2006年12月15日

生徒の気分

英会話講師という職業は、残念ながらあまり福利厚生が充実しているものであるとは言えません。

でも、今の会社の従業員としての数少ない美味しい特典の一つに、習いたい語学のレッスンを格安で受けられる、というのがあります。
最近、これを利用しないのはあまりにも勿体無いような気がして、フランス語のレッスンを受けよう、と考えているところです。

というのも、フランス語は一度大学で勉強した経験があり、大学3年の時には仏検2級まで取った経験があります。今でも雑誌の記事ぐらいなら大体の内容は理解でき(英語と語彙の重なりが多いため)、フランス語のメニューを正しい発音で読むことぐらいはできるのですが、残念ながら会話の方はかなり覚束なくなってしまっています。
これではちょっと悔しい、と思ったのがきっかけです。

(毎朝、駅に送ってもらうときに、いつもラジオのNHK第2放送でフランス語の番組を流しているのに触発された、というのもあるかもしれません)

さて、スタッフレッスンを受けようと決心しながら、手続きが面倒で二の足を踏んでいたところ、一昨日、フランス語科の長老である先生とお話をする機会がありました。

彼に「フランス語を勉強したい」と言うと、「でも君は勉強した経験があるんだろう?」と聞かれ「今ちょうど休み時間だから実力を試してあげよう」なんて言われ、いきなりフランス語で会話を切り出されました。

これが意外と辛かったです。
「冬休みのバカンスの計画は?」と聞かれ「何も無い」と答えると、「なぜだ?」とすかさず聞かれました。「計画を立てるのが面倒だ」と言うための語彙は無いし、「怠け者」という言葉も出てこない。そもそもそんな言葉は勉強したのだろうか、などと考えてしまう。困った挙句、「だって色々なことを考えて、決めなければならないでしょう?」で、やっと「ああ、要するに君は怠け者なんだね」と言われ、「怠け者」という言葉を教えてもらえました。

このとき、改めて一生懸命言葉を探しているときの生徒さん(特に初級者)の気持ちが痛いほど分かりましたね。時々話が教科書とは全く別方向に行ってしまうと、途中でパニックに陥り、「もう良いです。ギブアップ」と言う方がいますが、なるほどギブアップしたくもなるものだな、と思いました。
同時に、助け舟を出してもらったときのありがたさ、というものも実感しましたね。

思うに、習う側の立場が分からなければ、効果的に教える、ということはできないですね。その点、周りの同僚を見ても、外国語をマスターした経験がある人ほど、教え方が丁寧であるような気がします。
どれほど大変なことであるかを身をもって知っているからです。

以前にも考えたことですが、本当は「格安での受講」なんていう特典ではなく、教師には毎年好きな語学を何レッスンか会社の負担で受講させる、という制度を作った方が良いのではないか、とさえ思います。
もちろん、研修では必ず「ダイレクト・メソッドの体験」ということで今までやったことのない語学(私の場合はインドネシア語)のレッスンを受けさせられるのですが、研修から年数が経つと段々その経験が薄れていくからです。

でもこの提案を上司にしたら、「理想としては素晴らしいが、ちょっと非現実的ではないかね」とあっさり切り捨てられてしまいました。
悲しい...

ちなみに、前述のフランス語のレッスンの続きですが、その先生には「仕事で怠けるのは分かるが、バカンスを取るのを怠けるとは何事だ!君は人生というものを分かっていない」と思い切り起こられてしまいました。
「あと、誰か一緒に言ってくれる人がいなければダメだから」とこじつけて言っても「そんなものは計画を立ててから誰かを誘えばよろしい。君について行ってくれる人はたくさんいるだろうよ」とのこと。

このところ中途半端に忙しくて、なかなか休暇を企画するまではいかなかったのですが、年が明けたらどこかに行こう、と真剣に考え始めた今日この頃です。
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2006年12月10日

学習に向いているドラマ(2)

以前、学習に向いているドラマ、というものを紹介しましたが、今は大分趣味が変わり、最近はまり気味なのが、このドラマです。

westwing.jpg

邦題では『ザ・ホワイトハウス』として知られていますが、原題は "The West Wing"。大統領官邸は執務用のWest Wing(西棟)と大統領とその家族の居住用の East Wing (東棟)に分かれているのですが、この物語は大統領の仕事に焦点を当てているためです。とはいえ、East Wing での大統領夫人とのやりとりも時々出てきます。

以前、NHKの衛星放送で放送されていたときには、あまり興味を持たなかったのですが、この間、偶然にもケーブルテレビのスーパードラマTVで再放送中であることを発見してから、すっかり気に入ってしまい、なるべく録画して観るようにしています。
今夜11時から第2シーズンの最後の2話で、17日からは第3シーズンが放送されるみたいです。

この物語の面白いところは、連続してすべての話を見なくても楽しめるが、少なくとも一話単位では最初から観ないと訳が分からない、という点でしょうか。
数年前にNHKで見たときにはまさに一話の途中からであり、全然話についていけなかったのですが、一話単位できちんとまとまっているため、シーズンの途中からでも大丈夫です。

一話単位できちんとまとまっている、各回ごとにいくつかの「決め台詞」みたいなものがあり、それらが異なる場面で繰り返し出てくることによりユーモアが演出されるからです。

この「繰り返し」こそが、教材として最高のものに仕立てている、と言って良いでしょう。

例えば、この間見た回では、広報部次長のサムが大統領に向かって、良いスピーチを書いたお礼として顧問弁護士のアインズリーに会ってくれ、と頼みます。偶然顔をあわせたかのように僕が演出するから、と。
これに対して、大統領は「彼女に会ったときに一体何と言えば良いのだ」と尋ねます。そこで、サムは
"How about...'A lot of people assumed you were hired because you were a blond, Republican sex kitten, and well, they're obviously wrong. Keep up the good work,'" という台詞を提案します。大統領は "That's good. I like that," と言い、実際に彼女に会ったときにそっくりそのまま同じ台詞を口にします。
しかし、実際に彼女に会うのは、彼女がペンキでスーツを汚してしまい、バスローブ姿で地下のオフィスでお酒を飲みながら踊っていたときです。で、その場の雰囲気からすると、せっかくのその台詞が皮肉にしか聞こえないのです。
大統領が去った後、サムは落ち込んだアインズリーを慰めるために、
"That could've been worse," (もっとひどい状況もありえたよ)
と言った後、
"No, probably not." (いや、ないかもな)と言葉を変えます。笑えます。

このように、コメディにあるようなあからさまなギャグというものは無いのですが、随所にこういった控えめで知的な大人のユーモアというものがちりばめられているのです。

他におすすめのポイントは、語彙、トピックス、登場人物の話し方ですね。

一応米国政権の中枢にある人々を描いているため、登場人物の多くはエリートで、エリートにふさわしい語彙、文法が用いられています。

以前、『誰も使わない表現』でも似たような内容に触れましたが、"How do you do?" を使う人なんかいない、"whom" なんて古い、その単語は書き言葉であって会話では使われないよ、などと言われてショックを受けたことのある人であれば、一度このようなドラマを観ると良いでしょう。
(ちなみに、新任の大使の認証式が中心となったエピソードでは、英国大使の秘書が"How do you do?" と挨拶しましたが、主席補佐官レオには無視されてしまいましたね)

トピックスも、麻薬戦争、教育、銃規制、女性の地位向上、貿易など、旬のものばかりです。今見ているシーズン2は数年前に製作されたものですが、未だに色鮮やかな話題ばかりですね。
ただ、製作者がリベラルであるだけに、問題に対する対処の仕方が今のブッシュ政権とは大分方向性が違う点が非常に興味深いです。

話し方、と述べたのは、時々「ニュースなら聞き取れるが、ドラマは全く理解できない」と生徒さんに言われるからです。
このドラマは、どちらかと言うと「ニュース調」です。会話のテンポはやや速めだったりしますが、登場人物の発音は比較的発音が明瞭で、記者会見やスピーチの場面、(時々ニュース番組の報道の場面なども入る)だと少し話のテンポが落ちたりします。
あと、イディオムはそれなりに使われているが、スラングは少ないほうかもしれませんね。

以上より、正統派のビジネス英語を目指しているか、英検や国連英検の上位の級を狙っている方なら必見だと思います。

個人的には、ドラマのリアルさも好きです。
もう年だからかもしれませんが、最近は「フレンズ」や「アリー」のようにルックス抜群の人ばかり集まっている番組には面白みを感じません。
"The White House" では主演のマーティン・シーンは背が低く、足が短く、お腹が少し出ていて、顔にしわもあるのに、魅力的です。ファースト・レディもオーバーウェイト気味、報道官のCJもP.D.James の言葉を借りれば "handsome, perhaps even beautiful, but certainly not pretty"
という感じですね。そして登場人物の誰もが、疲労のあまり目の下にクマを作っていることが多いです。
大統領も完全無欠ではなく、時には間違いを犯して反省をし、悩むところがとても良いですし、スタッフもエリートながら時には個人的な弱さを前面に出したり、「あの話題を僕の了解を得ずにスピーチに入れた」などを理由に復讐劇に講じたりするのです。

冒頭では、連続して観なくても楽しめる、と書きましたが、やっぱり連続して観ればちゃんと物語の色々な伏線もフォローできるかな、と考えています。
ちなみに、アマゾンで探したら、第1シーズンの前半のセットを¥2,615で売っていました。これならレンタルするのとあまり変わらないかも?と、思わず注文してしまいました。

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2006年11月27日

(続)英語は英語で

さて、前回述べた通り、私はかなりの確固たる信念を持って「英語だけ」にこだわってきたのですが、最近その信念が大きくゆらぎました。

とある生徒さんに「日本語ができる先生が良い」とリクエストされて、時折日本語の解説を入れるようなレッスンをしたのがきっかけです。

実は、それは別のベテランの先生が勧めたことであり、その生徒さんが基礎を全く理解できなくて苦労しているから、誰かがちゃんと解説してあげた方が良いかも知れない、と進言したことから始まったのですが。
(果たして生徒さんの方からそのようなリクエストをしても、「方針に反する」として認められないかもしれません)

ともあれ、「習うよりひたすら慣れろ」というポリシーを捨てて、必要に応じてちゃんと解説も入れました。

と言っても、大した解説ではありません。
文法解説にいたっては、「一つの文には一つの動詞しか使えません。それはBe動詞か、Be動詞以外の動詞です」ぐらいのレベルのものです。
現在進行形あたりまで行った時、ほとんど英語で例文を対比させるだけで飲み込めるようになっていました。

むしろ、日本語の解説が役に立ったのは、ある会話の背景状況や宿題の指示を説明するときでした。
(面白いことに、その生徒さんは「この宿題は文の形を変えるだけで良いのですよね?それは簡単にできたのですが、でもどうしてこんなことをやる意味があるのか分かりません」なんて鋭い質問をしてきたのです)

あとは、復習の仕方を直接、日本語で説明してあげた点ぐらいでしょうか。

面白いことに、彼女は最初に予想していたよりもはるかに早く上達していったのです。彼女と同じように全く潜在知識が無いような生徒さん(Complete Beginner)では一つの章を消化するのに6レッスン以上かかってしまうことも珍しくないのですが、彼女は最終的には3レッスンちょっとで一つの章の内容を身に付け、応用できるようになったのです。
「一応読み書きはできるが会話ができない人」(我がスクールではこのような人を False Beginner と呼んでいます)を前提とした基本ペースが一つの章に対して4レッスンとされていることを考えれば、驚異的なことです。

もちろん、本人がものすごい努力家であったことは言うまでもありません。
でもそれに加えて、疑問を残さずにそのつど内容をちゃんと理解しながら進むことができたことが大きかったのかな、という気がしました。

初心者(特に彼女のような Complete Beginner)にとって一番難しいのは質問することだと思います。「英語のみ」というカリキュラムに基づいて学習する場合、それで躓いてしまう人の多くは、実は分かっていないのに、質問するのが難しかったり面倒くさかったりで「とりあえず分かったフリをしておこう。家に帰ってから自分で調べよう」と考える習慣がついてしまい、だんだん付いていけなくなった人ではないのでしょうか。
そういう人にとっては、実際には使わなくても「いざという時には日本語で質問できる」というセーフティネットが重要なのかもしれません。

と考えるようになってから、レベル1の人に対して以前に比べて助け舟を出してあげることが多くなりました。道順の聞き取りで "Chestnut Street" という一言に首を傾げていた生徒さんに小声で「栗」と教えてあげたり。(おおっ、なるほど、栗通りか!なんて喜んでいましたが)

もちろん、そのような手助けなど必要とせずに、すらすらと新しい単語や構文を飲み込んでいける人もたくさんいます。ですが、みんながみんな、そういう言語的なセンスに恵まれているとは限りません。
以前にもセーフティネットを本当に必要としていた生徒さんがいたな、と思うと、今まで少し頭が固かったかもしれない、と反省せざるを得ません。
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2006年11月18日

英語はなぜ英語で勉強すべきか

今日、ある中級のレッスンでリスニングをやっていたときのことです。

食事は美味しかったけど、ものすごく混んでいて手際が悪かった新しくオープンしたレストランについて、そこに行った女性が友人に向かって

"I don't think they were expecting to become so popular so fast,"

と言う場面がありました。

そのとき、生徒さんに「この文の意味が良く分からない」と言われてしまいました。「このレストランは、たくさんのお客に来てほしくなかったのか」と。

ああ、これはありがちな、"to expect" =「期待する」で覚えているために生じた混乱だな、と気付いた私は、以下のような問答をしました。
(すべて実際は英語で行われた会話を、適当に日本語に直したものです)

「常識的に考えてください。あなたがレストランの経営者だとして、お客さんにたくさん来て欲しいですか?」
「もちろん、たくさん来て欲しいです」
「でも、全く新しい小さなレストランで、あまり宣伝にお金をかけられないとしましょう。はじめからたくさんのお客さんが来ると思いますか?」
「ああ、そうだったら、あまり来ないでしょうね」
「そう、あまりたくさん来るとは思っていなかった。でもたくさん来てしまった。だから対応しきれなくなって、サービスの質が落ちた。つまり、"think something will happen" イコール "expect something to happen" ですよ」

"expect" =「期待」と覚えていると、とんでもないことになります。
なぜなら、「期待」はポジティブなものに対してするものだからです。
一方、"expect" は悪い状態を予想していた場合にも使えるのです。
"I expected to be late, but we actually arrived on time." (遅れるかと思ったけど、実はちゃんと予定通りに到着したよ)
"Hey, she was actually better-looking than I expected."(想像していたほどブスではなかったな)

この言葉をきちんと使いこなすためには、"expect" =「期待」よりも"think something will happen" = "expect something to happen" のような対応関係で理解した方がはるかに良いのです。

実は、先月、丸善本店の洋書売り場の横で、同じような内容の講演をしていた人がいました。通りかかったときに、その講師の人が「"wall" は『壁』ではない」と力説しているのが聞こえて(結局その場では何の解説もなかった)、一瞬「何を言っているんだろう」と思ったのですが、良く考えてみれば全くその通りです。

"wall" は家や部屋の「壁」に該当する場合もありますが、一方庭と庭との境目にある「塀」も "wall" と言います。ハドリアヌス帝がイギリスとスコットランドを分けるために用いた "Hadrian's Wall" は日本語で「ハドリアヌスの防壁」と訳されていますが、同様の機能を持つ "The Great Wall of China" は日本語では「万里の長城」となりますよね。
つまり "wall" = 「壁」と理解していたのでは、その全貌をつかめない、ということです。おそらく、その講師の人もそのようなことを言いたかったのではないでしょうか。

一々日本語に訳すことはある意味簡単です。しかし、それだと言葉の表面をなぞっただけで、あるいは一面を捉えただけで、なんとなく分かったような気になってしまいます。
一方、"wall" を英語のまま理解しよう、と思ったら、まずそれを実際に目にするか、想像するかをしなければなりません。"expect" のような抽象的な言葉であれば、より噛み砕いた英語の表現から自分で意味を模索しなければなりません。その結果、最終的に「ああ、『壁』のことだな」とか「つまり、『期待、予想』という意味だな」に行き着くことになるでしょう。でもこの過程がものすごく大事だと思うのです。

そして、たとえ初心者のレベルであっても、日本語の解説なしですべて英語だけで理解するように努力しながら英語を勉強すれば、この過程を経て真の実力が付くと言えるでしょう。

だから、私は(この間英文で書きましたが)生徒さんがすぐに電子辞書に頼るのは問題だと思います。生徒さんが例えばポロリと「怠け者」という日本語を口にした場合でも、すぐに該当する英語を教えてあげるのではなく、まずその人が絶対に分かるようなレベルの英語で、"Are you hard-working?" と聞き返し、"No, I'm not hard-working," という答えが返ってきてからはじめて "Then, you're lazy." と教えるように心がけています。時々面倒になってすぐに助け舟を出してしまうこともあるのですが。

翻訳や通訳の勉強をしているならいざ知らず、単に話せるようになりたいだけならば、できるだけ日本語に頼らないでやる、というのが正攻法であるな、と再び実感する今日この頃です。

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2006年11月06日

千の風の詩

実は、ちょっとしたきっかけで以下の詩の訳に挑戦することになったので、紹介します。
6日のNHKハイビジョンでの番組の題材となっているものです。

さて、あることわざによれば、
A translation is like a woman: if it is faithful, it is not beautiful; if it is beautiful, it is not faithful.
(翻訳は女のように、忠実であれば美しくなく、美しければ忠実ではない)
ということですが、どうしても美しさよりも忠実性を重視してしまいます。

やっぱり詩だと難しさは格別ですね。

Do not stand at my grave and weep
私のお墓で泣かないで
I am not there; I do not sleep.
私はそこにいないのだ
私は眠っていないのだ
I am a thousand winds that blow,
今は千の風であり
I am the diamond glints on snow,
きらめく雪の精であり
I am the sun on ripened grain,
豊穣を照らす太陽であり
I am the gentle autumn rain.
優しい秋雨なのである
When you awaken in the morning's hush
朝の静寂に目覚めたとき
I am the swift uplifting rush
私は静かに飛翔する
Of quiet birds in circling flight.
鳥の一群となっている
I am the soft starlight at night.
夜の柔らかい星明り
そこにも私を感じて欲しい
Do not stand at my grave and cry,
私のお墓で泣かないで
I am not there; I did not die.
私はそこにいないのだ
私は死んでいないのだ
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2006年09月24日

What price beauty...

ストレートパーマをかけたことのある人、読んでくださっている方にも多数いらっしゃると思うので参考までに...

On Friday, I sat through three hours of torture in order to get my hair straightened.

To those of you who have not had the pleasure of this procedure yet, I should warn that it is a long and arduous process.

First, you have to get your hair shampooed, albeit lightly, to make sure that your hair is clean and free of any styling agents, I suppose.

Then, you have to sit there feeling faint while a noxious paste is applied to your hair. This, ostensibly, is to soften your hair and prepare it for the next stage.
After it's applied, you have to wait until it sets, although you have to breathe through your mouth the whole time to avoid inhaling the fumes. The staff are remarkably nonchalant about this, saying comforting things like "Please let us know right away if you feel sick. Quite a few people do."

Next, after they've tied a few strands of your hair in knots to make sure that the paste has worked its magic, it's back to the sink for another shampooing.

Then comes the most important part: the ironing out, lock by unruly lock.
The last time I tried this, my hair came out unnaturally straight, and I despised the way it looked for about a month. This time, perhaps because I’d been so forthright in expressing my reservations (I'm not sure I want to straighten it again; it looked awful the last time and I hated it!), my stylist wielded one of the irons himself, instead of entrusting me wholly to his minions.
Although I could see steam rising from my hair, accompanied by the faint whiff of something burning, I knew that I was in good hands. Each lock my stylist handled fell gently from the iron with just the right amount of curl to it, a feat that his assistant was unable to replicate.

Finally, the last shampoo, trim, and blow-dry.
Once your hair is straightened, it doesn't need to be rolled carefully around a brush anymore, and my stylist simply used his fingers to comb through it.

Now my hair looks absolutely incredible: glossy, smooth, and raven-black, like I just stepped out of a shampoo ad. And I can achieve this look in five minutes. I could probably get away with not brushing my hair at all on busy mornings. A true bargain, considering the price, and worth every minute of discomfort.

Thanks again, Mr. K!
http://www.minx-net.co.jp/
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2006年09月01日

Queer Eye

最近、毎週楽しみにしている番組があります。

金曜日の夜11時からFoxTVで放送中の "Queer Eye for the Straight Guy" というものです。
(現在放送中なのはアメリカで2003年に放送された分)

http://www.foxjapan.com/tv/bangumi/queereye/index.html

内容は、オシャレで洗練されたルックスも抜群のゲイの5人組が、ダサいストレートの男性を生活スタイルまで改造(makeover)し、最後にパーティーなりイベントなりを主催させる、というもので、服装担当のスタイリストと身だしなみ(ヘア&メイク)担当のほかに、インテリア・デザイナー、グルメ担当、カルチャー担当がいます。


先週、久しぶりに実家に帰ってきた妹と一緒に見たとき「毎回録画して欲しい!」と言われてしまいました。

とにかく、テンポが良いです。(話すのが速いのもありますが)
そして、かなりウィットに富んだ気の利いた一言がポンポンと飛び出てくるので楽しいです。

例えば、前回のエピソードではターゲットの男性を Saks Fifth Avenue へ買い物に連れて行った後、「買い物はどうだった?」という仲間の問いかけに対してスタイリストのカーソンはターゲットを見ながらこんな風に答えていました。
"We just had Saks together. Was it as good for you as it was for me?"
(一緒にサックスをしてきたところよ。あなたも感じた?)

ときどきちょっと悪ふざけが入りすぎて、品位に欠ける部分はあるのですが、笑えます。

劇的な変化を演出するため、今までは長髪の男性を短髪にする、というパターンが多かったのですが、前回はカツラをかぶっていた弁護士のカツラをはぐ、というのがメインテーマになっていました。
(実際、坊主にした彼は精悍でカッコいい、いかにも仕事ができそうな感じになりました)

この5人のすごいところは、その提案がきちんとターゲットのライフスタイルに合っている、という点だと思います。弁護士は弁護士らしく、大工職人は大工職人らしく、スポーツ選手はスポーツ選手らしく改造していきます。
グルメ担当のテッドも、子どもの誕生日パーティーを企画していた人には自家製ピザの作り方を指導し、前回の弁護士にはパーティーの食事をすべてケータリングさせるなど、きめ細かに対応しています。

こういうまじめな面がある一方、時には子どものようにはしゃぎまわったりします。小さい頃、親に「絶対やるな!」としかられたようなこと(例えばスーパーでショッピングカートを押しながら競争する)を堂々とやってのけています。

また、いかにもゲイっぽいのはスタイリストのカーソン(字幕が女言葉になっているのは彼だけ)だけですが、他の4人もターゲットの男性がお風呂に入っている場面がテレビに出てくると「ちょっと!なんでシェービング・フォームをけっちっているのよ」「ああ!彼の背中を流してあげたい!」と奇声を出したり、「ゲイらしさ」を随所に演出しています。

あと、感心するのはターゲットの男性がいつもかなり雄弁に感謝の意を語ることです。"Oh, my God!" と叫ぶことしかできない、『ザ・スワン』の出演者と大違いです。
結構明るくて前向きな人ばかりだからでしょうか。

これは、何回も繰り返し見て勉強の材料にするような番組ではありませんが、台本がない(と思う)ため、ドラマとは異なるリアルさとテンポ感があります。
この5人の高速の会話に一体どれくらいついていけるのか、という課題にチャレンジしてみるのも良いでしょう。リスニングは無視して、ただ単にファッションのヒントを盗む、という目的でも良いと思います。アメリカでは今、どのような男性が魅力的に映っているか、という勉強にもなりますよ。

ケーブルテレビやCSがあるなら是非!
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2006年08月27日

電子辞書

で迷っています。

実は愛用していた電子辞書の液晶が2週間前に割れてしまい、非常に不自由な思いをしています。
(ちゃんとケースにも投資していたのに、ある日開けたら液晶が割れていた、とは一体どういうことなのでしょう)

生き字引を自負している人間がなぜ電子辞書を、と思われるかも知れませんが、生き字引であるためには、まず辞書マニアでなければなりません。
また、生徒さんに間違ったことを教えたくはないため、少しでも不安があるときには辞書を引きます。

もちろん辞書も完璧というわけではありません。特に英和辞典では、日常的に使われない用法が最初にでてきたりして、首を傾げることがありますし、和英を引いても「ジーニアス」の中辞典レベルでは「不親切だな」と思うことが多いです。
英英も、今まで使っていた辞書にはロングマンしか収録されていなかったため、ちょっと難しい言葉を引こうと思った場合には載っていなかった、ということがざらにありました。

私が辞書を使うのは主に三つの場面です。

まず、翻訳の仕事をするときには辞書は欠かせません。
英語は英語で、日本語は日本語で理解していると、その橋渡しが辞書なしでは中々できなかったりするのです。
例えば、最近スコットランド人の同僚が使っているのを聞いて知った "They're as alike as chalk and cheese," という表現ですが、その場では「ああ、全く性質がことなることを言いたいのだな」とは理解しても、それを頭の中で日本語の「月とスッポン」に結びつけるのには丸一日かかってしまいました。

また、日常的にあまり使われない言葉、つまり書き言葉的な言葉を上級者に教えたい場合には、発音やスペルを間違えてしまう可能性が高いため、万全を期して前もって調べておきます。
最近は、oenophile (ワイン愛好家)という言葉を確認しました。
(ちなみに、これもロングマンには載っていない言葉の一つで、リーダーズでみつけました)

そして最後に、クロスワード・パズルをやるとき。
NYTのクロスワードだと教養を問うものが多いため、ラテン語もでてきたりします。これがリーダーズのワイルドカード検索を使うと、ちゃんと候補を絞り込めたりするのです。
"Dulce et decorum est pro patria mori." (祖国のために死するは甘美、かつ名誉なり)は誰の言葉か、という問いに対しても、ちゃんと答えてくれました。(Horace です)

というわけで、新しい辞書に求める要件は
1.リーダーズとリーダーズ・プラスが入っていること
(できれば別な大辞典版の英和辞典が入っていること)
2.英英辞書が充実していること
(願わくは Concise Oxford Dictionary 以上のものを収録)
3.漢和辞典と、広辞苑以外の国語辞典が入っていること
(広辞苑はこと漢字の用法に関しては不親切で分かりにくいと感じたため)

そこでビックカメラに行ってみたところ、候補は三つに絞り込まれました。

まずは、セイコーのSR-E10000。
これはリーダーズに加えて大修館の新英和大辞典も入っていて、連語辞典なる「英和活用大辞典」も入っており、英英系はOxford Dictionary of English と Oxford Thesaurus of English に加えて Collins 系が4つ入っています。かなり美味しい。

Oxford Dictionary of English は今まで聞いたことが無かったのですが、Oxford English Dictionary やそれに派生する Concise Oxford Dictionary とは全く違うみたいですね。Wikipedia を調べたら、OEDと異なり、ODEは "descriptive rather than prescriptive" (つまり、「どのように使うべきか」ではなく「実際どのように使われているのか」に主眼が置かれている)とありました。ちょっと不安ですが、各社の英語上位モデルはすべてODEとOTE標準搭載なので、この点はあまり選択の余地はないみたいです。

あと美味しいのは、百科事典が搭載されていること。コンサイス・ブリタニカの英語版も日本語版もあります。これさえあればクロスワードは無敵?

ただ気になるのは、国語辞典が広辞苑であることと、本体が黒くてゴツイことです。
また、要らない「ネイティブ音声機能」も付いているし。

次の候補は、Casio の XD-GT9300。

今まで使っていた電子辞書もCasioだったため、保護ケースを使いまわせるというメリットがあるのですが、和英辞典がジーニアスのみなのと、「英会話とっさのひとこと」や「TOEIC単語集」など要らないものがたくさん付いているのでイマイチだと思いました。これも音声機能付き。
あと、Casioはやっぱり経験上液晶が故障しやすい感じがするため(今まで使っていたものも昨年に一度液晶を修理し、使い始めて3年目になる今年で割れてしまいました)その面でも不安が残ります。
9月下旬まで待てば和英辞典が研究社の新和英大辞典を収録した新モデルが出るみたいなのですが、それほど魅力を感じません。

最後の候補は、Canon のWordTank G70。

これで気に入ったのは、「余計」と思えるものがほとんど無い点です。音声機能も、英会話辞典もなし。代わりに New Oxford American Dictionary が入っていて、英語と米語を引き比べることができたりします。実際にどれほど訳に立つのかは分からないのですが。
日本語の辞典も大辞林に加え、類語大辞典というものが付いているため、日本語の文章を書くときに訳に立ちそうです。

あとは、「外国人に人気だ」と教えてもらった漢字の書き順をアニメーションで表示してくれる機能も面白いですね。重宝しそうです。

ただ、複数の辞書を一括検索するときにスタイラスを使う、というのが、液晶を傷つけてしまわないのか、ちょっと心配です。
実際に使ったことのある方の体験談を聞くことができれば良いのですが。
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2006年08月10日

Koizumi's Folly

小泉首相、8月15日に靖国神社に参拝することを公言したみたいですね。
世論調査によれば、国民の50%が首相の靖国参拝を望んでいない、ということなので、それを理由にすれば、あまり面目を失わずに(without losing face)参拝を取りやめることができるような気がするのですが、どうなのでしょう。

海外メディアでも報じられているだろう、と思ったところ、NYTにはプリンストン大学の准教授によるオピニオン記事しかなかったのですが、アメリカ人をはじめとする海外の視点が上手くまとまっているため、ここで紹介します。

http://www.nytimes.com/2006/08/05/opinion/05bass.html?n=Top%2fReference%2fTimes%20Topics%2fPeople%2fK%2fKoizumi%2c%20Junichiro

ここでキーワードとなっているのは tainted という単語。同じ「汚れた」でも  dirty とは異なり、「一見きれいだけどしみがついた状態」を指します。ここの用法では「道徳的な汚点がついた」という感じでしょうか。

面白い、と思うのは、ここで靖国神社を "glorifies ... war criminals" (戦犯を賞賛する)場である、と捉えている点です。霊を祀ることと、賞賛することは全く別次元のことだと思うのですが、神道の精神を理解していないとこういう解釈になってしまうのでしょうね。

また、興味深いのは、「合祀」「分祀」という行為を指すため、合祀の際霊璽簿に氏名が記入される点に着目し、"add to the [shrine's] rolls" "remove from the rolls" という表現を用いている点です。
よく "enshrine" (端的に「祀る」の意)という言葉が用いられますが、これだと "glorify" (賛美する)のニュアンスが強すぎる、という配慮からでしょうか。

靖国神社を "A rallying point for revisionists" (歴史を修正しようと思う者が終結する場所)とも形容していますが、少なくとも神社に付属する遊蹴館についてこれには頷けます。
まだ行ったことはないのですが(近々行ってみなければならないと思っています)行ったことがある人によると、「あれを見れば中国や韓国が怒るのは当然だ」ということらしいです。かなり第二次世界大戦における日本の役割を美化してしまっているみたいです。戦争はそんなに単純なものではないはずなのに。

さて、このオピニオン記事の著者によれば、小泉首相が取るべき道は、新しい慰霊施設を作るか、A級戦犯を分祀することだ、と書いてありますが、少なくとも後者については不可能だと言われていますね。

これについては、靖国神社についての英語版 Wikipedia の記事
http://en.wikipedia.org/wiki/Yasukuni_Shrine
が丁寧に、かつ客観的に解説していますが、この話題について英語でチャットしていたところ、以下のような分かりやすいコメントを頂いたので、紹介します。

I suppose it's like streams (the recent spirits) merging into an ocean (the collectivity of all enshrined souls associated with modern wars). In reversing the process, you've got the second law of thermodynamics (entropy) working against you.


川が海へと合流していくように、一旦一つに合わさったものを分離するのは、熱力学第二法則(エントロピー増大の原理)に反する、という主張です。個人的にはかなり納得してしまいました。

さて、大分話が逸れてしまいましたが、記事に戻ると、筆者は小泉首相が靖国参拝にこだわる理由として、今まで公約を守ったことにより、"cemented a popular image of a statesman of integrity" (一貫性のある政治家としての受けの良いイメージを確固たるものにした)と書いています。
同時に、この行為を "pander to the right" (右翼にへつらう)と手厳しく批判もしています。
当の本人には、少なくとも後者の認識はあまり無いように思えるのですが...

難しい問題ですよね。

私個人は、原爆投下も立派な戦争犯罪であり、「A級戦犯」というレッテルは勝戦国が政治力を利用して敗戦国の指導者に貼り付けたものに過ぎない、という認識を理解できなくもありません。

でも、あのゆがめられた歴史認識を正々堂々と掲げている遊蹴館とワンセットになっている限り、靖国参拝⇒遊蹴館のゆがめられた認識を肯定⇒第二次世界大戦を美化⇒アジアの諸外国に対して無神経、という公式は成り立つでしょう。
少なくとも現状の靖国神社をこの国の指導者が公に参拝することは、百害あって一利なし、だと思います。
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2006年07月26日

足りない、という感覚

現在主催しているある掲示板で、なぜ

Whom did you give the book?

がいけないのか、という質問に対し、私は「最初の "to" が無いと物足りない」と解答しました。

実はこれは質問を発した方の意図を全く汲み取れていなかったのですが、色々なことを考えるきっかけになりました。

そして、別な方から
英語学習者にとっては to をつけないといけないという必要。

一方、ネイティブにとっては「足りない」という感覚。

似ているようで、大きな違いがあるなあ。

学習者に英語を教えるときは、「つけないといけない」から「足らない」への架け橋が必要なんだな。

という貴重なコメントも頂きました。

ちょうどそのとき、"To-Do List" を題材にしたレッスンで面白い体験をしました。

"To-Do List" とは、やらなければならないことを一覧にまとめた備忘録みたいなものであり、もちろんこれを完全な文で書くネイティブ・スピーカーはいません。
大抵、主語は不要。冠詞も不要。「スーツを取りに行く」であれば、普通は「自分の」スーツであるため、"my" のような所有格も不要。
ということで、本人さえ分かれば済むようなフレーズで構成されるのがほとんどです。

そして、その日のお題は、このフレーズだけを見て、"I have to..." という完全な文を作る、というアクティビティーでした。

ところが、その日はなぜか、教科書に載っている見本のリストを眺めていたときに、よくよく見ると、時々(句動詞を構成しない、すなわち不要な)前置詞が入ったりしていて、なんとなく一貫性が欠けていることに気付いたのです。

そこで、「このリストは生ぬるい!」と糾弾し、「本物のネイティブは、冠詞も、所有格も、必要がなければ前置詞も、一切省いてリストを作成してしまうものです」(人によりけりなので、厳密には嘘ですが)「というわけで、皆さんには冠詞なし、所有格なし、前置詞はできる限りなしのリストを作っていただきます」と言い、自分のリストとして以下のような項目を板書しました。

・clean room
・e-mail Ben
・book Kyoto hotel

すると、あら不思議。

いつもは結構前置詞や冠詞があやふやで、こちらが訂正してばっかりの生徒さんが、

"You have to clean your room."
"You have to send an e-mail to Ben."
"You have to book a hotel in Kyoto."

と、なんと完璧な文を作文してしまうではないですか。

特に面白かったのは2番目の項目。
本当は

"You have to e-mail Ben."

でも完成する文なのに、(少なくとも私はそのような意図でその項目を用意しました)ご丁寧に動詞と冠詞と前置詞をくっつけてくれたのですね。

"e-mail Ben" では何かが足りないに決まっている、とでも感じたのでしょうか。

しかもオリジナルの、中途半端に冠詞が省いてあるリストを題材にしたときとは、答えるときの自信が全然違ったように感じました。
あの程度では、「何かが足りない」とは思えなかったのかもしれません。

正直、自分から「足りない」と感じるとここまでも違うのか、と思うと、衝撃でした。
このようなアプローチがレッスンでも使えるかどうかは考え中ですが、また何らかの形で試してみたいと思います。
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2006年07月17日

学習に向いているドラマ

今日、久々に『アリー・my Love』(原題 "Ally McBeal")を観ました。
そして改めて感じたのは、このドラマが非常に学習の対象としては良いものではないか、ということです。

もちろん、英会話教師という立場上、ドラマをメインで勉強することを勧めたりはしませんが(ドラマだけで勉強するのはかなりの上級者でない限り難しいと思います)おまけの勉強法として観るのは楽しいし、「ああ、こういう言い回しもあるのだ」という発見があるため有意義だと思います。

もっとも、ただ楽しんで見るためではなくて、表現を学ぶ対象とするなら、どのドラマを選ぶかも非常に重要です。

例えば、私は個人的にこのブログでも何度か取り上げている『24』が大好きですが、あれは命令形や人が怒鳴っている場面が多すぎて、「教材」には不向きだと思います。また、略語形など非常に砕けた表現が多いため、そのままビジネスで使えるような話し方をしているとは思えません。

ティーンエージャーや子どもが主人公になっているものも然り。所詮はティーンエージャーらしい会話しかしていないので、社会人の教材としては物足りないでしょう。

社会人で、しかもビジネスで使うために英語を勉強をしているなら、是非社会人がオフィスで働いている場面のドラマを教材にしてみましょう。
そのとき鍵となるのが服装。
みんながスーツをびしっと着こなしているようなオフィスなら(女性は別)話している英語も「スーツが似合う英語」であると考えて良いでしょう。

『アリー』の他には『アリー』の姉妹番組に当たる『ザ・プラクティス』や、大統領執務室の日常を描いた『ザ・ホワイトハウス』(原題 "The West Wing")などが思い当たります。

今日『アリー』を観ていてとりわけ感心したのが、登場人物の発音が明瞭であることです。非常に丁寧な話し方をしているため、平均的なアメリカ人よりも例えば"t"の発音がはっきり聞き取れたりします。でも話すスピードはかなり速いです。耳を慣らすのにもってこいであると言えるでしょう。

また、全員一流大学出身の優秀な弁護士であるという設定のため、話す英語が文法的に正確です。今日見たエピソードでは、一人の女性弁護士がデートの相手(医者)に向かって「もし明日が無かったら」(If there were no tomorrow,)と言ったのですが、条件法を正しく使っていることに気付き、さすがだと思いました。(大多数のアメリカ人は "If there was no tomorrow" と言うでしょう)
もちろん、仮定法も正確に使われていましたよ。

これはビジネスで使う場合なら、結構重要ですよね。

語彙も時々どちらかというと書き言葉的なものが入っていますが、イディオム偏重の場合よりも、この方が読み書き中心で勉強してきた学習者にはなじみやすいと思います。

最後に、思わず笑ってしまったのが、弁護士事務所の秘書エレーヌをセクハラ疑惑で訴えた男性の代理人です。しばしば登場する彼は二言目には "I'm not comfortable with that," と言うのですが、ざっと訳して「それはやめてくれないか」
しばらく前にネイティブのように辞書を引こうで "comfortable" は使い間違いの多い言葉であることを指摘しましたが、このようなコンテキストで使われるのを聞けば、"comfortable" が「気持ち良い」とはちょっと趣が違うことに気付くでしょう。

なお、このシリーズで私が一番好きなキャラは Lucy Liu (ルーシー・リュー)扮する Ling (リン)という中国系の女性弁護士です。表向きはセクシーさを武器にした毒舌で通っているけれど、陰では時々ふと優しい部分も見せます。
彼女が降板してから急激に面白みがなくなってしまった、と感じたのは私だけでしょうか?
posted by EnglishMaster at 23:27| Comment(7) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

お国柄

今私が教えている生徒さんのほとんどは日本人ですが、たまに他の国籍の人が混じると、面白いことになります。

母国語に応じて、間違え方が全然違うのです。

先週教えたブラジル人の方ですが、しきりに今度の夏休みにオーストラリアで "English curse" (curseは英語で「呪い」を意味する)を受けるつもりだと連発していたので一瞬度肝を抜かれてしまったのですが、なんてことはない、"English course" と言いたかったのですね。
間違いを指摘すると、ポルトガル語では "course" を意味する言葉が "curse" という発音なので混乱した、と言っていました。(調べたところ、どうやらポルトガル語では "curso" という言葉らしいです)

また、奥さんが日本駐在の間は仕事を休んで、優雅にショッピングを楽しんでいる、という話をしていたとき、"She enjoys shopping with other Brazilian workers esposas," と言っていました。ああ、これはまた発音の勘違いかな、と思った私は、"Do you mean 'spouse'?"(つまり、「配偶者」ということですか?)と聞き返し、"spouse" という言葉を教えたのですが、確かポルトガルと同じくラテン語から派生したイタリア語では "spoza" とは「配偶者」ではなく、「妻」を指していたような...
(オペラを繰り返し聴いているうちにちょっことだけ身に付いたイタリア語なのであまりあてにならないのですが)

でも、"workers' esposas" と聞いて、「ちょっと待って、"worker" だとあたかもブルーカラーの労働者のイメージでしょ?今の待遇を考えれば、「駐在員の妻たち」(expatriate wives)の方が適切だと思いますよ、と言ったらかなり気に入ってそのまま覚えてもらえたので、それほどダメージは大きくないかも知れません。

同じヨーロッパ系の言語であるゆえに、一見日本人学習者よりは楽そうなのですが、似て非なる言葉や文法にかなり惑わされてしまうみたいです。

もっとも、(これは『時制の数』で紹介したブラジル人の人も同じだったのですが)彼らはポルトガル語と英語で何か相違点があると、「なぜだ?」とすぐに聞いてきます。そして説明に納得すると、「つまりこういうことだね」と自分の言葉で言い換えないと気がすまないらしく、さらに「こういう表現はどうだ?」と自分で勝手に例文をいくつか作ってくれるので、教える側としてはものすごく楽です。そして、何か間違いを指摘すると「じゃあ、もう一回」と自分から言い出して、「あ、そう言えばこういう場合は?」とまた応用してみせる、という感じです。
この姿勢は是非、日本人の方にも見習ってもらいたいと思いますね。(もちろん、すでにこのような姿勢ができている方もたまに見かけますよ)

このような積極的な生徒さんに対しては、日ごろは「日本の学校では批判的思考能力というものを教えないのか」(Don't they teach critical thinking in Japanese schools?)とボヤいている先生も意気揚々と喜んで教えています。
決して「ここで質問したら失礼かもしれないから自分で調べよう」とは思わずに、質問や要望は積極的に述べていくべきです。先生から「こいつは違う」と一目置かれて、良いレッスンをしてもらえること間違いなしです。
posted by EnglishMaster at 00:38| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

誰も使わない表現

大分時間が空いてしまいましたが、前回の続きのようなものです。

先日、同僚と話していたとき、彼はとある英和・和英辞典を非難して「あんなのは時代遅れな、ネイティブ・スピーカーなら誰も使わない表現だらけだ」と言っていました。

そのとき、私は思わず「待って」と言ってしまいました。「誰も使わないと言っても、あなたは世界中のネイティブ・スピーカー全員と会話して確認したわけではないでしょう?一人でも使う人がいれば『誰も使っていない』なんて言えないはずよ」

すると彼はさすがにそれで「しまった!」という顔をして、「いや、今のは口が滑っただけで、いつもはなるべく『僕は使わない』と言うようにしているよ」と決まりが悪そうに反論してきましたが、どうなんでしょうね。結構平気で「誰も使わない」と連発しているネイティブの先生は多いように思えます。

しかも説得力があるから恐ろしいですね。以前、生徒さんに「ずっと前に社内研修のネイティブの先生に今では誰も"delicious" という言葉は使わないから "tastes good" と言うべきだと言われたけど本当か」と聞かれて絶句した覚えがあります。

それは極端な例にせよ、少なくとも数学や論理学を多少なりともかじったことがある人ならば、絶対に「誰も使わない」とは言うべきではないと思います。

きっぱりと言いきれるのは、あくまでも
1.文法的に正しく、意味が伝わるかどうか
2.自分が使うかどうか
の2点に過ぎませんね。

たまに「これは正しいですか?」と「あなたは実際使っていますか?」という質問をしてくる方がいらっしゃいますが、このような方は意識的にか無意識的にか、きちんとそこらへんを弁えておられるような気がします。

だから、私は生徒さんに "I beg your pardon?" と聞き返されたり、"whom" を正しく用いた質問をされても「その表現は平均的なアメリカ人なら使いません」とわざわざ指摘するようなことはしません。文法的に間違っていませんし、正しく使えれば "How do you do?" 同様、(少なくとも教養のある相手であれば)好印象を与えることが出来るからです。

皆さんも、決して「誰も使わない」という表現には騙されないように、注意してくださいね。
posted by EnglishMaster at 22:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月30日

How do you do?

今日はじめて教えた方が、真っ先に "How do you do?" と挨拶されました。時々、このように挨拶される方がいらっしゃいますが、使わなくともこの表現を知っていて、正しく使うことができる方は実に多いですね。
もっとも、この表現を生徒さんがごく普通に使われる度に新鮮な驚きみたいなものをおぼえます。

なぜなら、少なくとも「平均的なアメリカ人」においては、そんな表現は死んでも使わない、という人が多く、挙句の果てには正しい返事の仕方さえ分からない人がほとんどだからです。(NZ人の同僚曰く、「そんな古臭い(antiquated)表現、誰も使わないよ」
(ネイティブが「誰も使わないよ」と言うと説得力がありますが、注意が必要です)

"How do you do?" は日本語にたとえるなら「ごきげんよう」ととても似た感覚ですね。一般庶民が使う言葉ではなく、また「ごきげんよう」→「ごきげんよう」と同じ表現で返さなければならない点も共通しています。("How do you do?" と尋ねられたら、"How do you do?" と返すべきです。念のため)

さて、なぜ『ごきげんよう』に該当する表現を初級者でも知っているのだろう、と首を捻っていたのですが、最近面白いことを知りました。
この表現は英検5級の教本にも紹介されているらしいのです。

ということは、皆さんが学生のときに用いた他の教科書や参考書にも載っているのでしょうね。

かといって、生徒さんに "How do you do?" と尋ねられても、一々それを訂正する気にもなりません。なぜなら、現にイギリス人や他国籍のノン・ネイティブはこの表現を正しく使っているのであり、正確に使えるに越したことはないからです。

ちなみに、多くの「ネイティブ」は死んでも使わないと言う、申し上げましたが、私が用いている中上級のレベル(TPOに応じた使い分けが重要視されてくる)のテキストにはちゃんと紹介されています。
このときばかりは、日本語禁止のルールを曲げて、使う場面は違うが(基本的には初めて合ったときしか使わない)『ごきげんよう』と似た感覚であることを説明します。そしてついでに、万が一誰かに言われたときには正しい返事ができるようにしておきます。

一体何を基準とすべきか、難しいと感じるときがありますね。
皆さんはどうでしょう。誰かに日本語を教えているときに「ごきげんよう」と挨拶されて、敢えてそれを直しますか?
posted by EnglishMaster at 23:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

advice はどっち?

以前、学校英語教育を高く評価するような内容の記事も書きましたが、その反面、学校英語の限界を感じるときも少なくありません。

その典型的な例が、"should" と "had better" の違いです。

皆さん、アドバイスの時にはどちらを使いますか?

昨日この質問をした生徒さんは、"had better" の方が "should" よりも表現として柔らかそうなので、"had better" を使う、と答えました。
実際、読者の皆さんの多くも(すでに私のこの議論に付き合わされた方はともかく)同じように答えるのではないでしょうか。

しかし、これはとんでもない間違いなのです。

"should" はあくまでも理想を提示するときに使われるものであり、アドバイス的なニュアンスを持っています。
一方、"had better" だと「こうしないとまずいことがおこる」と言いたいときに用いられる表現であり、むしろ警告(warning)的な意味合いを持っています。"or else..."(さもないと...)という表現との組み合わせで使われることが多いので、そのように考えればイメージをつかみやすいでしょう。

"You'd better pay back every penny you owe by tomorrow, or else I'll be telling your husband about your gambling problem..."
チンピラが賭博の借金を取り立てようとしている場面が思い浮かびますでしょうか。

だから、ダイエット中の私が目の前の美味しいケーキを見て、
"I shouldn't eat this," と言った場合には、食べないことは「理想」に過ぎないので、結局食べてしまうでしょう。
でも "I'd better not eat this," と自分に言い聞かせた場合には、食べてしまった場合の悪影響が念頭にあるので、食べたいのを我慢するでしょう。

なぜこのような誤解が生じてしまうかというと、実は極めて簡単なことです。日本の学校では、すべて和訳して教えるため、
"should" → 「すべき」
"had better" →「した方が良い」
になってしまい、日本語を比較すると「すべき」の方が強いので、「ああ、should の方が強いのだなあ、ということになるのです。

最近、ネット上の掲示板で、日本の学校でもシチュエーションに即した、使える英語を一生懸命教えている熱心な先生がいることを知ったのですが、残念ながらその方は少数派に属しているように思えます。多くの先生は「どのような場面で使うか」までは考えず、「こういう訳だから」と字面を追うだけで終わってしまうのではないのでしょうか。
(確か英検1級か準1級の単語集にはこのふたつの表現の違いに注意を喚起する表記があったのですが、普通の参考書には載っていなかったような気がします)

英語は表現のツールなので、いつ、どのようなときに使うのか、という背景事情まで理解することが大事ですよね。

ところで、昨日 "should" の方が強いと思う、と答えた生徒さんですが、"had better" が非常に強い表現であるということを聞いて、相当ショックを受けていました。

「これって、上司に対しては使わない方が良いですよね?」と尋ねられたので、「まあ、そうでしょうね」(You probably shouldn't)と答えたところ、外資系に勤めている彼は、英語スピーカーの上司に毎日のように "had better" を連呼していた、どうしよう、と仰っていました。

今となってはもうその上司の方も理解してくださっているとは思うのですが、彼は「もう二度と使わない」と反省していました。

ここではじめて違いを知ったという方、英語でのアドバイスは "should" を使うべきであることを、くれぐれも忘れないで下さいね。
posted by EnglishMaster at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

エアロビで英語??

友人に、「これ、君のブログの趣旨にぴったりだと思うから是非紹介してくれ!」と頼まれたのが、以下のリンクです。

http://www.collegehumor.com/movies/1695207/

でも、正直に申し上げまして、あまりにもぶっ飛んでいるためなんらコメントが思い浮かびません。
どなたか助けてください!
posted by EnglishMaster at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

「日銀総裁」は英語で何?

昨日の朝、NHKのラジオのニュースでアメリカの The Wall Street Journal と The New York Times で福井総裁の村上ファンドへの投資を問題視する記事が掲載された、という報道がありました。

毎日メールで送られてくるニュース一覧に載っておらず、人気トップ10に入るのにもマイナー過ぎていたためすっかり見落としていたのですが、昨日ではなく、15日付の記事だったのですね。

というわけで、無料でアクセスできるのは来週の木曜日までということであまり時間が無いのですが、恒例のチャレンジです。

記事のタイトルは "Japan's Top Banker Owned Stake in Scandal-Hit Fund" です。
"to own a stake in something" という表現は若干なじみがないかもしれませんが、福井総裁が村上ファンドという "scandal-hit fund" に「投資していた」ということを言い換えているだけです。"stake" には色々な意味があるので、興味がある方は是非辞書を引いてみてください。

記事はこちら↓からもアクセスできますが、
http://www.nytimes.com/2006/06/15/business/worldbusiness/15bank.html?_r=1&oref=slogin
読む前に以下のことを考えておけば、あるいは記事をプリントアウトしてこの解説を参照しながらであれば、スムーズに理解できると思います。

まず、福井さんの地位は「日銀総裁」ですが、これは英語でなんと言うのでしょう。これは記事の中で何度も繰り返し出てきますので、比較的簡単に分かると思います。

また、福井総裁が答弁を求められたのは参院予算委員会です。この記事の中では参議院であることを明言せずに、「議会の金融系委員会」という表現を用いています。

さて、この情報が明るみに出た(revelation; disclosure)結果、生じたのが "uproar" (大騒ぎ)です。

問題となっているのは、福井氏が日銀総裁になった後も投資した金額を引き上げなかったこと "held onto the investment" ですよね。また日銀としては福井総裁はなんら法律に違反していない、と言っています。

もっとも、福井総裁は10年も続いたデフレから日本経済を立ち直らせた立役者です。この記事では日本の経済成長が四半期(quarter)で3.1%に達したことにも触れられていますが、これが先進諸国(developed world)の中で高いほうなのか低い方なのかを分かっていれば、自ずと "robust" の意味にも予想がつくでしょう。

また、他国の中央銀行のリーダーとの比較もされています。"unflattering comparison" と言われるのは、株への直接投資が制限されている他国のトップバンカーに比べて、福井総裁が決して良く見えないことを指しています。

ここではアメリカのFRB前議長のグリーンスパン氏が例として挙げられており、氏が投資を短期国債と譲渡性預金に限定していたことを指摘しています。

さて、日銀の投資対象を取り締まっているのは法律ではなく、「内規」ですよね。ここでは "ethics guidelines"という表現をはじめ、いくつか異なる言い回しが用いられています。

そして、やはりアメリカの記事であるゆえ、このニュースで一時期騒然となった「永田町」を「日本の "Capitol Hill" と説明していますね。

あと、福井総裁自信のコメントを思い出しましょう。ここでは "I have created a fuss," という風に訳して紹介されています。

また、「福井総裁 大切な信用が傷ついた」という朝日新聞の社説も紹介されています。このパラグラフを読んで、なぜ一般国民が怒りを感じているのかがあまりよく分からなかった方は、是非、この元記事を参照してください。

福井氏が投資を引き上げたことについては、これもまた二つの異なる表現が用いられています。探してみましょう。
なお、ここで「急いで」という意味で用いられている "scurry" ですが、単なる "hurry" と比較して「こそこそと」というニュアンスが加わっています。

最後に、福井氏がなぜこのファンドに投資したかについて、村上氏が "activist fund" では誰も投資してくれない、と言っていたからだ、ということですが、"activist fund" が何であるかご存じない方は、会社に対して "rock the boat" (ものごとをかき回す、ゆさぶりをかける)するファンドとは一体どんなものなのかを考えればイメージがつかめると思います。
posted by EnglishMaster at 18:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

ご報告

大分報告が遅れてしまいましたが、本年度受験した旧司法試験は択一の段階で玉砕してしまいました。

心温かい応援をいただいた方には、改めてお礼を申し上げます。

しばらく落ち込んでいましたが、ここではひとまず法律の勉強は忘れて、他のことに打ち込んでみたいと考えております。
妹が国際的な英語教育資格であるCELTAの取得コースをプラハで一緒に受けよう、と誘ってくれているので(一ヶ月間休暇を取らなければならないので、まだ上司のOKが取れていませんが)かなりこちらに心が傾いています。

また、通訳・翻訳稼業にももっと力を入れて行きたいな、と考えています。
実はこの方面ではささやかな夢があります。
日本のジョン・グリシャムを標榜している、中嶋博行先生の小説を英訳する権利を手に入れることです。まだ英訳は出ていないみたいなのですが、リーガル・サスペンスが大好きなアメリカでは絶対売れるような気がするのです。(個人的に好きだというのも大きいですが)

以上、大分とりとめのないものになってしまいましたが、簡単に報告とお礼とさせていただきます。
posted by EnglishMaster at 23:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

Confident English skills とは?

またまた「100人100色」へのツッコミです。

なぜだか分からないのですが、ここの広告の英語は、首を傾げてみたくなってしまうような表現が満載されています。それも一つの狙いなのでしょうか?

さて、今朝仕事に行く途中に発見した今回のネタは

There are two things
you'll probably want to take on a trip abroad:
your passport and your confident English skills.

というものです。(原文の日本語の方は写し忘れてしまいました)

これはあくまでもセンスの問題かもしれませんが、私だったら多分"English skills" を形容するのに "confident" を使わないと思いますね。

ご存知の通り、"confident" とは「自信に満ちた」「自信ありげな」という意味があります。
「自信ありげな英語」(confident English)ならまだしも、「自信ありげな英語力」(confident English skills)はアリだと思いますか?
これはあくまでも日本語から訳した場合ですが、私にはなんとなく日本語の段階からして論理的に辻褄が合わないような気がしてなりません。(この一連の広告の特徴ですね)

"Confident" を使うのは "A confident English speaker" や "a confident teacher" のように何らかの形で「人」を形容する場合や、"a confident air" "a confident voice" など「人の属性」を形容するとき、あるいは "a confident stride" や "a confident answer" "a confident feelingなどのように所作や気持ちを表現するときに用いるのが一番自然であるような気がします。

あとは、重箱の隅をつつくようですが、このような状況において "a trip abroad" のように不定冠詞(indefinite article)を使う必然性が見出せません。「あらゆる海外旅行」という意味を持たせる "any trip abroad" や「あなたの行く海外旅行」を強調して "your trips abroad" という風に表現した方がスマートでナチュラルな感じになるのではないでしょうか。

というわけで、私であれば、以下のように書き換えます。

There are two things
you'll probably want with you when you travel abroad:
your passport and confidence in your English skills.



posted by EnglishMaster at 23:57| Comment(0) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

revise vs. amend

いきなりですが、皆さん、昨日は何の日だったか、ご存知ですか?

GWのうちの休日の一つに過ぎない、なんて悲しいことは言わないで下さいね (^^;
憲法記念日(Constitution Day)だったのです。
ちょうど49年前の5月3日に現行の日本国憲法が施行された(went into effect)のでした。

でも、イマイチ盛り上がりに欠けましたね。

私がアメリカの小学校に通った頃、ちょうどアメリカの憲法制定200周年にあたり、「憲法の前文(preamble)を暗記して、自分も署名しよう!」という学校ぐるみのプロジェクトなどがあり、米国民ではない私も暗記して署名しました。(今でも暗誦できると思います)
今年の11月に日本での憲法公布50周年を記念するにあたり、そういう取り組みをする小学校が日本にいくつあるのか、疑問です。

本題に入りましょう。
今、日本では憲法を改正(revise)しようという動きが活発ですよね。
この revise という言葉、リーダーズなどの英和辞典によると「訂正[修正、改訂]」と定義されていて、同じく「修正」として定義されている amend とよく混同して使われているみたいです。

でも、この二つの言葉は全然意味が違います。

参考のために、比較的平易な Longman's の定義を紹介すると

revise: to change a piece of writing by adding new information, making improvements, or correcting mistakes

amend: to make small changes or improvements to a law or document


となっています。
つまり、amend はあくまでも「小さな修正」に過ぎないのです。
あるいはamendments をいくつも重ねたら revision になる、というイメージでも良いかと思います。

上司に「プロジェクトの計画がそれではなっていないから練り直せ」と言われたら色々と抜本的に直す箇所があるゆえ "My boss told me to revise the project plan," になるでしょうし、今月の会社法の施行で会社の定款(Articles of Incorporation)が変更されたのであれば、それも単なる amendment の範囲を超えた revision でしょうね。

で、話を憲法に戻すと、実は日本に「憲法を改正しろ!」とプレッシャーをかけているアメリカでは憲法が制定されてからの200余年、一度も revise されていません。
と言うと語弊があるかも知れませんが、基本的には本文は1787年の制定時のままで手をつけずに残されており、一気に何箇所も書き直すようなことはされていないのです。

それでどう時代の変化に対応してきたかと言うと、修正条項(amendments)というのをどんどん末尾にくっつけていっただけなのですよね。
例えば、南北戦争が終わった1865年には奴隷制(slavery)を廃止(abolish)する修正第13条(Thirteenth Amendment)が附加されています。

(もちろん、今では27箇条にのぼるこの amendments によって本文の一部の効力が失われたり変更されたり、ということはあるのですが、基本的には一度に一条ずつしか提案・追加されていませんし、変更されて効力を失った条文も形式的には残してあります)

さて、この修正箇条のうち、特に有名なのが最初の10箇条であり、まとめて『権利章典』(Bill of Rights)と呼ばれています。

実は憲法を制定するに当たるために集まった代表者は国の仕組みを作り上げることにばかり注意が行ってしまい、いざ憲法が出来上がった時に「肝心の人権保障規定がない!」ということで、大慌てでこの Bill of Rights なるものをくっつけたのです。

でも、さすがアメリカ、字を読めないような犯罪者であっても、権利章典の内容は知っています。
なので、どんなチンピラでも警察に捕まった人は "I'm taking the Fifth," (俺は[修正]第5条[によって保障されている黙秘権]を行使するんだ)と主張し、決して自白などしません。

黙秘権(the right to remain silent)はもちろん日本国憲法でも保障されていますが、ぱっと条文が出てくる人は少ないでしょうね。
そして堀江さんみたいに実際に黙秘権を行使して黙り込んでいるとマスコミに非難される、というのは一体どういうことなんだろう、と考えてしまいます。

憲法改正の議論をする前に、ちゃんと憲法の中身を理解することの方が先なのではないでしょうか。

そこで、大分脱線してしまいましたが、少しでも憲法に興味を持っていただけたなら、是非日本国憲法の英語版に目を通して頂きたいと思います。
(例えば9条改正の是非を英語で議論したいなら、条文の文言を英語で知っておかないと話になりませんでしょう?)

そしてついでに、万が一警察に逮捕されてしまったときに備えて、黙秘権(日本国憲法では「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という文言が用いられています)が何条によって保障されているかを確認しておければいいかもしれませんね (^^)
posted by EnglishMaster at 22:37| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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