2006年04月30日

ネイティブのように辞書を引こう!

皆さんはどんな時に辞書を引きますか?

レッスンの予習でテキストの中の新出単語の意味を調べておくときでしょうか。
それともレッスンの予習段階(もしくは休み時間)で、次のレッスンで自分で使いたい単語を調べるためでしょうか。

もし、前者のみであれば危険信号です。学習が受身一本になりつつある兆候です。
(第一、新出単語であれば原則としてレッスン中に先生に聞くのが一番です。英和辞典は先生の説明に納得が行かない場合のバックアップと考えるべきでしょう)
でも、後者の引き方ができていれば、そしてさらに自分が発言するためだけでなく、質問をするために辞書を引けていたら、それは本物の「使える英語」への軌道に乗っていると考えて良いと思います。

さて、このように自分が「使うため」に辞書を引くとき、皆さんはどんな辞書を使っているのでしょうか。

電子辞書?紙の辞書?中辞典?大辞典?
和英辞典?英和辞典?英英辞典?

なぜこのような質問をするかというと、最近立て続けに "comfortable" に関連して似たような間違いに出くわしたからです。

I think skydiving is comfortable.
I was uncomfortable because the flight attendant practically ignored me on the plane.

(ここでは便宜上、オリジナルの発言を少し変えてあります)
それぞれレベルも全く違う生徒さんですが、同質の間違いを犯しており、同様の間違いを本当によく耳にするのでここで掲載させていただきました。
それは comfortable → 気持ち良い、uncomfortable→ 不快
ということを前提に、それなら気持ち良い→comfortable、不快→uncomfortable だろう、と考えてしまっているところにあります。

これはちょうど、前回の「使役色々」で指摘した "make s.o. do s.t." は確かに「〜させる」になるが、「〜させる」が必ずしも "make s.o. do s.t." に対応するわけではない、という話と同じですよね。

つまり、くどいようですが、逆は必ずしも真ならず、なのです。

では、どうすればこのような間違いを回避できるのかというと、まずはとりあえず使ってみて、直されて、反省するのも手です。
生徒さんの中には「○○と○○はどう違うのか」「どうしてこの言葉ではいけないのか」「イメージが湧かないのでもっと例文を出して欲しい」と徹底的に聞いてくる方もいますが、それはそれですごく良い勉強法だと思います。

ただ、世の中丁寧に直して解説してくれる先生ばかりとも限りません。そして「生き字引」に頼れないときでも、ビジネスの場などでは恥をかきたくないものですよね。

そこで勧めたいのが、「ネイティブのような辞書活用法」です。

つまり、英英辞典を引くのです。

皆さんが国語辞典を引く場合を思い出してみてください。
ただ意味が分からない場合なら定義を読んで終わりかもしれませんが、「二つの言葉のうち、どちらの方が適切か」を悩む場合、また「この言葉はどう使えば良いのか」と少し不安な場合などではとりあえず例文に一通り目を通して、その言葉のイメージをつかみますよね?
それを英英辞書でもやればいいだけのことです。

(先ほどの、 "comfortable" を用いた例文ですが、なぜおかしいのかが分からなかった場合、もし手元に英英辞典があるのであれば、是非 comfortable と uncomfortable を引いてみましょう。そして実際に辞書に載っている例文を参照しながら自分でも例文を作ってみれば、自信を持って使いこなせるようにると思います)


でも、このような使い方をするとなると、やはり一口に英英辞典といってもそれなりに例文が揃っているものが良いですよね。
最低でも中辞典レベルの大きさは欲しいものです。

そこでオススメなのが電子辞書。
通常は和英辞書で引いた単語からボタン一つで同じ単語を別な辞典で引ける「ジャンプ機能」なるものがついているため、とても便利です。
私が持ち歩いている電子辞書には Longman's が入っていますが、専門用語があまり無い点を除けば、まあ十分かな、という気がします。
(ちなみに、バリバリの専門用語であれば、「逆も大抵真」なので、むしろ楽だったりします)


でもやっぱり電子辞書は高いし、持ち歩く必要はないや、と思うのであれば、オンラインの英英辞書がオススメです。

とりあえず、私が電子辞書のバックアップとして使っているものだけ紹介しましょう。

オックスフォード現代英英辞典(Oxford Advanced Learner's Dictionary)

Merriam-Webster Online Dictionary

oald.jpg m-w.jpg

前者は Oxford English Dictionary と同じ出版元で、学習者向けに編纂されたものであり、イギリス英語もアメリカ英語も両方載っています。最近は電子辞書にも数多く搭載されていますよね。
これは無料で利用でき、例文もなかなか良いのですが、やはり専門用語が少なめですね。

後者は、アメリカ英語の権威である Merriam-Webster で、学習者向き中辞典の Collegiate 版と大辞典の Unabridged 版があります。
いずれも14日間の無料トライアル期間があるみたいですが、個人ユーザだと試用期間経過後は Collegiate 版で年$15、Unabridged 版で年$30(これでCollegiate も利用可)かかります。
なお、机の上に紙の辞典を置いておきたくて、本屋さんで辞典を購入すれば、最初の一年間は無料になります。

もっと良いのを知っている、という方がいらっしゃったら、是非コメントで紹介してくださいね。

愛用の辞書についてさらに一言
posted by EnglishMaster at 23:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 文法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

使役色々

ついでに広告ネタをもう一つ。
最近文法についてほとんど書いていなかったのですが、格好の題材があったので、これも賞味期限が切れてしまう前に、と思ったのです。

また『100人、100色』シリーズからの出典です。

春は英会話も、パッと咲かせたいね。

It's spring---don't you want to make your English skills burst into bloom?


これを見てあれ?と思わなかったのであれば、危険信号です。
おそらくこの英文の作成者同様、使役=make、となんの疑問も無く考えていたのでしょう。

しかし、それでは誤解を招く、あるいは相手に不快な思いをさせる危険さえ孕んでいます。

とりあえず、make を使った例文をいくつか紹介しましょう。

My mother made me practice the piano for two hours yesterday.
(母は昨日、[嫌がる]私にピアノを二時間も練習させた)
My boss wasn't satisfied with the report---he made me rewrite it twice!
(報告書に不満を示した上司は、[そんなことに意味を見出せない]私にそれを二度も書き直させたんだよ!)
I made myself study for another hour before going to bed.
(私は[もうやりたくなかったが]寝る前にもう一時間勉強することを自分に課した)

ここで、気付いて欲しいのは、以上の三つの例ではいずれも「母」、「上司」、「私」など、「私」に対する「強制力」を持っている人たちが主語になっていることです。
[]で補充したのは、"make s.o. do s.t." を使うことによって想像されるニュアンスですが、いずれの例でも"make" をより強い「無理やり」を意味する使役 ("force s.o. to do s.t.") に代替可能であり、そうすると「嫌々ながら」というニュアンスが前面に出てきます。
I forced myself to study, のように。

なので、間違っても「三日以内に、秘書に連絡をさせます」と言うつもりで "I will make my secretary contact you within three days," などと言ってはいけません。
そのような台詞を聞いた相手は「こいつはなんて傲慢で嫌な奴なんだろう」と思ってしまいます。
同じ使役でも "I will have my secretary contact you," (秘書に[頼んで]連絡させます)の方がはるかに穏やかで好印象ですね。

さて、"make" は必ず強制力を伴うか、というと、必ずしもそうではありません。
以下のような例もあります。

Can't you make the car go faster?
(この車、もっとスピードを出せないの?)
What's my type? Well, of course I want someone who can make me laugh!
(好みのタイプ?うーん、もちろん笑わせてくれる人が良いな)

最初の例では客体が車なので、何かを強制する、というのはおかしいですよね。
また、二番目の例でも決して「強制的に」笑わせてくれる人を好みのタイプとして挙げているわけではありません。(当然ですが)

ただ、両者に共通して言えることは、客体が主語の思いのままになる、という点です。
アクセルを踏めば車は(限界はあるものの)スピードアップします。また、冗談が上手い、もしくはぴったりと波長が合っている相手なら、こちらが笑うつもりがなくても(これが重要なポイント!)笑ってしまいます。

つまり、"make" を使うことは、究極的には客体の主体性を無視して、主語の意のままに操ることを意味するのです。

The movie was so sad, it made me cry.

でも、客体「私」の主体性は押し殺されています。あまりにも悲しい話だったため、泣かざるを得なかった、と言いたいのですから。

大分回り道(detour)をしてしまいましたが、最初の「英語力を咲かせる」に戻りましょう。

以上を総合して考えると、植物に "make" を使うのはおかしいですよね。植物を意のままに操ることは不可能なのですから。桜を例年より早く咲かせようと思っても、まったく無駄です。

なので、「咲く」という動詞を使う場合は、原則として"make" は使えません。
唯一の例外は、魔法を使えるときでしょうか。

She made the flowers burst into bloom with a wave of her wand.
(彼女は杖を一振りして花をパッと咲かせた)

のように。(まるでハリー・ポッターの世界ですが)

また、英語力の向上も残念ながら意のままにはなりませんよね?そういった意味では「咲かせる」とは非常に的を得た言葉だと思います。

では、意のままにならない相手に対してはどうするのか。なんとか思う通りの結果を出すように「仕向ける」しかありません。この場合には "get s.o. to do s.t." を使うのが一番です。

I don't know how she manages to get the orchids to bloom year after year.
(彼女は一体どうやって蘭を毎年のように咲かせているのだろう)

冒頭の広告の英語をもっと適切な表現に変えるのなら
Don't you want to get your English skills to blossom?
などが良いかもしれません。

ちなみに、
Do I make my students do their homework?
ですって?

いえいえ、相手は大人ですから、あくまでも自主性を尊重し、
I try to get them to do their homework,
に過ぎません (^^;
posted by EnglishMaster at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 文法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

恋人にすすめる英会話?

今日受けた模試で、なぜか、今週一番勉強した刑法の点数がここ一週間ほとんど手を付けていなかった民法の点数よりも低かったのです。
かなりショックでしたね。

しかし、帰りの電車の中で、そんな憂いを一発で吹き飛ばし、再び前向きな気持ちにさせてくれる出来事がありましたるんるん
(実は結構単純な性格です)

その出来事は、というと、京浜東北線の車内で探し求めていた広告を発見したのです揺れるハート
実はこの広告、前々からこのブログで取り上げたいと考えていたものの、最近はすっかり見かけず、もうネタとしては賞味期限切れ(past its expiration date)かと思い、かなりがっかりしていたのです。まだ生きていると分かったときにはすっかり感動してしまい、このチャンスを逃すまい、としっかりと手帳に詳細を書き写しました。

はたから見ればとんでもない変人ですよね (^^;

さて、そのどうしても取り上げたかった広告と言うのは:


恋人が
英会話を習うと
言い出したとき、
マンツーマンを
すすめた方が
いい理由


もしあなたの彼女が英会話を習いつづけたばっかりに、オシャレするお金も減り、デートする時間も減り、おまけに異性の生徒に囲まれつづけてる!なんてことになったら大変。時間とお金を効率良く使うマンツーマンなら安心では?生徒も1人だし。


というものです。

皆さんはこの広告を見たとき、どう感じられました?

私は、こんなふざけた広告を見たことはない、と呆れてしまいました。
(これは以前批判した「あなたの英語は何色?」とは大違いです。あの広告は、英会話スクールである以上もっと見本になるような英語を使うべきだ、と思っただけで、発想そのものは素晴らしいと考えていますから)

話を元に戻します。

なぜ、この広告を見て呆れてしまったのか。

まず、恋人が「英会話を習いたい」と言い出したときに、意見を求められたならまだしも、口を挟む(put in one's two cents' worth)ものなのでしょうか。
世の中にはことあるごとに自分の意見を言わずにはいられない男性が多数存在することは経験上知っておりますが、女性からすればはっきり言ってあまり面白いものではありません。
何もそれを奨励するようなことをしなくても良いのに...

百歩譲って、彼女に意見を求められたとしましょう。
次に問題なのはすすめる理由です。
自分の経験に基づいてすすめるならまだしも、それなら広告でわざわざ促す必要などありませんよね。
私が思うに、この広告は「この広告で見た内容に基づいてマンツーマンを彼女にすすめなさい」という、いわば伝聞(hearsay)に基づいて彼女に意見を押し付けるのを堂々と肯定しているのです。

ちなみに私は、自分ではよく分かっていないくせに、伝え聞いた内容に基づいて「こうした方が良いよ」と言ってくる男性が大嫌いです。

また、異性の生徒に囲まれていないから安心!なんて、一体何を考えているのでしょう。むしろ、彼女が異性の先生に夢中になってしまったときにブレーキの役割を果たしてくれる他の生徒がいないことを心配すべきではないのでしょうか。
英会話スクールで恋が芽生えるなら、それは生徒同士よりも先生と生徒の間の方が圧倒的に多い、という事実を全く看過していますね。
そして異性の先生に彼女を奪われるのを心配するなら、このスクールでは椅子の配置が向かい合わせではなく、同じコンピュータ画面を見られるようにほとんど並んで座る配置になっていることを他の広告で強調している点に注意すべきです。

極めつけは、何と言っても広告に掲載されている写真です。
すらりとした女性が1人で頬杖をついているテーブルの上に、りんごが載っているのです。
広告をデザインした人、また最終的にOKを出した人は、果たしてりんごの記号論的な意味を理解していたのでしょうか。
(りんごは古代ローマでは美と恋の神、ヴィーナスに奉げられていたことから恋愛との関係性が非常に強いとされています。そのため、結婚を祝う絵画などによく登場しますよね)
理解して使っていたなら、脱帽もの(Hats off to them!)なのですが...
深読みしたのは私だけでしょうか?

「期限」について一言
posted by EnglishMaster at 23:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

キッズ英会話の是非

先ほどの投稿を読み返して、誤解のないように補足をしておかなければ、と思いました。

私は決して子ども(幼稚園児・小学生)が英会話教室に通い、英語を習うことに反対しているのではありません。
早い段階で英語に触れて、英語に馴れてしまい、全く違う性質の言語であることをなんとなくであれ把握できるようになれば、これに越したことはありません。
ただ、英会話教室は大抵多くても5、6人の少人数ですよね。
一クラスに30人もいるような小学校の授業ではあまり「英会話」にこだわるのは現実的ではない、と考えているだけです。

また、歌やゲームに対して否定的な意見も書きましたが、それはあくまで小学5、6年生でそればかりやると「遊び」の要素が強すぎるのではないか、と思うのと、やはり大人数を相手ではあまり現実的ではないのではないか、と考えるからです。
(実際にやっている方なら上手い方法を知っているのかもしれません。その場合には非礼をお許しください)

4、5歳児相手ならよく意味が分からないとしても歌を丸ごと覚えてしまい、ゲームをやることが上達の一番の早道であることはいうまでもありません。
大人であっても、たまにゲームを取り入れたりすると皆さん熱中されて楽しいですよね。

もっとも、問題なのは小さい子どもを英会話教室に通わせる親の動機です。

早い段階からやっておけば自分のように苦労しなくて済む、と考えているのであれば、それは大いなる勘違いです。

本当に英語ができる人は、ものすごい努力をしています。
これは、ネイティブ・スピーカーでも同じです。

もしここで「えっ?だってネイティブは英語を勉強しなくてもしゃべれるじゃない?」と思っているとしたら、それは大きな誤解です。
確かにある程度のレベルまでは日常生活の中で自然に吸収していく部分が多いことは事実です。
しかし、皆さんが小学校から一生懸命漢字を覚えて、ちゃんと「国語」という科目を勉強したのと同様に、ネイティブ・スピーカーも(全く教養のなく、文字も読めなさそうな人を除けば)英語を勉強しているのです。

そして、きちんとした英語をしゃべるネイティブ・スピーカーであればあるほど、たくさん本も読んでいますし、辞書も引きます。常にインプットの努力を怠らないからこそ、正確で美しい英語を話せるのです。

なので、早い段階で英語の勉強を始めたからといって、後に努力せずに済む、とはくれぐれも考えないで下さいね。
ただ単にその努力をするための良い土台ができる、と考えるべきです。

以上のようなことを総合して考えると、あまり低い年齢からやり始めるのはどうかと思いますね。
私自身、英語に始めて触れたのは5歳の時だったのですが、すでに日本語での読み書きの基礎(もちろんひらがなとカタカナに限定ですが)ができていた、と母に言われます。一つの言語体系の骨格ができていた上で英語を習ったため、上達は速かったですし、頭の中でしっかりと使い分けることもできました。その結果、英語の体系が出来上がってからは英語力の方が日本語力よりはるかに上になり、逆に日本語力を上に引っ張っていく力にさえなりました。
一方、一番下の妹は1歳8ヶ月で渡米し、日本語よりもむしろ英語を先に話し始めたぐらいでした。でも最終的な結果を見れば、彼女は同時進行的に英語と日本語の骨格を形成する羽目になったため、いずれも中途半端な状態で帰国することになり、兄弟の中では一番苦労したのではないかと思います。

もちろん、これはかなり極端な例ですが。

今教えているスクールでは子どもの受け入れは確か4歳からとなっているはずですが、それは妥当な路線だと思います。
少なくとも母国語で完全な文を用いて話すことができ、できれば読み書きもある程度できることが目安になると思います。同僚の話を聞く限り、母国語でその段階にあれば、新しい言語に取り組む姿勢もある程度できており、とても教えやすい、とのことです。

最後に、一応念を押すべきかと思うのですが、私は実際に幼児英語教育に携わっているわけではありません。(今はビジネス街真っ只中の校舎に所属しているのでほとんど需要がないのです)
以上の話はあくまでも私自身の体験、他の帰国子女を見た印象、そして実際にキッズ英会話を教えている同僚の話を総合したものに過ぎませんので、その点にはご注意くださいね。

実際に子どもを教えているけど、0歳児から教えるべきだ!と強い信念を持っておられる方もいらっしゃるみたいなので。

posted by EnglishMaster at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

小学校英語必修化の是非

昨日の夕刊だったか、小学校で英語が必修になることをにらんで子供向け英会話教室が人気であり、受け入れの低年齢化も進んでいるという記事がありました。

これを見て仰天してしまいましたね。

そもそも英語必修化というのは英語に触れる機会を学校側という場で提供することにより、あせって子供を英会話教室に通わせる親を牽制する意味もあるのかな、と思ったからです。

でも実態は全く逆ですね。
中教審が英語必修化を掲げることによって、なるべく低年齢で英語を勉強しておくことが大事なんだ!という認識が暴走しつつあるように見えます。

子供に早い時期から英語を習わせることの意義はさておき、今提案されている小学校で英語を必修化する、という動きには少なくとも二つの問題がある、と私は考えます。

第一には、時間が中途半端であること。

たしか、一週間に一回、一時間ぐらい、ということだったと思うのですが(間違っていたらごめんなさい)この時間で一体何ができるというのでしょう。
せっかく何か勉強しても次の週までにはほとんど忘れてしまう、という程度のものになってしまうと思います。

それなら、その分の時間を国語に回して、母国語の基盤を強化するために用いた方が、中学校にあがってからの英語学習にはるかに役に立ちます。
最終的に目指すレベルにもよりますが、原則として外国語で到達できる最高レベルは母国語での言語能力に大きく左右される、と考えるべきです。

これは経験上言えることです。
上達が目覚しい人は、ああ、この人は多分国語力もあるんだろうな、と思います。同僚でも同じ意見の人がいて、すごく苦労されている生徒さんを見ると、彼は決まって「そもそも日本語力がそれほど高くないのだろうね」と言います。
妹が教えている私立中学(今は彼女は高校の方に移りました)でも帰国子女用のクラスがあるみたいですが、彼女曰く、「帰国子女の子よりも中学校で英語の勉強を始めた子の方が上達がはるかに速いよ。テストの点数に限らず、文章力に関しても半年から一年ぐらいで追い抜いているね。帰国子女は発音がきれいなだけだ、と馬鹿にされてしまう傾向さえあるの。やっぱり日本語の基礎が違うからじゃないかしら」

それこそ毎日4時間ぐらい勉強して英語を日本語に変わる「言語能力の基軸」に育て上げるならまた別な話ですが、あまり現実的な話ではありませんよね。
内容にもよりますが、一週間に一時間しかできないならやらない方が良いと思います。

そこで、第二の問題点です。
内容は一体どんなものになるのでしょうか。

朝日新聞の記事によると、現在小学校(6年生)で行われている英語教育の種類で一番多いのは@「歌やゲームなど英語に親しむ活動」(97.1%)、Aかんたんなあいさつや自己紹介などの英会話(94.8%)、B英語の発音の練習(73%)、C文字に触れる活動(43%)となっています。

あと、これは周りから聞いた話などに基づいた推測に過ぎないのですが、少なくとも@、A、Bに関してはネイティブ・スピーカーの先生にこだわっているのでしょうね。

そして、これも伝え聞いた話なのですが、あまり歌やゲームばかりやると、子供には「英語=遊び」という回路ができあがってまじめに取り組まなくなるおそれがあるみたいです。
また、あまりネイティブ起用に躍起になると、「英語=外国人のもの」という、日本人の会話能力に一番支障を来している(と私は考えている)「外人信仰」を早い時期から強化することになってしまうのではないでしょうか。

これでは全くダメです。
もし小学校で英語を教える意義があるとすれば、あくまでも中学校以降での英語学習の土台を作ることに他なりません。

実は外来語という形で我々の身の回りにはすでに英語が溢れています。本当は英語はすでに身近なものであり、決して未知の、外見が自分とは違う「外国人」が喋るものに限られているのではない、と認識することが重要なのです。

そこで提案なのですが、アルファベットと個々の文字の基本的な発音を勉強した上で、外来語研究に取り組む、というのはどうでしょう。
例えば、"first" と "fast" はカタカナだと全く同じ「ファースト」になってしまいますが、見た目からして全然違いますよね。(この問題は以前『カタカナ語』で取り上げました)
そこで、「見た目は違うのに、発音が同じで良いのか?良いはずがない」という認識を持ってもらうだけで中学以降の勉強に大いに役に立つはずです。

外来語を英語での綴りと正しい発音に結び付けておけば、少なくとも100単語ぐらいの語彙を身につけておくことができますし、何よりも英語は本当に身近なもので怖くないんだ、と考えられるようになるのではないでしょうか。

ついでに同じ外来語でも英語以外の言語から由来しているものもある、ということも勉強しておけると良いかもしれませんね。例えばパン(pain)、シュークリーム(chou à la crème)、アンケート(enquête)はフランス語、アルバイト(arbeit)はドイツ語から来ている、という風に。
社会人でも知らないで英語と混同して使っている方が多いので、これは本格的に勉強する前から知っておいた方が絶対得だと思います。

と頑張って書いてはみたものの、このようなアイデアが文部科学省に採用される可能性なんてゼロ以下ですよね、絶対。(^^;
posted by EnglishMaster at 23:47| Comment(3) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

お酒のシーラカンス

前回はかなり固い話になってしまったので、柔らかめの話を一つ。

冗談半分でも生き字引(walking dictionary)のような渾名が付くと、どうしても皆さん私の語彙の限界を試したくなるみたいです。そして同僚に「君、この言葉も知ってる?」と聞かれたりするのです。

昨日もそんなできごとがありました。

仕事場に一時間ほど早く着いたところ、廊下で生徒さんにキャンセルされたP君(カナダ人)が暇そうに新聞を眺めていたので、「疲れた!」と彼の向かい側に腰を下ろしました。

以下、会話を日本語で再現すると、

P君:「今日は随分と早いね。どうしたの?」
私:「実は今日通訳(interpreter)の仕事があったんだけど、思ったより早く終わったの」
P君:「通訳?すごいね。でも君は僕よりボキャブラリがはるかにあるから有能なんだろうね」
私:「....」(疲れすぎて、気の利いた答えが出てこなかった)
P君:「でもね、この間、僕は君でも知らないような難しい言葉を発見したんだよ。周りに聞いても誰も知らなくてね、意外なことにA君だけ知っていたんだ」
私:「ふーん、そうなの?」
P君:「君も知らない、てことに千円、賭けても良いぜ」
私:「なあに?」
P君:「ちょっと待って、今出典を持ってくるから」

で、数十秒後に彼は雑誌 "The New Yorker" を持っていそいそと戻ってきました。

P君:「準備は良いかい?綴りはね c-o-e-l-a-c-a-n-t-h だよ」
私:「それって coalesce (癒着する)?」
P君:「うーん、ちょっと発音が違うね」
私:(これって書き言葉で人が口にすることを聞いたことがないけど、やっぱり発音を間違えたのかしら)
P君:「じゃあ、文脈なしで見せてあげよう」

そこで、彼は前後の言葉を指で覆って、その記事を私に見せてくれました。
その "coelacanth" という言葉を目で見た途端、かなり拍子抜けしてしまいました。

私:「なーんだ、それシーラカンス(see-la-kanth)じゃない。これが私も知らないだろう難しい言葉のつもりなの?」
P君:「え、知ってたの?」
私:「あの『生きている化石』(living fossil)って言われている魚でしょう?足みたいなのが生えている」
P君:「ああ、やっぱり知ってたのか」
私:「たしか中学校ぐらいで習ったよ。でもどうして The New Yorker にシーラカンスの話なんか出ているの?」
P君:「これ、アブシンスについての記事なんだ。緑の液体で、頭をおかしくするという理由で禁止されていたけど、今はセレブが一本何千ドルも出して入手しているんだって。だから『お酒のシーラカンス』(the coelacanth of drinks)と呼ばれているんだよ」
私:「アブシンス?ああ、アブサン(absinthe)ね。ヴェルレーヌなどが愛飲していたやつでしょう?」
P君:「....」

これにはさすがに彼も凹んでしまったみたいですね。
(ちなみに、これは少々意地悪な足の引っ張り方です。アブサンはフランス語の発音で、英語的発音ならアブシンスも可、なので)

でも、「絶対分からない言葉」と言われて「シーラカンス」はあんまりだ、と思いません?少なくとも日本人だと知っている人は結構たくさんいますよね。個人的には coalesce の方がはるかに難しいと思うのですが、どうでしょう。
(辞書を確認したら、発音はちゃんと合っていました (^^)v)

ちなみに、賭けても良い、と言われた肝心の千円ですが、請求しようとしたら「あれは単なる言葉のあやだよ」と逃げられてしまいました。
全くケチなんだから!
posted by EnglishMaster at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月06日

主体的に考える、ということ

すでにご存知の読者の方もいらっしゃるかと思いますが、私は実は今この仕事と並行して、現行司法試験(bar exam)(ロー・スクールを経ないもの)の受験勉強もやっています。

一時期は半ば現実逃避モードに入り、勉強はそっちのけでこのブログにもやたらと力を入れていた、というわけなのですが、さすがに今年こそは受かりたいと思い、今週頭に仕事を3日間休んでまでも択一試験の本試験で確実に点を取るためのゼミを受講することにしました。
(ご迷惑をおかけしてしまった生徒さんもいらっしゃったので、その点については本当に申し訳ないと思っていますが)

さて、そこで気付かされたのは、今までいかに過去問を解くときに頭を使っていなかったのか、という事実です。
一応ちゃんとこなして解答を得ていたのたことは得ていたのですが、その解き方はかなり受身(passive)だったのです。
つまり、書いてある順番に素直に選択肢を検討するなり穴埋めをしてゆき、正解すればそこで終わり、間違えればどこを間違えたかを反省する、というだけのことで、出題者の意図などまるで考えたこともなかったのです。

しかし、出題者はなぜこの問題形式にしたのだろう、なぜここでヒントを書いてくれているのだろう、何か手っ取り早い近道はないだろうか、と考え出した途端、今まで4分以上かかっていた問題がものの数十秒で解けてしまうこともあるのです。
これには愕然とするとともに、猛反省をしました。
今は問題を目にすると、まずどうやって料理しようか、何か上手い抜け道はないだろうか、と考えるのが楽しくて仕方がありません。

ただ与えられたものをこなすだけではなく、自分で主体的に考えることがいかに大事なことなのかを改めて痛感させられました。

そして同時に気付かされたのは、この原理が実は英語の学習にも通じる、ということなのです。

テキストを見たとき、そこに書かれていることには疑問を持たずに素直にそれの丸暗記にかかる方も多数いらっしゃいます。それができる方ならそれでも結構だと思います。
しかし、そこでなぜこの表現を使っているのだろう、なぜこの時制を使っているのだろう、と少し考える余裕があり、それを具体的な質問の形にすることができれば、理解度が飛躍的に増すことは確実です。
そして、実際、伸びている生徒さんは質問が得意です。
特に学習意欲が高い方だと訂正されるたびに「なぜさっきの自分の表現ではいけないのか?」と追求してきます。
これは答えるのがかなり困難な場合もありますが、それでも教える側としてはかなり嬉しいことです。
(もちろん、これもやりすぎると流暢性に支障を来すことがありうるため、何事もほどほどに、ということですが)

さて、ここで少し自己点検をしてみましょう。
皆さんはテキストと向かい合うとき、自分の頭で考えようとしていますか?
先生に直されて納得が行かないとき、素直に疑問を口にできていますか?(もちろん中には訂正の仕方が上手くて、これが全く不要という先生もいらっしゃいますが)
先生、あるいはクラスメートが何かの話をしているとき(先週ディナーに行ったレストランについて、のようなものでも)、話の内容について質問をしていますか?

この3つにYesと答えられたら、かなり自信を持っていただいて結構です。

実は現在、出張レッスンという形式で何人かの生徒さんを固定で教えていますが、皆さん質問が活発であるため、非常に教えやすいです。
特にレベル2のとある生徒さんは、一番最初のレッスンで「何でも良いので私に10個質問をしてください」との課題にかなりうろたえていたのに対し、今ではテキストの内容について「質問を作ってください」と言えばスラスラと出てきますし、私が何気ない日常の話をしても今では色々と突っ込んだ質問をしてきます。本人が気付かれているかどうかは分かりませんが、こういうときに「ああ、上達したな」と実感するものです。
(もちろん、この上達もひとえにその生徒さん自身の熱意と努力の賜物である、ということは言うまでもありません)


さて、主体的に考えなければならない、というのは教える側にも言えることです。
私のように大手のスクールで教える場合ですと、教材が決まっており、教材に対するマニュアルも用意されているので、ある意味受身的に教えることも可能です。(そして残念ながら、受身的に教えている先生がいらっしゃることも事実です)
しかし、なぜこのレベルでこの文法を勉強するのか、なぜこのチャプターのこの部分でこのようなロールプレイがあるのか、と自分で考えると、いろいろと生徒さんのニーズに合わせた工夫をする余地が見えてきます。

一例を挙げればレベルごとの目標設定です。
一応今使っている教材には「このレベルを終了すればこなせる課題」がリストアップされていますが、3年以上同じ教材で教えた結果、私は以下のように目標設定を再構築しています。全部は公表しませんが、大雑把には

レベル1:単純な質問に答える力
レベル2:自分から積極的に質問する力
レベル3:第三者の話を伝え、質問に対する答えには必ず理由を付け加える力
レベル4:質問に答えるだけでなく、自ら新しい話題を提供し、また理由はできるだけ二つ以上つける力

という感じでしょうか。
こう考えれば、例えばレベル2の教材を使いながらもその生徒さんに余裕があればその上のレベルのスキルの練習もできる、というわけです。
これは楽しいです。

で、仕事が楽しいのはやっぱり主体的に考えられているからだな、と。まるで循環論法ですね。
posted by EnglishMaster at 02:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。