2006年03月04日

書き言葉 vs. 話し言葉

文藝春秋の三月特別号に目を通していたところ、『賢い患者は日本語が上手』という対談形式の面白い記事を発見しました。

記事の趣旨にどこまで賛同できるのかどうかはさておき、私が最も興味を惹かれたのは日米では医者によるカルテ作成の過程が違う、という話でした。
すなわち、日本ではカルテを医者自身が書いているが、アメリカでは大抵医者がテープに口頭で吹き込んだ内容を秘書が文章に起こすというシステムを採っていること、さらにこの対談に登場している先生が自分の病院でこのシステムを採用しようと思ったところ、なかなか文章になるように喋れなくて苦労したことなどが書いてありました。

その先生は苦労した理由として日本語は「話し言葉と書き言葉のギャップが大きすぎる」ことに対し「英語ではほとんど同じ」であるから格段に楽だ、という意見を挙げられていたのですが、これにはいささか疑問を感じました。

なぜなら、ここで問題として取り上げられている「文章に起こせるような話し方」をしているかどうかは言語の特質よりもむしろその背後にある論理的思考能力や表現力の問題であると思うからです。
確かにアメリカの学校では小学校低学年からプレゼンテーションの真似事みたいなことがカリキュラムに組み込まれ、叙述的な表現力を鍛えらような機会が多いように思われますが、だからといって誰もが即座に「文章に起こせるような」理路整然とした話し方をしているわけではありません。英語圏の人でも文章力ゼロの方は多数いますし、最近はアメリカでも学校での作文のレベルが低下し、その結果として社会に出てからまともな英文のメールを書けない人が急増しているという問題は新聞でも取り上げられています。

また、表現力や思考力のレベルを離れて純粋にテクニカルな問題として捉える限り、一般的には英語でも書き言葉と話し言葉は大分違います。

まずもって(これは当然のことと言えますが)方言的な要素やスラングはいわゆるきちんとした文章からは一掃されています。なぜこれを敢えてここで指摘するのかと言うと、インターネット上で個人的に教える生徒を募集している友人から「時々『教えてください」という内容のメールに wanna とか gonna という表現をやたらと使いたがる人がいて不愉快だ」という話を聞かされたからです。
これは留学経験(駅前留学も含む?)のある人など自分の英語力に少なからず自信を持っておられる方に特に顕著な傾向みたいですが、wanna などは話し言葉限定、そして話し言葉の中でもいわゆる「タメ語」の領域のものであることには注意しましょう。
さらに、学術論文や非常に改まった文章では "it'll" "it's" "can't" 等の短縮形(contractions)は一切排除されています。すべて "it is" や "it will" などのように書き出されることが原則となっています。新聞でも "The Wall Street Journal", "The New York Times", "The Washington Post" 等のいわゆる「高級紙」ではコラムニストが読者に直接語りかけるオピニオン記事や誰かのコメントの引用以外には基本的に短縮形を見かけませんし、雑誌でも大衆向けの TIME は短縮形が多く、"The Economist" だと圧倒的に少なくなるような気がします。
(なので、手っ取り早く文章の「格」を上げたい場合には、短縮形を排除してしまえばいいのです)
使う語彙にも差があります。動詞一つをとっても砕けた話し言葉では簡単な動詞に色々な前置詞や副詞を組み合わせた句動詞が多用されるのに対し、書き言葉では単一のより難しい動詞が用いられることが多いです。(前者の例は "to get in touch with"。これに対応する後者の例は "to contact" です)

ただ、話し言葉と書き言葉の関係で日本語と大きく違うな、と感じる点がひとつだけあります。それは、英語では書き言葉のような話し方をしてもそれほど不自然ではない、ということです。
日本語では新聞や学術論文など「固い」文章はいわゆる「である調」で書かれていますよね。これをそのまま会話に転用してしまうと、なんとなく尊大な感じがしてしまいます。なので、文章の調子を柔らかくするために話し言葉のような書き言葉を使うようなことはあっても、コチコチの書き言葉をそのまま話し言葉として使うことは稀だと思います。

これに対し、英語圏では前述のような「固い」文章を読むことが多い人ほど、かなり書き言葉に近い話し方をするのです。すなわち、スラングを一切用いず、代わりに日常会話よりも文章で用いられることの多い語彙を操るのです。極端な場合には短縮形さえあまり使わない人もいます。そして書き言葉のような話し言葉を用いることはエリートの証でさえあるのです。

正式なビジネスの場ではなるべく書き言葉に近い英語を使うように心がければ、それだけで英語圏の人の評価は上がるはずです。せっかくコチコチの教科書英語を抜け出して話し言葉独特の表現を身に付けたからといって、それをむやみやたらと使うのは避けましょうね。
posted by EnglishMaster at 23:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ある英会話教師さん
はじめてブログにアクセスさせてもらいました。
web上に日記風のブログは多数ありますが、このように内容が充実しているブログは少ないのではないかと思います。
私も職業柄、現在起きていることを分かりやすく、かつその世界で働く人々が、どのようなことを感じているのかをいろいろな方に知っていただくことができるようなブログを作れればなと思いました。
更新は大変だと思いますが、これからもアクセスさせて頂きたいと思いますので、よろしくお願いします。
Posted by Tatsu at 2006年03月05日 20:55
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/14165797
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック