地震の被害について、「多くの橋と道路が破壊された」という内容のものだったのですが、なぜか生徒さんには最初 "bridges" しか聞き取れなかったのです。
「橋のほかにも被害があったから、もう一度聞いてみましょう」と言って、もう一回CDを再生すると、生徒さんの一人が、"Flower?" と聞いてきました。
何を頓珍漢なことを言っているのだろう、と思ったら、そのクラスの三人は見事全員 "roads" を "rose" と聞き間違えていたことが発覚したのです。
両者をホワイトボードに書き出して、母音は同じだけど
rose は最後が [z]
roads は最後が [ʤ]
ですよ、と指摘すると、「違いが分からない」とのこと。
そこで、後者は一旦舌が口蓋に触れること、前者では触れないことを説明し、ついでに日本語では前者が「ズ」、後者が「ヅ」に大体該当することも説明しました。
すると、「日本語でそんな区別をしていない」と言われてしまいました。
ちょっと返す言葉に困ってしまいましたね。
確かに、英語をカタカナ語に直すとき、現代日本語は無頓着であるような気がします。
例えば、「橋」に当たる bridge は「ブリッジ」になっています。「ブリッヂ」と書こうものなら、なんとなく明治時代の遺物のような感じさえしてしまいます。
また、しばらく巨人の助っ人として活躍していた Tuffy Rhodes も、この理論で行けば「ローヅ」ではないとおかしいのに、「ローズ」で通っていましたよね。
やはり「ズ」と「ヅ」、「ジ」と「ヂ」の区別を意識している人は減っている、ということでしょうか。
その点、旧仮名遣いの小説(特に横文字が好きな芥川龍之介)などを読むと、明治・大正時代の人の方が日本語の発音が正確で、英語も発音記号からきちんと勉強していたような印象を受けます。
というわけで、まず日本語の発音の段階から差をしっかり押さえておけば、様々な子音の使い分けでそれほど苦労せずに済むような気もするのですが、どうなのでしょう。
余談ですが、この roads の議論に入ってからなぜか私の頭の中では、"Back to the Future: Part II" の中の以下の台詞がぐるぐると回ってしまいました。
"Roads? Where we're going, we don't need...roads."
無性にまたこの映画を観たくなってしまいました。

