2006年11月13日

担任制の魅力

今私が教えているスクールではいわゆる担任制というものを採っておらず、「様々な英語に触れられるように」というスローガンのもと、ローテーション制となっています。

ある生徒さんを専属的に教えるのは、(私が個人的に教えている人は除いて)その生徒さんの強い要望で「是非この先生に教えて欲しい!」と言われた場合、もしくは企業への派遣レッスンのときのみです。

生徒さんからリクエストがあったとしても、グループであるか個人レッスンであるか、はたまた個人であってもリクエストの度合いによって当たる確率が変わったりしますが、レッスンの5割以上担当することは珍しいですね。

でも、今年に入って何度か企業派遣レッスンやリクエストを通じて専属的に教える生徒を持ち、特に初心者であればやっぱり担任制は良いな、と実感しています。

まず第一に、教える側として責任を感じます。
生徒を見れば、どんな先生に教わってきたかがすぐに分かります。
もし教えた人がいつまで経ってもブロークンな英語しか話せないのであれば、それは私以外の誰の責任でもないため、気合の入りようが違うような気がします。
子供っぽいかもしれませんが、自分が専属で教えている生徒さんが他のローテーションで教えている生徒さんに比べてよくできると、本当に嬉しいです。(本当は本人の努力・実力次第だというのは分かっているのですが)

また、前回にやった内容を覚えていなかったりすると、「何か教え方がまずかったに違いない」と反省し、ちゃんと復習します。前にやった内容がちゃんとできていなければ、次に進みません。そのように地盤を固めながらやっていくと、最初のうちは進度が遅いが、後のもっと難しい内容になったときにスピードアップする、という技が可能なのです。
でも、前回教えたのが他の先生であり、生徒さんが「分かっています。質問がありません」と言うと、実はあまりよく分かっていなくても「まあ本人がそう言っているなら良いか」という感じになってしまいます。もちろん、一旦出てきた内容はその後の章や応用されるため、一旦理解がおろそかになると後になってそのツケが回ってくるのですが。

第二に、担任だと厳しくなれます。
毎回教える先生が違う場合、宿題を出してもチェックされるかどうかが定かではありませんし、やってこなかったから、と怒られるわけでもありません。(大の大人がなぜ自主的に宿題をやれないのかも疑問ですが、私の見たところ、先生の数が多い大きいスクールほど宿題をちゃんとやる人が少ないような気がします)

担任であれば別です。「どうして宿題をやってこなかったの?」に始まり、前回の内容を覚えていなければ(内心は自分が悪かったのかもしれない、と思いながらも)「前回はちゃんとできたのに、どうして忘れてしまったの?ちゃんと復習をしなかったの?」と言えますから。
かなり怖いかもしれません。私に怒られるのが嫌で、たとえ午前様でもちゃんと宿題をやってくる生徒さんがいるくらいですから。でも、これが実は結構大事だったりするのです。

第三に、先生の数が少ないと、生徒さんの方も素直になれます。
いや、もともと素直な人に当たる、という幸運に恵まれただけかもしれませんが。
実際はそれほど怒らなくても、担任として教えていると皆さん確実に復習と宿題をやってくるのです。復習の仕方が分からない、と言われたときに、「では、とにかく教材のCDを聴いてください」とある生徒さんに言った時、彼は本当に行き帰りの通勤電車の中、ひたすら同じCDを聴き続け、飛躍的にリスニング力を上昇させました。

前回やった内容は確実にしておきなさい、と言われれば復習し、レッスンを録音しろ、と言われれば録音し、CDを聴け、といわれればひたすら聴く。こういう素直さがあってこそ上達するのですが、色々な先生から色々なことを言われると、中々そうはできないのかもしれません。
現に、ある生徒さんに録音を勧めたところ、次に当たったときには録音機器が一切見られなかったのです。そこで「どうしたの?」と尋ねてみると、「いや、日本語の解説がなかったから録音を聞き返しても良く分からなくて」という答えが返ってきて、唖然としてしまいました。たとえ趣旨を理解していなくても、言われたことを信じてやれば、趣旨は分かってくるものなのに、それ以前の時点で彼は放棄してしまっていたからです。勿体無いですね。

もちろん、良いことばかりではありません。

まず、相性が悪ければ悲劇ですね。
幸い個人的にはそういう経験は無いのですが、オール担任制を採用しているスクールでは時々あるみたいです。また企業派遣レッスンでも時々、先生を替えて欲しい、と言われることがあるみたいです。そう言われたらかなりショックでしょうね。

あと、当然ですが、担任制だとある程度その先生の話し方と言うものに染まってしまいます。だから場合によってはものすごくくだけた英語になったり、どちらかというとかしこまった英語になったり、はたまた先生の訛がうつったり、ということがあります。これはプラスにもマイナスにも働きうる要素ですね。

また、私のような人が教えた場合、あまり「外国人慣れ」という効果は期待できない、という欠点もあるかもしれません。本当にそういうことを求めているのであれば、の話ですが。

そして、ある程度できる生徒(最初からある程度実力があったり、またはたとえレベル1であっても読み書きには自信がある場合)であれば、やっぱり様々な人と様々な話をする方が楽しいし、良い訓練になると思います。

でも、本当に初心者の状態から始めるのであれば、責任をもって基礎を固めてくれる人に専属的に教えてもらうのが、一番効率が良いような気がしてなりません。
posted by EnglishMaster at 14:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
担任制はたしかに先生のおっしゃるように、より効果的に力がついていくと思います。問題は、先生のような超のつく優秀な講師はごく一部しかいないという点です。仮に先生のスクールで担任制に切り替えたとしたら、どうなるか創造できます。先生にだけものすごい数の生徒の受講希望が殺到して、収拾がつかなくなります。おそらく特定の超優秀な講師の受講料を法外なものにし、他の講師と差をつけるしかないのです。
しかし、他の講師の中にもプライドの高い者はたくさんいて、彼らの中には自分も負けられないと多大な努力に時間を費やす者とすねて、やる気を無くす者とに大別されるでしょう。
スクール運営に大きな支障をきたす結果になると思います。
先生程の超一流の方であれば、スクールから独立して、個人でもっと理想のteachingを行えるのかなとも感じます。
Posted by ニコ at 2006年11月14日 23:15
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