2007年07月03日

宮澤元首相

宮澤喜一元首相が、先週亡くなられました。

恥ずかしながら、この方の偉大さを初めて認識したのは、昨年の4月、日経で宮澤先生の『私の履歴書』を読んだときでした。
(『私の履歴書』を執筆されてから亡くなられる方が多いですよね。何かのジンクスでもあるのでしょうか)

彼の思想に感銘を受け、昨年の『愛国心』という記事で触れたほどです。

日経に、海外メディアで彼を高く評価し、惜しむ内容の追悼文が多かった、とあったので、せっかくなので The New York Times の追悼文にリンクさせていただきました。
日本の新聞で追悼の記事を読んだ方なら、比較的取り組みやすいと思うので、興味がある方は是非目を通してみてください。

NYTの追悼記事はここをクリックしてアクセスしてください

追って用語解説も追加したいと考えておりますので、「ここが分からなかった」というコメントは大歓迎です。
posted by EnglishMaster at 22:22| Comment(3) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

悪文

先週の金曜日、107ページに及ぶ訴状の全訳を無事に終えることが出来ました。
未だになぜ全訳が必要だったのか、理解に苦しむところなのですが、少なくともこれでしばらくは残業しなくても良いはずです。そして、このブログの更新も、もう少しマメにできることでしょう。

また、訴訟部門の仕事を片っ端から断っていたため、かなり冷たい目で見られていたところ、訴状の翻訳を締め切りに間に合わせることができた途端、手のひらを返したように「いや、素晴らしい仕事をやってくれて、ありがとう」ですから(笑)。まあ、これでもう肩身の狭い思いしなくても良い、と考えるだけで嬉しいです。

自分でも間に合ったのが信じられません。最初は1ページ1時間くらいのペースでやっていたところ、最後の6時間ほどで16ページ分ほど片付けたことになりますから。(もっとも、そこはすでにある程度訳ができあがっていて、手直しが主な仕事でした)
あとは、担当の弁護士がほぼ30分おきに「どこまで進んだ」「あと何ページ残っているのか」「あとどれくらいかかりそうだ」と発破をかけに来たのも効いたのかもしれません。
こういうプレッシャーがないと本領発揮できない、というのは、やっぱり私は怠け者なのかもしれません。

それにしても、翻訳がこんなに勉強になるとは、夢にも思っていませんでした。その訴状に加え、別な案件で法科大学院の教授の手による意見書を二つ訳したのですが、ちゃんと論点を理解していないと正確な訳ができないため、これらの論点が試験に出たらすらすらと答案が書けてしまいそうです。(その点、税理士による税制上の問題に関する意見書で一番苦労しました)

それより、毎日翻訳を続けた結果勉強になったのは、名文と悪文の見分け方についてです。もっとも、今私の中での文章の判断基準は、ひとえに「訳しやすいか否か」に集約されつつありますが。すなわち、訳しやすければ良く書けており、手間取るようであればとんでも無い悪文である、と。
何とも乱暴ですよね。

しかし、前述の訴状に関して言えば、5行以上の文がざらにあり(酷いものでは丸一ページ分延々と続くような文までありました)しかも繰り返しが多く冗長であった点がかなり翻訳効率を下げたことを考えれば、このような判断もあながち間違っていないような気がします。

と、ふとこここで疑問が。

私は自分が書いた文章を訳すのが苦痛で、このブログでも2ヶ国語で記事を書く、ということはやっておりません。
ということは、私が書いている文章も、悪文なのでしょうか。単に主観が入りすぎているため、訳しにくいだけだと思っていたのですが、急に不安になってきました。

というわけで、挑戦者求む!
勉強のためにこのブログ上の記事を翻訳してみたい(英→日、日→英どちらでも)という方がいらしたら、是非訳を送ってください。添削した上で、掲載させていただきます。
posted by EnglishMaster at 01:40| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする