり呼び捨てにするのに抵抗があるのでしょう。呼び捨てにしたくはないけど、せっかくそう言ってくれているのだからファースト・ネームを使いたい、と考えた結果、"Mr. James" という奇妙な英語が生まれてしまうのだと思います。

一番の解決策は、欧米ではファースト・ネームで呼び捨てにするのが当たり前であり、決して失礼なことではなく、むしろ良いことなのだ、と割り切ってしまい、自分からも "Please call me Taro," と言えるようにすることでしょうね。(ラスト・ネームの呼び捨ては失礼に当たる場合があるので注意しましょう)

しかし「ファースト・ネームを使いたいけど、呼び捨てにするにはあまりにも抵抗がありすぎる」という方も中にはいらっしゃると思います。そのような場合にぴったりな、とっておきの手段があります。
日本語の敬称である「さん」を使ってしまうのです。

え?と思われるかもしれませんが、日本でビジネスをやっている、もしくはやろうとしている外国人であれば日本では「さん」が一般的な敬称であることぐらい知っており、向こうから "Yamada-san" と言ってきてくれることも多いです。
そして、"san" を使うのであれば日本語同様、苗字に付けようが、ファースト・ネームに付けようが勝手ですよね。日本人らしい謙虚さが出る点においても決してマイナスにはならないと思います。
なので、"Mr. Bond" ではよそよそしいが、"James" と言うのは勇気が要るという方は、ひとまず "James-san" で通してみてはいかがでしょうか?

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2005年11月28日

一貫性の問題(字幕 其の五)

またまた『24』の字幕の話題です。

もう揚げ足を取るために字幕をチェックするのは辞めたつもりだったのですが、せっかく高いお金を払ってDVDをレンタルしている以上、一回だけ見るのは勿体無いというケチな根性が働いてしまい、もう一回みるとなると字幕が気になる、ということになってしまうのです。

出典はシーズン4の第一話です。
最初の方で、ジャックがホテルの部屋で身支度を整えながら新しい彼女のオードリーと話をしているとき、彼女は彼に向かって
"I'm falling in love with you."
と告白します。
そして、同じエピソードのその20分後ぐらいに、今度は電話をしているときにジャックの方からオードリーに向かって
"I'm falling in love with you too."
と言います。

ということは、当然字幕もこの二つの台詞を同じく訳しているのだろう、と思ったのですが、全然違いました失恋
最初の台詞は「あなたに夢中よ」
ジャックの返答は「俺も君を愛してる」

まず、最低限でもここで同じ訳を使わないのはまずいと思いません?
二人が全く同じ言葉で想いを語っていることが全然伝わらなくなってしまいます。

さらに問題なのが、"falling in love" を「愛している」にしてしまっている点です。
"fall in love" とは読んで字の如し、「恋に落ちる」という意味です。しかも「恋している」"to be in love" まではまだ行きついていません。恋に「落ちつつある」という進行形のニュアンスと、自分ではコントロールできないという不可抗力的な要素が非常に大切です。

そして、一歩譲って進行形を捨てたとしても、誰かに「恋をする」"to be in love" と「愛する」"to love" では全然事情が違います!
前者は相手に夢中になっている状態で、相手も周りもよく見えていないことが多いです。"Love is blind" (恋は盲目)とよく言いますよね。
後者は相手を欠点も含めて全面的に受け入れる状態ではないのでしょうか。この場合には目はしっかりと開かれていることが多いです。

もちろん理想は相手を愛すると同時に恋すること。60代のおばあちゃんが "I'm still in love with my husband," とのろけるのを聞いたりすると、結構羨ましくなったりします。
しかし一方では、愛しているけど、恋はしていないという状態もありえます。
またこれとは反対に、恋はしているけど、愛してはいないという場合も想像することができます。

要するに、この二つは決して混同すべきではないと思うのです。なので、最初の「あなたに夢中よ」はさておき、「君を愛している」は間違っている、としか言いようがありません。
この回の字幕を担当した方は恋愛経験が乏しいのではないか、とさえ疑ってしまいます。

結論として、"I'm falling in love with you." は「あなたに本気で恋をしちゃっているみたい」のような不可抗力を強調するような要素を入れれば上手く伝わるのではないか、と思います。男性からの場合「君に本気で恋をしてしまったみたいだ」という程度にひねれば、二人とも同じ言葉を使っていることがちゃんと伝わるのではないでしょうか黒ハート
ただし、これでは長さの問題もあります。やっぱり「君に夢中だ」あたりで統一してまとめるのが無難な路線になるのでしょうね。
posted by EnglishMaster at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

the b' akasaka

今日は同僚が提供してくれたネタです。
彼の自宅近くにオープンした新しいホテルのネーミングに疑問を感じる、とのことでした。
さて、皆様は以下の看板を見てどう読みますか?

bakasaka.jpg


ホテルのマネージメントは『ザ・ビー・赤坂』と呼んでもらいたいらしいのですが、その同僚曰く、「どう考えても "the bakasaka" としか読めない!」

うーむ。一理ありますね。
確かに" b" を引用符(quotation marks)で囲っていない以上、次の "akasaka" と区別するのは困難です。一応 "b" だけ背景の色を変えてありますが、これではただ単に "b" を強調するだけであり、その後に続く "akasaka" とは別の単語であるというアピールが弱いような気がします。

誤解を招きたくないのであれば、 the "b" akasaka にすべきだ、という同僚の主張に大賛成です。

あと、個人的に謎だな、と思ったのが "b" の上に付いているアクセント記号(acute accent)です。アクセントは母音にしか付かないはずなのに...
一体どう読むべきなのか、一瞬本当に迷ってしまいます。

ちなみに、その同僚が言うにはそのホテルの一階にはおいしそうなピザ屋さんがあり、今度家族で行こうと考えているとか。
ただ、彼の解説を聞いて喜んでいた4歳のお嬢さんが "bakasaka!" と叫んでしまうのが心配みたいです(笑)。
posted by EnglishMaster at 11:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

10 minutes out (字幕 其の四)

先週のブログで『24』の本編には原則として誤訳は無い、などと書いてしまいましたが、単にチェックしていなかっただけみたいです。

シーズンIIIの第20話(8:00−9:00)でまたまた発見しました。

テロリストの居場所を突き詰めて、ジャックがヘリコプターで現場に向かっているとき、車で向かっているもう一人の捜査官、チェイスに対し"Are you en route?" と尋ねます。
対するチェイスの答えは "I'm a little more than ten minutes out."
これが字幕では「10分ほど前に出ました」と表示されたので、思わず巻き戻して確認してしまいました。

"Out" はこのような用法ではある一定の地点からの距離を表します。
面白いことに、これは場合によってある場所からの距離か、ある場所の距離という全く別のものを表します。
例えば何もない砂漠のど真ん中の牧場で "The nearest school is 5 miles out." と言われれば「最寄の学校はここから5マイルのところにあります」となりますが、どこかに向かっているときに「あとどれぐらいで着くの?」と尋ねられて "I'm about 5 miles out." と答えれば「そこまであと5マイル残したところだ」ということになります。

テロリストのアジトに急行している状況においては、まさに後者の場合ですよね。なのでチェイスはここでそのアジトまで10分少々の距離にあること、すなわち「あと10分少しで着きます」と言おうとしていたはずです。「10分前に出た」と言った場合、意味が丸っきり逆になってしまいますよね。
事実、10分少々後の場面ではチェイスはちゃんと現場に着いていました。

誤訳とは言えなくとも、異議を申し立てたくなるような訳もありました。
21話における大統領の元夫人シェリーが大統領の政敵である上院議員のキーラー氏に "I have a high-value proposition for you." と言うシーンです。字幕では「重要な話」となっていましたが、"high-value proposition" とは「価値の高い提案」、言い換えれば「あなたにとってとても良い話」となるはずです。字数制限もあるでしょうが、もう少しこのニュアンスを出すこともできたのではないか、と思います。

あと、"a couple of hours" や "a couple of minutes" を「2時間」とか「3分」など勝手に(arbitrarily) 具体的な数字に置き換えてしまうのもいかがなものかと思います。確かに「数時間」としてしまえば "a couple of hours" の「2〜3時間」という範囲よりも長い時間を意味してしまう危険性がありますが、「2」とか「3」と決め付けてしまうとせっかくの元のフレーズの曖昧性が損なわれてしまうのではないでしょうか。
もっともこれは翻訳におけるトレードオフで何を重要視するかの問題なので、どちらの方が正しい、とも言い難いのですが。

実はDVDだと字幕をオフにしたり、英語字幕にすることができるため、ほとんど日本語字幕を見ていなかったのです。
しかし、映画館でいやおうなしに視界に入ってくる場合はまだしも、間違いを探すためだけに日本語字幕を見るのも考えてみるとちょっと問題ですよね。
以後は慎みたいと思います。
posted by EnglishMaster at 23:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

小泉さんの英語力

今日、数人の生徒さんから小泉さんの英語力を批判 (criticize) する声を聞きました。

すなわち、ちゃんと英語がしゃべれると思ったのに全然しゃべれていない、とのことです。
ある生徒さんに至っては "I think his English is worse than mine!" と堂々と言っていましたね。素晴らしい!(もちろんその生徒さんが、ですよ)
一発で間違えずに言えたので、思わず拍手をしてしまいました。

どうやら小泉さんは単語単位でしか語れず、 complete sentences でしゃべることができないことがテレビでばれてしまったみたいなのですが、皆さん異口同音に「思ったほどではなかった」(not as good as expected) 「もっとしゃべれると思ったのに」(I thought he could speak better English)「がっかりさせられた」(It was disappointing) などと言っていました。

普段おとなしい方でもこのような話題だと熱く、流暢に語れるのが不思議です。 (^^)


テレビの無い私としては直接分析できなかったのが残念なのですが、皆さんはどう思われましたか?是非感想をお聞かせください。

さて、歴代首相の英語力といえば森さんとクリントンの会話が有名ですよね。
知らない、という方のために、参考のために以下紹介します。
森ークリントンの日米首脳サミットの時の会話
posted by EnglishMaster at 22:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

A clumsy???

先月、Escarate? で取り上げた問題だらけの一言英会話レッスンサイトについての後日談です。

実は、あの記事を書く前にそのサイトの運営者に対する、間違いを指摘し(Escarate以外にもたくさんありました)訂正を求めるEメールを送ったのですが、数日待っても何の返事も無かったので、記事に書き上げたのです。
偶然かどうか分かりませんが、記事にした次の日、そのサイトから以下のようなメールを頂きました。

弊社にて確認致しましたところ、間違いが多くございました。

お客様には、不快な思いをさせてしまいまして申し訳ございませんでした。
また、ご指摘ありがとうございました。

弊社作成部門にて確認中でございますので、何卒、ご了承いただけますようお願いいたします。

以上、よろしくお願いいたします。

先日、受信したメールを整理していたときに思い出し、ちゃんと間違いが訂正されているかどうか確認するためにまたそのサイトを訪問してみました。

何も直っていませんexclamation×2
非常に怪しげな英語のままです。直されていたのは Escarate が Escalate になっていた点ぐらいですが、これでは依然として意味不明です。

怒り心頭に発する、とはこのことでしょうか。

さらに、新しく加わっていた「レッスン」にも目を覆いたくなるような間違いがありました。
"I'm such a clumsy!"

Clumsy は形容詞 (adjective) なので、この単語を単独で使いたい場合にはその前に副詞(adverb)の so を用いて "I'm so clumsy," にしなければなりません。
"Such a..." を使いたいのであれば、clumsy の後に "clumsy idiot" "clumsy person" "clumsy fool" 等、何でも良いのですが名詞が必要です。

もし "a clumsy person" では長いな、と思うのであれば、このフレーズと同じ意味の単語があります。"A klutz" です。
すなわち、"I'm such a klutz!" ならOKです。

さらに、そのサイトでは "clumsy" を「おっちょこちょい」と訳して紹介していたのですが、これではニュアンスがまるっきり違います。clumsygraceful の対義語 (antonym) に当たる言葉で、主に身体的な不器用さを表します。つまり身体的なコーディネーションがあまりよく取れていないためよくつまずいたり、物を落としたりする人が clumsy であり、klutz に当たるのです。

She's such a klutz that she trips over her own feet.
(彼女はあまりにも不器用なので、何も無いところでもつまずいてしまうのよ)

もちろん、気が利かない人だと社交的に clumsy である、と言えますよね。そこで、"He's a social klutz," という表現もありますが、それでも「おっちょこちょい」とは程遠いと思います。


一体どこでこのような間違った情報を仕入れたのだろう、と試しに「"a clumsy" +おっちょこちょい」でGoogle検索をかけてみました。
すると、この問題のウェブサイトのほかに引っかかってきたのは留学帰りらしいモデル兼女子大生のブログ。彼女は時々拙い英語で記事を書いていて、彼氏の誕生日を忘れた自分を "such a clumsy" と形容していました。(違うのに!!)まさか、こんないい加減な情報源を元に「世界最大級のオンライン英会話サイト」の一言レッスンを作成しているわけではないですよね?

大手検索エンジンと大手オークションサイトによって運営されており、大手インターネットサービスプロバイダが毎週のメールマガジンで紹介しているウェブサイトであるため、多くの人が参考にしているに違いありません。
もう少し責任を持って正しく、美しい英語を紹介するよう、心がけるべきではないのでしょうか。
Or is that asking too much?
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2005年11月20日

Of veal and venison

昨日のレッスンで、好きなレストランについて語る、という項目がありました。

麻布にある Antonio's が好きだと答えた生徒さんに、では好きな一品は?と聞いてみると彼は
"Is 「カツレツ」 Japanese?"
と質問してきました。

"No, no, there are cutlets in English too. But the pronunciation is slightly different."
と教えてあげたところ、かれはミラノ風カツレツが好物だ、と付け加えてくれました。

ミラノ風(Milanese)なら子牛肉(veal)のカツレツだろう、と思い、ちょっと意地悪な質問だと思いながらも "What kind of meat?" と聞いてみました。

最初は "pork" という答えが返ってきたのですが、若い牛の肉ではなかった?と念を押すと、子牛の肉であったことを思い出したみたいです。

そこで、成牛の肉は "beef" だが、子牛の肉は "veal" になります、と指摘しておきました。

ちなみに生きている(食材ではない)状態では牡牛を bull、雌牛を cow、子牛を calf  と言います。
なぜ生きている状態と食べ物の状態では名称が違うのかというと、これには興味深い話があります。

1066年にフランス人であるウィリアム征服王(William the Conqueror)がイギリスに上陸し、王位に就いた後、イギリスの上流階級の人はみなフランス語を日常的に使うようになりました。しかし、家畜の世話をする人々は依然として英語を使い続けました。
結果として、食べる側の人は「肉」をフランス名で呼び、世話をする人は「動物」を英語名で呼び、機能によって分化してしまったのです。

実際、フランス語においては牛は boeuf、豚は porc、子牛は veau になっており、「家畜」状態と「食肉」状態において言葉の使い分けはなされていません。
(今度フレンチレストランに行ったとき、是非確認してみてください)


さて、なぜこれをわざわざ生徒に紹介しようと思ったかというと、2年ほど前の「事件」を思い出したからです。

当時使用していた中級レベルのテキストに掲載されていた会話で、子牛の肉を使った料理を注文するという場面がありました。
あるとき、教室に入って「前回までの範囲について何か質問はありませんか」と聞いたところ、生徒さんに "veal" は何ですか?と尋ねられました。
「子牛の肉だけど、前回のレッスンでやらなかったの?」と聞き返すと、なんと「先週の先生は鹿肉だと言っていたのですが、辞書では子牛の肉となっていたので混乱しました」と言われてしまいました。

そのグループの進捗状況が記載されたファイルを見ると、その前の週を担当したのがイギリス人のC先生。今はお国に帰ってしまいましたが、お調子者で生徒の人望も高く、今も連絡を取っているかなり仲が良かった人です。
まさか、と思いながら「間違いなく鹿肉、と言ったの?」と聞くと、「"Bambi" と言っていましたから...」
とのこと。
なかなか的を得た上手い説明だな、と内心は感心しつつも「いや、辞書を信頼して大丈夫ですよ。彼はきっと勘違いしてしまったのでしょう」と片付けたのですが、もちろん休み時間になったとたん、彼を捕まえて「先週生徒さんに veal が鹿の肉だと教えたの?」と問い詰めたのは言うまでもありません。

「ああ、そうだよ。だって鹿肉だろう?」との答えにしばし絶句。
「いや、鹿肉は "venison" だよ。食べたことは無いけど賭けても良い」と言いました。
「じゃあ、小鹿の肉だ」
「...」

たまりかねた私は本棚に常備してあった辞書で veal を引き、彼に渡して「ほら、子牛の肉でしょ?」と迫りました。
すると彼は途端におとなしくなって「ああ、悪かった。俺は本当に鹿肉だと勘違いしていたんだよ」と一旦は謝ったのですが、私がまゆを上げたのを見て「だって仕方がないだろう。俺はそんな高級な肉を食べたことがないんだから」といかにも彼らしく開き直りました。
これには思わず噴出してしまいましたが。

でも、彼は偉いことにすぐに教室に行き、自分から生徒さんに「先週は間違ったことを教えてごめん。俺は本当に勘違いしていたんだよ」と謝ったのです。

それ以降、メニューに veal という文字を見るだけでその先生の顔を連想してしまうようになりました。

さて、すごいな、と今でもしばしば思うのは、このように辞書に書いてあることとまるっきり違ったことを教えても生徒さんは先生の言うことを信頼してしまうことです。特に外見的に「いかにも外国人」という感じの先生であれば「ネイティブ・スピーカーの言うことは間違いない」という神話のもと、何を教えても素直に鵜呑みにされてしまう、と言っても過言ではありません。

私は外見が日本人である上、大抵は生徒に日本人であることをばらしているため、辞書を覆すような信用を得られるわけではありませんが、それでも間違ったことは教えないように日々気を付ける毎日です。
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2005年11月13日

It might go off. (字幕 其の参)

金曜の夜、久しぶりに字幕で間違いを発見しました。
しかも二つも揺れるハート

出典はテレビシリーズ 『24』シーズン3の第17話(05:00-06:00)です。
誤訳は本編そのものではなく、DVDの特典として付いていた、出演俳優と脚本家によるコメンタリーにありました。
(本編には原則としてほとんど誤訳と言えるほどの間違いがありません。字幕翻訳者が脚本を参考にできるからではないか、と思います。コメンタリーは翻訳者が耳に頼るしかなかったため、生じてしまったのでしょうか)

さて、コメンタリーを行っていたのはこの回の共同脚本を担当したロバート・コクラン (Robert Cochran)、そして捜査官として出演しているカルロス・ベルナード (Carlos Bernard) とレイコ・エイルスワース ( Reiko Aylesworth) の二人の俳優さんでした。

まず、分かりやすい方の間違いから。

MI6のロサンゼルス局にて、犯人について重要な情報が記録されているハードディスクを持ち出すために主役のジャックがそれをサーバ群から外そうとしているとき、コンピュータ室に仕掛けられた爆弾を発見します。そのときのコメント:

Reiko: "What's great about this show [is that] you actually think: It might happen. It might go off."
Robert: "And it does go off."

"go off" とは端的には「作動する」、という意味で、爆弾であれば「爆発する」という意味です。(もう少し穏やかな用法では、例えば警報や目覚まし時計が「鳴る」という使い方もありますが)

なので、正しい訳の一例としては:

レイコ:視聴者は"本当に爆発するかも"と思うわ
ロバート:そして実際に爆発する

対する字幕は
レイコ:視聴者は"爆弾は外せる"と思うわね
ロバート:実際外せる

???
"Off" という言葉に惑わされたのかもしれませんが、爆弾とハードディスクを混同してしまっているとしか思えないですね。

ちなみに、昨日レッスンでこの話をしたところ、その生徒さんはちゃんと "go off" を正しく理解しており、誤訳を聞いて笑っていました。


もう一つの間違いは、ウィルスに感染して死にかけている同僚を演じていた共演者の演技についてレイコがコメントしているものでした。

Reiko: "He had this glassed-over, faraway look in his eyes."

"glassed-over" とは直訳すれば「膜がかかった」、つまり「とろんとした」「ぼんやりとした」という意味があります。似たような表現で"glassy-eyed" があり、両方とも酔っぱらった人、または高熱に浮かされている人を形容するために用いられています。

なので、正しくは

レイコ:彼の目はぼんやりと遠くを見つめていて

となるのでしょうか。

字幕は、というと

レイコ:彼の目はガラスのように澄んでいて

になっていました。"glass" に引っかかってしまったのでしょうが、これでは意味がまるで逆になってしまいますよね。

B0002U8NOI.09.THUMBZZZ.jpg続きを読む
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2005年11月10日

「合コン」を英語に直すと?

昨日教えたプライベート・レッスンで「人的ネットワークを広げるためのインターネットの活用方法」というトピックについてのディスカッションがありました。
テキストにはとりあえずウェブサイトとEメールしか出ていないのですが、時事性(currency) を持たせるために最近はブログ (blog) やSNS (Social Networking Services) についても触れるようにしています。

まだまだブログを持っている生徒さんは少ないため、ブログって何?という方もたくさんいらっしゃるのですが、昨日の生徒さんには「ブログ持ってます」と言われました。
中央省庁勤務の方だったので、霞ヶ関の官僚は一体何について書いているんだろう、と興味を抱き、思わず聞いてしまいました。

"What do you write about?"
答えは
"Gathering parties."

???
"Gathering" とは一体何なのだろう。最近ネットオークションで共同購入者を集って商品の単価を下げて購入する「ギャザリング」というシステムのことを読んだが、そのことだろうか。でもそれはすべてネットでできるのでわざわざパーティを開く必要はないのに...

と考えながら聞き返してみると、どうやら「合コン」について書いている、と言いたかったみたいです。
ああ、それなら単に "party" にした方が良いですよ、と訂正しておいたのですが、彼は納得しなかったのか、最後まで "gathering party" を使っていました。

さて、「合コン」をどう英訳するか。
少なくとも私の知る限りでは、これは日本独特のシステムです。
もし誰か幹事が友達を集めて、友達に友達を連れてくるように頼んだのであればこれは普通に "party" で良いと思います。"Party" では響きがあまりにもフォーマルすぎる、というのであれば "get-together" ("to get together" という動詞句の名詞形)が良いかも知れません。
カップルを作ることが主な目的であることを強調したいなら "matchmaking party" と言えないこともないかもしれませんが、この場合、幹事は相手探しに興味が無い仲人役 (matchmaker) ということになるので、合コンよりも結婚情報サービスのパーティの方に近くなってしまうような気がします。

やはり "party" や "get-together" あたりが無難なのではないでしょうか。

ちなみに、合コンの特殊性を踏まえてか、私の同僚の中にはあまり日本語の語彙が無いのにしっかりと「合コン」という日本語を知っている人が何人もいます。なぜか「お持ち帰り」という言葉までも。一体どこで覚えたのでしょう...追記
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2005年11月09日

ゴミについての考察

今日も帰りがけに自転車に乗ろうとしたところ、カゴの中に誰かが捨てた丸められたチラシを発見しました。

確かに私もちゃんとした駐輪場ではなく路上に止めているため、あまり文句を言える立場には無いのかもしれませんが、それにしても人の自転車のカゴをゴミ箱代わりに使うのはあまりにも酷いと思いません?

...と一人で憤慨していたときにふと頭に思い浮かんだのは、英語だとゴミにも色々あるな、という考えでした。
一般的な和英辞典では何を紹介しているのだろう、と試しに大修館の『ジーニアス和英辞典』を引いてみると、garbagerubbishlitterwastedirtdust が出てきました。

なぜ trash refuse が出てこないのか、など編纂者の意図を理解しかねる点がいくつかありますが、とりあえず中辞典レベルでも6つの訳語が出てくるんですね。
言うまでも無く、これらの言葉はすべてイメージないしニュアンスが異なります。

まず、最も一般的な言葉は garbagetrash かと思います。
前者は生ゴミを中心とする濡れていて臭うもの、後者は乾いている比較的クリーンなもの、という風に使い分けられています。
なので、最近のシステムキッチンで人気の生ゴミ処理機は garbage disposal、机の脇に置いているゴミ箱であれば trash can になります。
(ちなみにコンピュータの基幹ソフトウェアであるWindows上 の「ごみ箱」は英語バージョンでは "Recycle Bin" と呼ばれています。

「価値が無いもの」という意味での「ゴミ」と比喩的に言いたい場合には両方使えますが、ここでも意図することによって微妙な使い分けがなされているような感じがします。
例えばこの間生徒さんがキャンセルして暇を持て余していた私はスタッフ・ルームの隅にあった本棚から本を選んで読んでいたのですが、同僚に "Why are you reading that? That's trash!" と非難されてしまいました。もしその本が単に私の時間の無駄 (waste of time) であるだけではなく、私に精神的な悪影響を及ぼすと思われるものであれば彼は "That's garbage!" と評したことでしょう。
Garbage を扱えば臭いが体に移りますが、trash ではその危険性が低いからかもしれません)

なお、イギリス英語では rubbish が一般的で、ゴミ箱は通常は rubbish bin になるみたいです。
以前仲が良かったイギリス人の同僚はしばしば「信じられない!嘘だろう!」という意味で "That's rubbish!" と言っていました。偽の情報にはゴミのように価値が無い、ということでしょうか。

以上は一般論です。
ゴミ各論に移ればさらに様々な言葉があります。

例えばポイ捨てされたゴミであれば "litter"。「ポイ捨て禁止」という意味で、公園などではしばしば "Do not litter." や "No littering." という掲示を見かけます。

非常に細かいゴミであればやはり「埃」「塵」という意味の dust が一番でしょう。「目にゴミが入った」のであれば "I got some dust in my eye." と言います。
平家物語の冒頭に「ひとへに風の前の塵に同じ」という一節がありますが、これも "Like a fleck of dust before the wind." でニュアンスが伝わるのではないでしょうか。

Waste はどちらかというと「廃棄物」という意味で使われることが多いです。例えば工場等から出た「有害廃棄物」ならば "toxic waste" になりますね。

同じく「廃棄物」という意味で使われるのがrefuse (「断る」という意味の動詞とは発音が違うので注意!)ですが、waste と違ってどちらかというと無害なものに使われるような気がします。

そして、家庭で大事な「ゴミ出し」の行為であれば "to take out the trash" がよく使われます。家庭から家の外までは "trash" なのに、それを集めに来るゴミ収集人は "garbage collector"、そして彼らが乗っているのは "garbage truck"。
自分の手から離れたとたんにより汚いものにしてしまうとは、人間って勝手ですよね。

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2005年11月06日

学校英語のレベルの高さ

時々英会話学校の宣伝で「学校英語は使えない!」という内容のものを目にします。

実はこのような内容の宣伝はあまり好きではありませんし、賛同することもできません。学校英語も決して捨てたものではないのです。(逆に最低6年、大学での教養課程を入れれば最低8年の苦労を全否定するようなところに自分の英語力の向上を託す人々がたくさんいるらしいことに驚きます)

実際、私が今勤めているスクールが数年前に教材を大幅に変えたときにはそのうちの大きな理由の一つがそれまでの初級レベルの教材では生徒さんの潜在的知識 (passive knowledge) が十分に活かされないからつまらない、というものでした。

中学校の教科書を丸暗記したらちゃんとしゃべれるようになった、という人の話を新聞で読んだことがありますが、それは十分にありうることだと思います。
大学受験レベルともなればかなり難しい語彙 (difficult vocabulary) や複雑な構文 (complex structures) を扱うことになります。

今日、あらためてそのことを実感しました。

妹の誕生日パーティで彼女と久々に顔を合わせたのですが、アドバイスが欲しいと言われて参考に見せてもらったのが彼女が教えている私立中学校の3年生向けの実力テストの問題でした。
それを見ると、正しい前置詞の使い分けなど今教えている社会人の生徒さんが苦労しているような問題がずらりと並んでいました。また「『今度お会いするのを楽しみにしています』を英語に直せ、などかなり実用的 (practical) な問題も。「これ、みんなちゃんと答えられるの?」と聞くと彼女は「それぐらいはできるよ」とさらりと答えていました。

では、なぜ大人になってから苦労する人が多いのでしょうか。

一つは忘れてしまう、ということだと思います。これは使わなければ仕方がないことですよね。
二つ目には受身的な内容が多いこと、かもしれません。実際妹に見せてもらった問題にも穴埋め・並べ替えが多く、作文の問題はごくわずかで、しかも日本語から英語に直す、というものでした。入試問題にはそういうものが多いため、仕方がないのかもしれませんが、人に与えられたものを英語に直すだけではなく、自分の頭で考えた内容を言葉にする訓練が足りないのではないでしょうか。
最後にはやっぱり教師の質でしょうか。同僚の中には普通の中学校や高校でALT (Assistant Language Teacher) として教えている、もしくは教えた経験のある人がかなりいますが、彼らは「英語の先生でも英語がしゃべれない人が多い」と言っています。これでは音読であっても正しい発音やリズムを教えることができないため、「読めるが聞き取れない」という人を生み出すことになりますよね。

とりあえず考え付く理由はこれぐらいですが、みなさんはどう思いますか?
是非ご意見のほどをよろしくお願いいたします。
posted by EnglishMaster at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

ボンド流の自己紹介

昨日、「パーティでの自己紹介」というトピックでの中上級レベルのレッスンを教えていたときです。

この間パーティに行った時に、アメリカ人やイギリス人は "I'm John." のようにファースト・ネームで自己紹介していたのに対し、日本人の人は(英語が堪能な方でも)"My name is Yamada" のように苗字で自己紹介をしていて、なんとなく紛らわしく感じられたのを思い出しました。

案の定、昨日教えていた生徒さん(男性)も最初のうちは律儀にフル・ネームで自己紹介していたのですが、場面設定を色々と変えていくうちに苗字 (last name) だけになってしまいました。(これは特に男性によくある傾向で、女性は割りと素直にファースト・ネームだけを使いますね)

やっぱり「山田です」という自己紹介の仕方に慣れていると、癖は中々抜けないのでしょうか。
ファースト・ネームかフル・ネームを使うべきだ、と訂正しようと思ったとき、ふと考えてしまいました。実は "My name is Yamada," という自己紹介の仕方は「使い慣れている苗字の方で呼んでください」という意思表示なのではないか、と。

そして、連想したのが映画 『007』シリーズでおなじみのジェームズ・ボンドです。
彼も自己紹介の時には必ず苗字からスタートし、次にフル・ネームを言いますが、これは彼の「あくまでもフォーマルな関係を保ちたいので "Mr. Bond" と呼んでくれ」という意思表示です。そして、フル・ネームをその後に続けることによって混乱を避け、相手にファースト・ネームで呼びかけるきっかけも与えています。

あ、これは使える!と思った私はさっそく生徒さんに "Do you know the James Bond movies? How does Bond introduce himself?" と聞いてみました。すると茶目っ気たっぷりのその生徒さんはちょっと格好をつけて胸を張り、"My name is Bond. James Bond." ともっともらしい口調で言いました。

あまりにも決まりすぎていたので二人とも大受けしてしまいましたが、ひとしきり笑い終わった後、「実はこれをあなたの名前でも使えますよ。もし苗字だけで自己紹介するのに慣れているのであれば、その後フル・ネームでフォローするようにした方が親切だと思います」と教えてあげたら、とても気に入ったみたいで自分の名前で何回も練習していました。

言い方によってはちょっとキザな印象を与えるかもしれませんが、まじめな口調で例えば "My name is Yamada; Taro Yamada." と言った場合、実はとても日本人的な(良い意味で)自己紹介の仕方になりうると思います。

女性にはあまりオススメできませんが(というより、女性はファースト・ネームを使うことに比較的抵抗が少ないため、このような裏技は不要だと思います)男性の方はこれからパーティの多くなる季節、是非試されてはいかがですか?


posted by EnglishMaster at 21:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

逆流する時代

相手選びの基準について呆れ、嘆いていた数日後、NYTマガジンに同紙の人気コラムニストである Maureen Dowd による、似たような危機意識を基にした "What's a Modern Girl to Do?" という記事が載りました。

今度彼女が出版する本から抜粋されたものですが、共感する女性が多いのか、昨日から「最もEメールされた記事」の首位をキープしています。
その記事ではなぜ男性が同僚よりも秘書と結婚したがるのか、なぜこの傾向が最近になって顕著になってきているのか、それに対して女性の対応はどう変化しているのかが鮮やかに描かれています。

その中で彼女が使う表現があまりにも面白いので、ここでちょっと紹介をさせていただきます。興味のある方は The New York Times で是非もとの記事をチェックしてみてください。今週の日曜日までは無料で読めます。

なぜ男性ができれば自分より学歴や社会的地位の低い女性に惹かれるのかについて、男性は早くから自分のデリケートなエゴ (fragile egos) を守るためできる (high-achieving) 女を避けることを覚えると解説してありました。記事で紹介されたニュース番組ではインタビューされたハーバード・ビジネス・スクールの女子学生が自分の学歴を一切口にしないという話も。彼女たちによると、Harvard Business School は "H-bomb"([恋愛の破壊力抜群の]水素爆弾)に当たるのだとか。もちろん、逆に男性が「僕はHBSに行ってるんだ」といえば、女が群がりはじめます。

映画でもこの流れは顕著に出ているとも指摘されていました。例えばここ数年内にヒットした "Spanglish""Maid in Manhattan""Love Actually" などには男と張り合うよりも面倒を見てあげることに喜びを感じる女性が理想として描かれており、"Spanglish""Love Actually" ではまともな会話どころか言葉が通じない人同士が恋に落ちる。
もはや平等を求める (seek equality) 女性は自己中心的なナルシスト (selfish narcissists) 、そして愛されるよりは捨てられてしまう存在 (objects of rejection rather than affection) とみなされつつあるという現実の投影だというのです。

またデートの流れについての考察では以下の話も。
現代の女の子はデートの前に Googling (検索エンジン「グーグル」を用いて相手について調べ上げること)や Bikramming (今アメリカで人気のホット・ヨガで体を鍛えること)という作業が入る点が昔とは違います。
でもそんな女の子でもデートの最後を締めくくるのは "the Offering" (「申し出」)。これは食事代を一部負担するという申し出だが、あくまでも insincerebid に過ぎないというわけです。そしてこの offer を断らずに accept すれば、その男性はそこでおしまい (it's over!)

平等がうたわれていた時代 (the Age of Equality) においては割り勘 (going Dutch) が流行っていたこともあったが、いまやたとえ女性のほうがデートの相手の男性より収入が多いとしても、she expects him to pay (彼が払うのが当然と思っている)
理由はお金を払わせることによってその男性に対する自分の魅力を再確認し (prove her desirability) また恋愛関係を暗示するため (to signal romance)。

で、その代償で男が求めているのはセックス。今やどの年代の女性でも Jessica SimpsonEva Longoria のような sex kitten(子猫のように可愛らしい、性的魅力に溢れる若い女性)を目指しており、objectification (具象化、ここでは性の対象としてのみ見られること)に反抗 (fight) するよりもむしろそれを歓迎 (welcome) しているのだ、と。

かなり過激な感じがしますが、どう思いますか?

私個人は Offering の話に共感できますね。自分に恋愛感情を抱いているのかな、と思っている男性が「いいよ。俺が払うよ」と言ってくれなければがっかりしますし、同時に「こいつはダメだ」ということになりますね。
ただし、その反面で自分が絶対恋愛の対象と見ることができない男性におごられるのは絶対に嫌です。

かくして先週の土曜日、彼氏にする気が全く無い男性の友達にフレンチ・レストランに連れて行かれた私はすばやく勘定の約半分に該当する紙幣をトレーの上に置いてしまいました。

口先で抗議しただけで結局は私の offeraccept した彼を見ての感想は三つ。
一つは「良かった」という安堵感。二つ目は「損をした」。三つ目は「やっぱりこいつはダメだな」。

世の中にはその気が全く無い男性から貢がれても素直に喜ぶことのできる女性がたくさんいるみたいですが、一瞬彼女たちが羨ましく思えましたね。
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2005年10月26日

相手選びの基準

今所属している銀座校が閉校になるということで、一応スタッフと講師のための慰労パーティなるものが企画されているみたいです。

そのパーティについて話していたときに、同僚に「どんなパーティなんだろう」と聞かれました。

「え、どういうこと?」と聞き返すと、「いや、友達を連れて行きたいな、と思って」と言われました。

私は思わず「この間の友達とは違うお友達?」とからかってしまいました。

実は先月、映画を見に行ったときにその同僚の彼女にお会いしていたからです。
そのとき場違いなほどにおしゃれをしていて口数が少なかった彼女は、その日の帰り道に彼に向かって「英語がペラペラしゃべれる女性には威圧感を感じるのよね」と言ったらしく、彼が「そんな考え方しかできない女性だとは思わなかった」とぼやいていたのを覚えていたからです。

案の定、彼は「ああ、彼女とはもう別れようと思っているんだ」とこともなげに答えました。
ところが罪悪感を感じたのもつかの間、彼の次の一言にはびっくりしました。「彼女にメールを送って、買い物に費やす時間があるなら本でも買ってその空っぽな頭に中身を入れたらどうか、と言おうと思っているんだ」

それには反論せずにはいられなかったですね。「それはあまりにもひどくない?第一、彼女が気に入ったから付き合い始めたんでしょう?」

すると彼は悪びれた様子も無く、「だって彼女は買い物に行って、デートのたびに新しい服をみせびらかすことことしか頭に無いんだぞ。最初は可愛いと思っても時間が経つと飽きちゃうんだよね」

なんて勝手な奴なんだ、と思いながら「でも、そういうのが好みのタイプだと思っていたんだけど。昨年のクリスマス・パーティにつれてきたのも同じようなタイプの人だったよね」と指摘すると、さすがに顔を少し曇らせて「うん。だから基本的にあまり長続きしないのかな」と反省している様子でした。

呆れた私は「今度はほとんどお化粧もしないような研究者とでも付き合ってみなさい!」と一喝してしまいました。

しかし世の中の男性たるもの、彼と同じような基準で相手を選んでいる人もかなり多いのだろうな、とも思ってしまいました。周りを見ても、相手にまともな会話能力を求めていない人が圧倒的に多いですね。

そのまま会話ができない相手と結婚までしてしまって、共通の話題も趣味も無い、と嘆いている人も時々みかけます。
その点、数回のデートで見極めがついている同僚はまだまともな方かもしれませんね。
皆さんはどう思われますか?
posted by EnglishMaster at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする