2017年01月13日

Happy New Year!

少し遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます!

昨年にブログを復活させたつもりだったところ、結局ほとんど投稿せずに終わってしまったので、今年こそもっとマメに記事を書きたいと思います。

このような「新年の抱負」を、英語では "New Year's Resolution(s)"と言い、必ず意思を表す"will"を使う点に特徴があります。

よくある例を挙げると、
I will lose 10 pounds. (体重を4.5kg落とすぞ!)
I will go to the gym at least three times a week. (週3回以上ジムに行くぞ!)
I will study English every day. (毎日英語を勉強するぞ!)

という感じですね。
私が冒頭で挙げたものは、次のような感じでしょうか。
I will post on this blog more often.
少し具体性に欠くので、
I will make an effort to post on this blog at least once a week.
(週に1回以上は投稿するように努力します)
と、途端に弱腰になってしまいましたが・・・

ところで、せっかくの抱負を他の人に言いたいこともありますよね?
その場合、主語は"My New's Year's Resolution" になるので、異なる主語の"I will"を維持するためには
My New Year's Resolution is that I will lose 10 pounds.
のようにthat節を使ったやや勿体ぶった(かつ回りくどくてぎこちない)文章になってしまいます。

そこで、普通は"that I will"の部分を"to"で置き換えます。
My New Year's Resolution is to lose 10 pounds.
大分すっきりとしますよね。

なお、「私は、〜することに決めました」という言い方にするためには、冒頭を置き換えて
I made a New Year's Resolution to lose 10 pounds.
とします。
わざわざ"resolution"という言葉を使わずに、単に「決めた」という表現であれば、さらにすっきりとします。
I decided to lose 10 pounds.
せっかく決めたのだから変な誘惑はしないで、と甘い物を断るのであれば、これらの言い方が一番効果的かもしれません。

ちなみに、仕事で英語を使われている方であれば、この"resolution"という言葉に見覚えがあるかもしれません。取締役会や株主総会の「決議」と同じ言葉だからです。
A transaction this size has to be approved by a resolution of our Board of Directors.
(この規模の取引には、取締役会の決議による承認が必要です)

ただ、個人が一人で勝手に「決意する」場合(make a resolution)とは異なり、何らかの機関が「決議する」場合には、用いられる動詞が変わり、"pass a resolution"となるので、注意が必要です。

この"pass a resolution"というフレーズ、国連(特に安全保障理事会)関連でも良く出てくるので、興味があれば是非英字新聞等でチェックしてください。

国際社会に重大な影響を及ぼし得る"resolution"と同じ言葉が個人の「抱負」を表すためにも使われているとは、面白いですよね?
posted by EnglishMaster at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月18日

「地名」的なミス?

今月、ムービープラスで放送されている、『ザ・ホスト 美しき侵略者』で、珍しい字幕の間違いを発見。

"Fort Worth"という地名がでてきた台詞の字幕が、見事に直訳の「ワース基地」になっていました。

翻訳をされた方は、"Fort Worth"がテキサス州の都市名ではなく、実際の基地の場所(設定は、基地も軍隊もなくなった未来)と勘違いしたのでしょうか?
テキサス州に行ったことがなくとも、ANAとJALの両方が就航している「ダラス・フォートワース空港」の名前を聞いたことがあれば、普通に「フォートワース」と訳したと思うのですが・・・少し残念ですね。

もう一点残念だったのが、登場人物の一人である「Doc」の訳し方。
元医者ということで、みんなから「Doctor」を略した「Doc」という渾名で呼ばれているのですが、これが字幕で何箇所か「医者」と訳されていました。
渾名であるという感じを出すなら「先生」の方が良い訳で、実際にほとんどの場面では「先生」と訳出されていたため、余計がっかりな感じです。
まさか映像翻訳の場合には、最後に見直して統一感をチェックできない・・・ことはないと思うのですが?

販売されているDVDでも同じ字幕なのか、少し気になるところです。




ちなみに、これを観たくなったのは、一世を風靡した『トワイライト』シリーズと同じ作者による原作を読んでいたからです。
『トワイライト』はやたらと長かったこともあり、読んでいて途中で食傷気味になった上、映画に至っては途中で観るのをやめてしまったのですが、こちらの話は原作も映画版も比較的テンポがよく、映画では実力派の俳優が揃っているので『トワイライト』よりもはるかに見応えがあります。



SF好きで、気になる男性に対するドキドキの描写が(トワイライトほどではないけれど)延々と続くのが嫌でない女子には、是非オススメしたい一冊です。
少し分厚いのですが、大学受験レベルの語彙があれば、余裕で読めると思います。

なお、この映画の監督を務めたAndrew Niccol氏は、私の大好きな『ガタカ』というSF映画の監督でもあります。
こちらの方が、純粋なSF映画としてのメッセージ性が高いですね。





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2016年05月17日

ブログ復活!

実はしばらく前に奴隷という身分から解放され、英会話教師業も復活させているため、このブログも復活させることにしました。

長い間放置していたため、まずは荒れ放題になっている部分の片付けに着手しなければならないのですが、字幕で気付いた点や、生徒・友人等からの英語に関する質問やコメントをベースに、また細々と綴っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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2007年12月27日

英会話教師というお仕事

また更新無しの日々が続くうちに、あっという間にクリスマスも過ぎてしまい、読者の皆様には本当に申し訳ないことをしてしまいました。

さすがに転職して6ヵ月以上経ち、個人的にも3ヶ月前から全く英会話を教えていないため、書きたい内容(現在の仕事の他愛の無い日常)とブログタイトルとの間にだんだん齟齬が生じてしまっている、というのが筆を重くしている一番の原因となっていることに最近やっと気づきました。

(実は、最近受付け担当の同僚の翻訳指導を始めたので、全く教えていない、というわけでも無いのですが...)

そこで、心機一転!あまり教育的な内容を重視しない、新しいブログを立ち上げることにしました。

その名も『あるバイリンガルな奴隷のつぶやき』
バイリンガルな職場の不思議な日常や、実務で英語を使う時のヒントに加え、独り言や読書感想文も加えていくつもりです。

こちらのブログは、しばし休眠状態とさせていただきますが、新ブログの内容でつながりのあるものは、旧ブログの記事にリンクさせていくつもりです。


このブログを休止するにあたり、一区切りとして、私が経験した「英会話教師」という仕事について振り返ってみたいと思います。

先週、『ニューズウィーク日本版』にも「ニッポンの英会話学校」という題名の特集があり、ご覧になった方も多いと思われますが、あの特集の内容にあまり感心しなかった、という動機もあります。

1. 労働条件
これは確かに決して良かったとは言えないと思います。

ニューズウィークで紹介されていた1レッスン当たり1400円しかもらえないGABAほど酷くはなかったのですが、給料は決して高くありませんでした。以前はもっと給与水準が高かったため、古株の同僚は全くやる気がなくても私の2倍近く稼いでいたのですが、これを見るのはかなり面白く無かったです。
また、身分は契約社員で、制度変更のためフルタイムになってから6ヵ月経過するまで社会保険が付かない状態でした。(もっとも、社会保険料を払いたくないため、わざわざレッスン数を減らす同僚もいたのですが)
極めつけは、拘束時間が長かったこと。
特に私が教えていたようなビジネス街のスクールだと、朝と夜にレッスンの需要が集中するため、始業は朝8時半、終業は夜9時過ぎ、しかし昼間には数時間空いてしまう、というパターンになっていました。
フルタイムとして働いたのは、最後の一年半強ですが、あれで限界だったと思います。

しかし、とにかく最初に教えたNCBのように、「日本人」と「外国人」で給与格差が無かったのは嬉しかったですね。
また、何の資格も無くても就ける仕事であることを考えれば、ある意味妥当な給与であると言えたと思います。問題は、いくら頑張って優秀な成績を収めても上がり幅が少ないことでしたが、同僚の一人などはずば抜けた実績をベースに自分で交渉し、かなり有利に労働条件を変更してもらうことに成功していました。

上記の特集で紹介されていたGABAの講師は、1レッスン当たり生徒が払うのは7000円であるのに対し、自分がもらうのはたった1400円なのは搾取だ、と述べていましたが、この意見には賛成できません。

スクール側が生徒を用意し、場所を用意し、テキストも用意し、ある程度マニュアルも完成させ、クレームも処理してくれるのです。言い換えれば、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜ける環境を整えてくれてるのです。
その講師に対しては、「そんなに悔しいなら1レッスン7000円で自分の生活を支えられるほどの数の生徒を集められるか、試してみなさい」と言いたいです。ビジネスの本質を理解していない、としか考えられません。


2. その他
またニューズウィークの表現を借りると、「プロ意識ゼロ」の「腰掛け」的な講師は、「英会話教師をやっても何も身につかない」と言います。実際に、このような言い方をする人を何人も見かけました。

しかし私個人としては、現在の仕事にもつながるようなスキルをはじめ、得るものが多かったと思います。

まずは、素晴らしい同僚。
手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事で、あえて他の人の数倍も頑張ることの大切さをはじめ、多くのことを教わりました。言うまでもなく、これは今の仕事にも生きています。

次に、コミュニケーション能力。
子供のときからどちらかというと人見知りをする性格で、以前は初対面の人と話すことが苦手でした。しかし、仕事の性質上、会って5分以内に相手の信頼を勝ち取り、心を開いて色々と話してもらえる状況にする、という技術を勉強する機会に恵まれました。
これは、生徒さんに恵まれた、という事情もあります。

また、英会話を学びに来る人々の目的も様々であるため、本気で勉強をしたいのか、それとも仕事の息抜きと考えているのか等、大分相手の真意を汲み取れるようになったと思います。
金融であれ、競馬であれ、生命工学であれ、どんな話題にでも合わせられるようになったことも言うまでもありません。

最後に、より磨きのかかった英語力。
ただ単に教えるためだけに英文法の勉強をしたのですが、これが今では私の日本語力との大きな差になっています。英語なら、どの言い回しが最適であるのかだけでなく、なぜその表現が最適であり、あるいはなぜその文法が正しいのかも解説できるようになりました。(実際に解説などはしないのですが、その分自信が持てる、ということです。)一方、日本語は未だに「なぜ」を説明できない、いわゆる普通のネイティブの状態です。
また、英語の間違いというものにも、ものすごく敏感になりました。
本を読みながらタイプミスに気づく、という芸当は、教える前にはできなかったことです。これも実は今の仕事でとても役に立っているスキルです。

3. 最後に
最初は受験勉強をする間のつなぎとして、それこそ「腰掛」的に始めた仕事でしたが、結果としては生徒さんをはじめ色々な人に支えられ、逆に学ぶことの方が多かったのではないのか、とさえ思えます。

せめて学んだ分だけでも、生徒さんに還元できたことを願うばかりです。

でも今後教えるとしたら、あくまでも教えるのが好きだから、ということになるでしょう。もうスクールに所属し、外国人に学ぶことを期待して来た人を取り込む努力をする必要はありませんし、またその気にもならないのです。逆に、私でなければ教えられないような特殊なニーズの生徒さんであれば、また教えることになるかもしれませんし、そのときにはこのブログを復活させることになるでしょう。

とりあえずの休止となりますが、訪問者の皆様には本ブログを盛り上げていただき、本当にありがとうございました m(_ _)m

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posted by EnglishMaster at 16:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

The "Native" Myth

新しい記事をアップしないまま、早2ヶ月が過ぎてしまい、読者の皆様には本当に申し訳ありません m(_ _)m
こちらも書きたいトピックのリストが長くなる一方だったので、思い切って昼休み中に記事を書いてしまいました。
ゆえに結構雑な内容になってしまっている点は、どうか多めに見てください。

さて、最近破綻したNOVAをはじめ、多くの英会話スクールが拠りどころとしている「ネイティブ信仰」(もっともNOVAの場合はどちらかというと「外国人信仰」に近かったのですが)、言い換えれば、「どのような人であれ、ネイティブの言うことなら間違いない」という「神話」ですが、私は勝手に日本人特有のものであると考えていたところ、どうやらそうでもないらしいですね。

10月から、私が勤めている事務所で英国の名門大学で日本語を勉強している学生をインターンとして迎えることとなり、私が(同じ部屋ということもあり)世話役になりました。

彼が来た初日、大学では2年生で古語も勉強して、『方丈記』も読んだ、という話をされたため、「ああ、『ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたることなし』ですね」と私から言うと、彼は目を丸くして「日本人はみんなそれを知っているのですか?」と聞いてきました。

そんなはずないですよね (^^; 私もたまたま言葉の響きが好きでこの冒頭の一節のみ覚えていたに過ぎません。
一瞬「もちろんですよ」と言おうかと思ったのですが、幻想を抱かせるのもまずいな、と考え直し「イギリス人は誰でもシェークスピアをすらすらと引用できますか?」と聞き返しました。それで彼は納得したようでした。

また、面談の内容をおこしたファイルを訳していたときのことです。彼に一部につきドラフトの訳を作ってもらうという形で手伝っていただいていたのですが(もちろん、その後私が色々直しましたが)、「なぜここは理由付けを述べているのに『からである』のような結びになっていないのでしょう」と聞かれてしまいました。

これに対しては「実はこの文の終わり方は少しおかしいけど、こういうのは良くあることよ。別に真似をすることはないから」と言うしかありませんでしたね。すると彼は「日本人でもおかしい日本語を使う人がいるんですか」と聞いてきたのです。当たり前です。私でも時々果たして自分の日本語が正しいのか、不安になるときがあります。「イギリス人でも仮定法を使わない、もしくは使えない人もいるでしょう」と答えました。

で、これで「日本人の日本語力」というものに対する幻想を完全に破壊してしまったのか、と思っていたのですが...

先日、彼が日本語のレッスンの準備のためにライブラリから日経新聞を借りて、机の上においていたときのことです。経理担当の事務員がそれを見て、「日経を読んでいるなんて、すごいですね。難しすぎて私にはとても読めません」なんて言っていました。すると彼は怪訝な顔をして「日本人でも日経を読めないんですか」と聞いてくるではありませんか。これも「イギリス人は誰でもファイナンシャル・タイムズを読めますか」と聞返して、はじめて「ああ、確かに誰でも読むものではありませんね」と納得したようでした。
(もっとも、日経はここ数年、女性購読者獲得のために女性向けの内容を増やしたり、お洒落なCMを展開したりもしていますが)


母国語に置き換えれば、「誰でも人に教えられる水準の言葉を話すわけではない」ということが一目瞭然です。なのになぜ、英会話学校で英語力の試験さえも受けていない先生が、ネイティブであるという理由だけで堂々と英語を教えることができるのでしょうか。

以前勤めていたスクールでは面接だけでなく、採用時にアンケートと称して長々とエッセイを書かされ、実際に「断られちまったよ」という人にも会ったことがあります。しかし、その前に教えていた昨年倒産したスクールでは、作文さえろくにできない先生もいました。(その一方ではニューヨークの弁護士資格を持っている人や、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院で東洋研究の修士を目指しているすごい人もいましたが。)英語力の確認のなかったNOVA(知人情報)も、緑の看板の学校(私自身の経験。簡単な集団面接のみで採用されてしまいました)も、そのようなバラつきの大きい状態であることが容易に想像できます。

ネイティブなら誰でも正しく美しい英語を話すというわけではない。逆にノン・ネイティブでもネイティブから尊敬されるような英語を話すことができる。

この「英語」を「日本語」に置き換えるだけで、実は当たり前のことを言っているに過ぎないということが良く分かると思います。

皆さんも先生を選ぶときに覚えておいてくださいね。
posted by EnglishMaster at 12:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする