2006年08月10日

Koizumi's Folly

小泉首相、8月15日に靖国神社に参拝することを公言したみたいですね。
世論調査によれば、国民の50%が首相の靖国参拝を望んでいない、ということなので、それを理由にすれば、あまり面目を失わずに(without losing face)参拝を取りやめることができるような気がするのですが、どうなのでしょう。

海外メディアでも報じられているだろう、と思ったところ、NYTにはプリンストン大学の准教授によるオピニオン記事しかなかったのですが、アメリカ人をはじめとする海外の視点が上手くまとまっているため、ここで紹介します。

http://www.nytimes.com/2006/08/05/opinion/05bass.html?n=Top%2fReference%2fTimes%20Topics%2fPeople%2fK%2fKoizumi%2c%20Junichiro

ここでキーワードとなっているのは tainted という単語。同じ「汚れた」でも  dirty とは異なり、「一見きれいだけどしみがついた状態」を指します。ここの用法では「道徳的な汚点がついた」という感じでしょうか。

面白い、と思うのは、ここで靖国神社を "glorifies ... war criminals" (戦犯を賞賛する)場である、と捉えている点です。霊を祀ることと、賞賛することは全く別次元のことだと思うのですが、神道の精神を理解していないとこういう解釈になってしまうのでしょうね。

また、興味深いのは、「合祀」「分祀」という行為を指すため、合祀の際霊璽簿に氏名が記入される点に着目し、"add to the [shrine's] rolls" "remove from the rolls" という表現を用いている点です。
よく "enshrine" (端的に「祀る」の意)という言葉が用いられますが、これだと "glorify" (賛美する)のニュアンスが強すぎる、という配慮からでしょうか。

靖国神社を "A rallying point for revisionists" (歴史を修正しようと思う者が終結する場所)とも形容していますが、少なくとも神社に付属する遊蹴館についてこれには頷けます。
まだ行ったことはないのですが(近々行ってみなければならないと思っています)行ったことがある人によると、「あれを見れば中国や韓国が怒るのは当然だ」ということらしいです。かなり第二次世界大戦における日本の役割を美化してしまっているみたいです。戦争はそんなに単純なものではないはずなのに。

さて、このオピニオン記事の著者によれば、小泉首相が取るべき道は、新しい慰霊施設を作るか、A級戦犯を分祀することだ、と書いてありますが、少なくとも後者については不可能だと言われていますね。

これについては、靖国神社についての英語版 Wikipedia の記事
http://en.wikipedia.org/wiki/Yasukuni_Shrine
が丁寧に、かつ客観的に解説していますが、この話題について英語でチャットしていたところ、以下のような分かりやすいコメントを頂いたので、紹介します。

I suppose it's like streams (the recent spirits) merging into an ocean (the collectivity of all enshrined souls associated with modern wars). In reversing the process, you've got the second law of thermodynamics (entropy) working against you.


川が海へと合流していくように、一旦一つに合わさったものを分離するのは、熱力学第二法則(エントロピー増大の原理)に反する、という主張です。個人的にはかなり納得してしまいました。

さて、大分話が逸れてしまいましたが、記事に戻ると、筆者は小泉首相が靖国参拝にこだわる理由として、今まで公約を守ったことにより、"cemented a popular image of a statesman of integrity" (一貫性のある政治家としての受けの良いイメージを確固たるものにした)と書いています。
同時に、この行為を "pander to the right" (右翼にへつらう)と手厳しく批判もしています。
当の本人には、少なくとも後者の認識はあまり無いように思えるのですが...

難しい問題ですよね。

私個人は、原爆投下も立派な戦争犯罪であり、「A級戦犯」というレッテルは勝戦国が政治力を利用して敗戦国の指導者に貼り付けたものに過ぎない、という認識を理解できなくもありません。

でも、あのゆがめられた歴史認識を正々堂々と掲げている遊蹴館とワンセットになっている限り、靖国参拝⇒遊蹴館のゆがめられた認識を肯定⇒第二次世界大戦を美化⇒アジアの諸外国に対して無神経、という公式は成り立つでしょう。
少なくとも現状の靖国神社をこの国の指導者が公に参拝することは、百害あって一利なし、だと思います。
posted by EnglishMaster at 23:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする